手負いの軍曹、芝居を打つ

「門を開けろっ! 入れてくれっ!」


 本陣の門前はひどく混乱してやがった。


 数百人もの兵隊が本陣の中へ入ろうと軍門へ殺到していたんだ。


 ところがだ、門は固く閉じられているし、門衛は兵隊に槍を向けて険悪な雰囲気だ。


 しばらく押し問答が続いた後、偉ぶった感じの騎士が兵を引き連れてやって来た。


 あいつは確か……ブルームハルト子爵の側近じゃなかったか?


 そいつは横柄な口調でこんな事を言いやがった。


「黙れ雑兵共! 持ち場へ戻れ! 戻らんか! 本陣へ一歩でも入ってみろ! 敵前逃亡で処刑だぞ!」


 処刑って言葉に、殺気立っていた兵隊の勢いが弱まる。


 その様子を見た騎士は、嫌らしい笑みを浮かべて十人ばかりの魔術師を前に出した。


 魔術師が兵隊に向かって一斉に杖を向ける。


 クソったれめ!


 味方へ魔術を放つつもりか!?


 命令に従わない奴は魔術で殺ろうって魂胆かっ!


「……おい、ティモ」


「は、はい?」


「死ぬかもしれんが、ちょっと付き合え。前へ進むぞ?」


「えっ!? じょ、冗談はやめて下さいよっ!」


「冗談なもんかよ。とにかく俺に着いてこい。任務を果たせなくなるぞ。このままじゃ俺達も魔術の的だ」


「…………」


「おいティモ。お前は炎の魔術で真っ黒に焼かれたいか? 雷の魔術で身体中の血管を沸騰させられたいか? それとも氷の魔術で――――」


「わ、分かりました! 分かりましたよ! 任務の為なんですよね!?」


「そう言うこった」


 俺達は人垣を掻き分けで前に進んだ。


 魔術師の姿に恐れをなしたのだろう。


 片手を差し込む隙間も無かった人の列に多少の緩みがある。


 俺達は穴蔵から這い出るゴブリンかコボルトみてぇなていで、最前列まで辿り着き――――、


「んん? 状況が分かっとらん奴がおるな?」


――――目の前には、例の尊大な騎士野郎が居やがった。


「自ら魔術の的になりに来たと見える。おい! この二人を火炙りに――――!」


「お待ちをっ! 我ら二人は伝令ですっ!」


「――――伝令? はっ! 苦し紛れの嘘を!」


「証拠がありますっ! これをご覧下さい!」


 騎士の前にティモを背中向きに座らせ、桶の蓋を開いた――――!


「そんな桶が何の…………ひっ……ひいっ! な、何だそれは!?」


 騎士野郎が無様に尻餅をつきやがった。


 内心でいい気味だと思いつつ、間髪入れずに言葉を続けた。


「アロイス・フォン・ブルームハルト騎士爵でいらっしゃいます……。閣下は壮烈な戦死を遂げられ――――」


 なるべく殊勝な態度を装い、目元を手で拭いながら続ける。


 ティモも口元を手で覆い――――いや、こっちは単に気持ち悪がっているだけか。


 自分の背中に背負った桶に『人間の生首』が入っているとなりゃあ気持ち悪くもなるさ。


 蓋を開けたせいで、血やら何やら吐き気がしそうな臭いが漂っているしな。


 俺が口上を続ける間、周囲はどんどん騒がしくなっていった。


 生首の件は口伝えに広まっていき、あちこちで悲鳴が響き、門を破らんばかりに群れ集まっていた兵隊も自主的に門前から離れ、俺達を遠巻きにする始末だ。


 まるで汚物でも避けるみたいにな。


 どの顔も恐怖で歪んでいるのが丸分かりだ。


 首を斬り落とされるなんて、こんな嫌な死に方はないからな。


 同じ戦死でもせめて五体繋がって死にたいもんさ。


 身体の一部を失って死んじまうと、死んだ後も失った身体を探して現世を彷徨うって言われてる。


 取り戻す事が出来りゃあ良いが、それが出来なけりゃ、魂に安息は訪れず、未来永劫に渡って苦しむ事になるらしいからな。


 頭を失うなんて最悪だ。


 目も、耳も、口も、鼻も、まとめて一気に失くすんだ。


 失った身体を探す事すら出来ない。


 最初から絶望的だ。


 野蛮な首狩り族め……。


 恐ろしい事を喜び勇んでやりやがる!


