第30話 「俺に雇われる気はないか?」新九郎は女冒険者達に提案した

「おいっ! 俺達も早く掘り出してくれよ!」


 土に埋められたまま、男の冒険者達がわめき散らす。


 村人達の怪我を治した後、俺達は冒険者が埋められた場所まで戻って来た。


 庄左衛門の指示で竹製のノコギリは片付けられたが、その代わり、俺の家臣達が冒険者の首に槍や刀を突き付けている。


 望月は厳しい顔つきで冒険者をにらみつけ、冒険者達を牽制している。


 怪しげな動きをすれば、即座に斬り捨てるつもりだろう。


 一方、女子おなごの冒険者達は既に掘り出されていた。


 ミナとクリスが水や風の魔法を使って、衣服に着いた土汚れを落とすのを手伝ってやっているところだ


「どうして女達だけなんだ!? 俺達も許されたんだろ!? あんたはさっきそう言ったじゃねぇか!」


「確かに、俺が身柄を引き取る事を条件に村の衆はお主らの解放に同意した」


「だろっ!? なら早く解放してくれよ!」


「自分の立場が分かっておらんようだな? 俺はお主らを引き取るが、お主ら信用した訳ではない」


「なっ! 何だよそれは!? ――――――――ひっ!」


 抗議する冒険者の首筋に、左馬助さまのすけが刀を突き付ける。


 皮膚が薄く斬れ、血が一筋流れた。


「お主らを引き取るのは、辺境伯との間に無用ないさかいを生まないためだ。お主らも一応はネッカーの町に住む者達だからな」


 ミナが魔法を使いながら申し訳なさそうな顔をした。


 日ノ本では咎人とがにんの処罰を巡る争いが頻発していたが、事情は異界でも同じらしい。


 見知らぬよそ者が咎人であった場合、勝手に処罰すると後で面倒事を呼び込んでしまう事が多い。


 なぜなら、処罰した咎人が誰かの家臣や下人であり、その者が罪を犯した時に処断する権利を主人が有していることも少なくないからだ。


 こんな時は筋を通して主人に申し入れ、先方の手で処罰してもらうなり、賠償代わりに身代金を支払わせるなりせねばならない。


 罪が明らかだからと言って勝手に処罰すると、こちらが被害者であっても逆に賠償を求められてしまう――――そんな話は掃いて捨てるほど世の中に溢れている。


 庄左衛門が処罰するべきか悩んでいた理由もまさにここにある。


 盗賊や落ち武者であれば容赦なく死罪にしたであろうが、こ奴らが見慣れぬ風体をしていたことを見逃さず、慎重に手を打ち、俺の判断を仰いだ。


 だからこそ、俺は「でかした」と申したのだ。


 辺境伯との間には、咎人とがにんの処罰について何も取り決めがない。


 無体な事を申される御仁ごじんとは思えぬが、取り決めがない以上は慎重に動かねばならん。


 とは申せ、やることはやっておかねばなるまい。


「女子達とは違い、お主らは故意に盗みを働き、止めようとした村の衆に手傷を負わせた。これより詮議せんぎを行う」


「い、今更調べてどうするって言うんだよ……」


「辺境伯と話をする時に必要なんでな」


「へ、辺境伯様に俺達を引き渡す気か!?」


「正直に洗いざらい白状することだ。偽りを申せば己の不利に働くと思え」


「う、うう…………」


 俺がすごんで申すと、男の冒険者達はようやく観念して話を始めた。


 こ奴らはネッカーの町を拠点にしていたが、例の腕試しのせいで無一文になったらしい。


 普段なら魔物討伐で食い繋ぐところだったが、こ奴らが魔物を狩っていた場所には俺の領地が横たわっている。


 さらには、家臣達による魔物狩りで残った魔物の数も激減した。


 追い詰められたこ奴らは偶然にも村人が討ち取った魔物を見付け、これを奪って金にしようと目論んだ。


「あんたらが悪い! こんな場所にいきなり現れて食い扶持を根こそぎ奪いやがったんだ! 俺達のも不幸な事故だ!」


 男達が「そうだ! そうだ!」と合唱する。


 ため息をつくのさえも馬鹿らしくなってきた。


 ミナやクリス、冒険者の女子達も呆れている。


「冒険者の仕事は魔物討伐だけでない。商家の用心棒や旅人の護衛、時には傭兵まがいの戦働きと、探せばいくらでもあるのだろう? 何故なにゆえそちらの仕事受けぬ?」


「あ、いや……それは……丁度良いのがなくて……」


 途端に歯切れが悪くなった。


 こ奴め、俺が異界の事を何も知らぬと思っておるのか?


 そのまま畳みかけるように続けた。


「魔物討伐にこだわるにしても、俺の領地が邪魔ならさらにその先、荒れ地の奥を目指せばよいだけだ。何故なにゆえ行かなかった?」


「…………」


「ここにいた魔物は奥地に比べれば弱く、数も少ないと聞いておるんだがな。もう一度尋ねるぞ。何故なにゆえもっと奥地に行こうとせん?」


 左馬助が刀をグッと押し込む。


 男は「ひっ……」と怯え、ようやく話し始めた。


「き、危険じゃねぇか!」


「何だと?」


「奥地には束になっても敵わねぇ魔物もいるんだ! それに奥地へ向かえば向かうほど帰るのも難しくなる! そんな危ない橋を渡れるもんか!」


 情けない主張を堂々と言い放ちおった。


 相手をするのも馬鹿らしくなった。


冒険者とは『危険を冒す者』と書いて冒険者ではなかったのか?


 もういい。面倒だ――――、


「――――お主らの言い分はよく分かった。ついでに、腕はナマクラ、頭はボンクラ、臆病者の役立たずだと言う事もな」


 男達が「何だと!?」、「言わせておけば!」などと怒りをあらわにする。


「はあ……弱い者ほどよく吠える」


「て、てめぇ! もう一度言ってみやがれ!」


「では、ハッキリ言ってやろう。お主らは弱い。だからこそ用心棒や護衛を頼む者がいない。戦働きに出る度胸もない。虚勢を張り、弱い魔物を狩るので精一杯だ」


 図星だったのだろう。


 男達は顔を真っ赤にする。


 先日、ミナはこう言ってた。


 冒険者は町の嫌われ者だが、連中の仕事は絶えることがなく、追い出すことは出来ないのだと。


 そんな状況で「丁度良い仕事がない」などという事があるだろうか?


 仕事がないとすれば考え得る原因は絞られる。


 本人の実力が足らず、仕事を頼む者がいないことだ。


「己の実力を棚に上げ、盗みに走って人を傷付け、あまつさえ情けない言い訳を並べ立てる。救い難い連中だ。しばらく埋まっておれ。近日中に辺境伯へ引き渡し、処罰を願い出る」


 男共の悲鳴が聞こえるが、もう相手をすることはない。


 変わって、女子達に向き直った。


 が、こちらは男共とはまるで違った。


 何かを決意したような、真剣な顔つきで俺を見つめていた。


 大きな違いを面白く感じつつ、女子達に尋ねた。


「お主らを処罰する気はないが一応尋ねる。ここへ何をしに来た?」


「あたし達はあんたを追って来たんだ」


 例の気の強い女子が答えた。


 だが、俺には追って来られる心当たりなどない。


「お主達とは一面識もないぞ? 何の用だ?」


「さっきの男共の言い訳で分かっただろ? ネッカーの町には骨のある男の冒険者なんてほとんどいない。小金を稼げればそれで良いってケチな連中ばかりなんだ」


 女子達が頷く。


「あたし達は家族を養うために冒険者になったんだ。でも、もっと稼ぎたいと思ってもあんな連中ばかりじゃ稼ぎの良い仕事なんて回って来ない。仕方がないから考えが同じの女だけでパーティーを組んだけど、今度は女ばかりだって舐められてね」


「ふむ。報酬を安く叩かれたか?」


「分かってるね。そうさ。依頼人もあたし達を舐めて報酬を渋るんだ」


「で? 俺にどうせよと?」


「あんたの実力は腕試しで分かったよ。剣の腕は立つし、冷静で、言葉遣いも丁寧だった。あんたみたいな人がパーティーに入ってくれれば、稼ぎの良い仕事にありつけると思ったんだけど……」


「すまぬが出来ぬ相談だ。俺には俺のやるべき事がある」


「ヴィルヘルミナ様とクリスティーネさんから聞いたよ。ここの領主様なんだろ? あたし達も運がないね。とても頼み事の出来る相手じゃなかった」


 女子達が残念そうに溜息をついた。


 望月に目配せをすると、小さく頷いた。


「まあ待て。稼ぎの良い仕事ならあるぞ」


「え?」


「お主ら、俺に雇われる気はないか?」


 女子達は目を丸くして俺の顔を見た。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る