 ……まあとは言え、今回ばかりはそれが役立っているんだがよ。


 その証拠に騒ぎが収まる気配はなく、本陣の中にも恐いモノ見たさに突き動かされた野次馬が溢れ、連中の口を通じて生首の噂はどんどん広まっていった。


 きっと盛大な尾鰭おひれが付いているだろうな。


 思った以上に効き目抜群だ。


 本当はお偉方の前で開陳かいちんするはずだったが……こうなっちゃ仕方がない。


 門前に集まった兵隊を見殺しにするのもしゃくだしよ。


 何より俺達も命が危なかった。


 多少のお目溢しはあるだろうよ。


「お、おいっ! そいつらを本陣へ入れろっ! 早くしろっ!」


 腰抜け騎士野郎もさすがに事態の不味さに気付いたのか、門衛に命じて俺とティモを本陣の中へ引き入れさせた。


 その僅かな隙を突いて、門前の兵隊も本陣の中へと雪崩れ込む。


 もうこの流れを止める術はないだろうよ。


 それにしても、連中一体何を焦っていたんだろうな?


 結局分からず仕舞いで――――。


「――――おい、あんた。助かったよ……」


 その時、一人の兵隊が俺の身体を支えてくれた。


 ティモは桶に蓋をするのに忙しくてそれどころじゃ無かったからな。


 本当に助かったぜ。


 しかしこいつの声……聞き覚えがある。


 俺とティモが門前に辿り着いた時、門を開けるように懇願していた男だ。


 よくよくそいつの格好を見てみると、雇われの冒険者らしく使い込まれた革の鎧を着ていた。


 他所の出身なのだろう。


 なんとなく異国風の顔立ちで、髪はくすんだ栗色。


 目の色はアルテンブルクじゃ珍しい黒だ。


「……気にする事はねぇさ。俺らも伝令の任務があったんでな」


「いや、そんな訳にはいかん。きちんと礼をさせてくれ」


「冒険者の割に律儀な奴だな? なら礼代わりに教えてくれ。さっきの押し問答は何事だい? 何が起こったんだ?」


「……あんた、川を渡った部隊にいたんだろ?」


「ああ。それがどうかしたのか?」


「あんたらが川を渡った日から全てが始まったんだ。あんたらが出発した後、俺達は陣地構築の資材や燃料を確保する為に周囲の森で木を伐り始めた」


「森で木を? おい、まさか……」


「気付いたか? そのまさかさ。木を伐る俺達に敵が攻撃を始めたんだ」


「敵の攻撃か……。確かに本陣へ来るまでの間、テッポーの音が何度も聞こえたな」


「それだよ。それが敵の攻撃だ」


「でもよ、ここまで来たのに敵の姿は全然見えねぇぜ? こりゃどういうこった?」


「狙撃だよ。敵は俺達を狙って狙撃しているんだ。それも姿を隠してな」


 本陣がある場所は小高い丘だが、周囲には森が点在し、草が伸び放題の野原も広がっている。


 隠れる場所には事欠かない。


 だが、気になる事もある。


「姿を隠しているって言っても、テッポーは白い煙が立つはずだろ? それなら場所なんてバレバレじゃないか。反撃なんていくらでも出来るだろ?」


「言いたい事は分かる。でもな、簡単に反撃出来る距離じゃないんだ」


「……どういうこった?」


「テッポーの音がした方向を見てみると、確かに煙は上がっているさ。でもな、二百メートルも、三百メートルも先なんだよ」


「何だって!? そんな距離から狙撃!?」


「人間業じゃない。狙い撃ちなんて精々せいぜい百メートルだろ?」


「ああ……」


「それでも反撃しようとした奴はいたさ。でもな、行った奴は誰も帰って来なかった。白煙の元へ辿り着く前に次々と狙撃されて死んだよ。ついでに狙撃はテッポーだけじゃない。弓矢も使われている。テッポーに気を取られていたら、明後日の方向から矢が飛んでくるんだ」


「なんてこった……」


「もう百人近くやられている。あそこは敵の狩場だ。俺達は右往左往するだけの簡単な獲物さ。それなのに指揮官連中は作業を続けろって言うんだ。無防備な俺達に……!」


「無策もいい所だぜっ……!」


「ビーナウを攻める為に攻城兵器も作りたいんだと。はっ! 攻めるまでに兵隊が残ってりゃいいがな!」


 男は吐き捨てるように言った。


 こいつはとんでもない状況で帰って来ちまったな……。


「おいっ! お前っ! お前らだ! 早くこっちへ来い!」


 本陣へ雪崩れ込む人の波に流されていた騎士野郎がようやく戻って来た。


 ようやくお偉方に会えそうだ。


 桶に蓋をしたティモも俺に合流する。


「……話を聞かせてくれてありがとうな。俺達は行くよ。」


「自分も付き合うよ。あんたは怪我をしているし、支えが二人いても困らんだろう?」


「そりゃそうだが……」


「それにな、川向こうで何があったのか知りたい。自分達の置かれた状況がまるで分からないんだ。敵に翻弄されるばかりで……。こんな状況はもうたくさんだ……!」


「……クソったれな話を聞くことになるぜ?」


「構わんよ」


 そいつは「ロックだ。よろしくな」と名乗った。


 支えられながら歩いていると、ふとロックの手が目に入った。


 お洒落のつもりかね?


 魔術師が使うような指輪をしていやがったのさ。


 冒険者のする事はよく分からんな。

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