第16話 「高い!」新九郎は魔道具の値段に驚いた
「おい! 今のを見たか!?」
「何か分からなかったが、あのデニスがあっさりやられたぞ!」
「辺境伯様のお客人がデニスを倒したってよ!」
「お礼に酒を一杯おごらせて下さい!」
「こっちもです! デニスを懲らしめてくれてありがとうございます!」
俺とミナはあっという間に町の民に囲まれ、口々に礼を言われることになった。
この反応……デニスはよほど嫌われ者だったに違いない。
しばらくして騒ぎを聞きつけた兵士が次々と駆け付けた。
ミナの指示でデニスは荷車に載せられて運ばれ、仲間の冒険者達も兵士達に連行されていく。
その姿を目にした町の衆は一層盛り上がる。
俺達から注意が逸れたこの機会を逃してはなるまい。
「ミナ、今の内に魔道具店に入ってしまおう」
「え? いや、私は指示を――」
「兵に任せても差し障りあるまい? それより、この場に留まれば俺もお主も放してもらえぬぞ?」
「……確かに」
大太刀で民を押しのけるようにして魔道具店を目指す。
ようやく辿り着き、扉の間から身体を滑らせるようにして店の中へ入り込んだ。
バタンッ!
急いで扉を閉めると――――。
「いらっしゃ~い……」
のんびりした若い
振り返ると、ミナと同じ年頃と見える娘が机に頬杖を突きながら椅子に座っている。
「ここから見てたよ~。大変だったねぇ、ヴィルヘルミナ」
「邪魔するぞ、クリス」
気安い様子で声を掛け合う二人。
どうやら知り合いらしい。
ところでこの
まずは、床に付くほどに長く伸ばした群青色の髪だ。
濡れたように艶やかで美しく、思わず「ほう……」と溜息が出てしまう。
だが、最も印象深いのは全身を黒一色の衣装で覆っていること。
頭に被ったつばの広い帽子まで真っ黒だ。
どうしてまたこんな格好を…………。
「それでさぁ、ヴィルヘルミナ。そっちはどなた様? あのデニスをやっつけちゃうなんて、ただ者じゃあないよねぇ? って言うか長い剣だねぇ……」
黒づくめの女子が俺の顔を覗き込んだ。
「当家の客人だ。大変な遠方から来た」
「辺境伯の? それに遠方…………ふ~ん……」
意味ありげな視線で、俺を値踏みするように見つめる。
「……アタシはクリスティーネ・ローゼンクロイツ。気軽にクリスって呼んでねぇ。ヴィルヘルミナとはねぇ、幼馴染なの。アタシのお婆ちゃんがヴィルヘルミナの魔法の先生をしていた縁でねぇ」
「フワフワとしているが、こう見えてもクリスは腕の良い魔道具師でここの店主だ」
クリスは「フワフワって何よぉ」と頬を膨らませていたが「腕の良い」でアッサリとにこやかな顔になった。
「それからねぇ、魔法師でぇ、冒険者の資格も持ってるよぉ。もっと褒めてぇ~」
「魔法も使えるのか? やるではないか」
「うへへへへへへ……それほどでもぉ。ねえ、ヴィルヘルミナ。お客人って良い人だねぇ。強いだけじゃなくてぇ」
褒められて気を良くしたせいか、いつの間にか値踏みするような視線は消え失せていた。
「俺は斎藤新九郎と申す。斎藤が氏、新九郎が名だ」
「へぇ、氏と名前が逆なんだね。初めて聞いたよ。シンクロー……でいいかな?」
「構わぬ。ところで、この店に翻訳魔法の魔道具はあるか? 値が
「翻訳魔法ぉ? えっとねぇ……」
立ち上がったクリスは壁際に並んだ棚をゴソゴソと探し始めた。
間もなく、手の平大の小箱を手にこちらへ戻って来た。
蓋を開けると指輪が一つ入っている。
「ほい。在庫があったよぉ」
「辺境伯からお借りした指輪と同じ見た目だな」
「うちのお婆ちゃんが納品したものだねぇ。アタシのも負けないからぁ」
「で、
「金貨十枚」
「「高い!」」
俺とミナの声が重なる。
すると、クリスは楽しそうに笑った。
「あっはっはっは。冗談! 冗談だよぉ! 本当は金貨二枚だねぇ。ヴィルヘルミナの紹介だから端数はまけたげる」
「それでも結構な値がするな……。冒険者なら二年は暮らせよう?」
「おいクリス。腕試しの賞金を丸ごとせしめるつもりじゃないだろうな?」
「違うよぉ! そのつもりなら、シンクローが賭けで勝ったお金も全部もらうもん! しめて金貨三枚と銀貨三十五枚!」
「クリスは店にいたのであろう? 細かなところまでよく知っているな?」
「ふっふっふ……アタシは魔法師にして冒険者だって言ったでしょ? デニスなんかとは違う、正真正銘に腕の良い、ね。これくらい朝飯前よぉ」
誇らしげに腕を組むクリス。
なんとなく鼻息が荒い。
「分かった。値にケチを付けるつもりはない。だが、
「そうだねぇ……作るのに手間暇かかるし、アタシの腕に支払ってもらう技術料もあるけどぉ、一番は材料費だねぇ」
クリスは指輪に付けられた、小さな
「魔石って言うの。聞いたことあるぅ?」
「いや。貴重な品なのか?」
「金や銀の鉱山で稀に採掘出来るんだけど、稀だけに金や銀以上に量が少なくてねぇ……」
「他に手立てはないのか?」
「魔物からも採れるよぉ」
「魔物? あんな気味の悪い連中から?」
「魔石を宿し、魔石の影響で理性を失い異形に成り果てた生き物、それが魔物だからねぇ」
「そうなのかミナ? 山県達にはそこまで伝えておらなんだが、魔物退治に差し障りはないか?」
「退治するだけなら問題はない。すまなかった。あの時は魔物の種類を説明するだけで手一杯で、魔石のことまで頭が回っていなかった」
「いや、差し障りがないならそれでよい」
「何か心配があるみたいだけどぉ、あんまり気にしないで良いと思うよぉ? あとね、魔物から採れる魔石は純度が低いんだぁ。大量の魔石を大きな炉で一気に溶かして純度を高めないといけないのぉ。とにかく手間もお金も掛かっちゃうのよねぇ……」
「もしや、お主が冒険者をしているのは魔物を退治して魔石を集めるためか?」
「ご明察ぅ! 魔物を退治すれば報奨金も出るしねぇ! 本当は他の冒険者に頑張ってもらって、アタシは魔道具造りに専念したいんだけど……」
「デニスと言い、
「そうなのぉ! 辺境伯様が支払う報奨金が安いんだもの! 魔物の魔石だけじゃあ大した儲けにならないのに!」
「お、おいクリス……」
「ヴィルヘルミナには悪いけど事実ですからね」
「むう……」
「だからね、腕の良い冒険者はネッカーにはあまり来ないの。来ても腕の悪い冒険者か、魔物退治以外の仕事を請け負う冒険者ばかり。東の開発が成功していればこんなことにはならなかったんだけど……」
ミナが眉間にシワを寄せる
クリスは気付かぬ様子で話を続けた。
「あそこはね、かつて見渡す限りの大森林だったの。でも三十年前、ヴィルヘルミナのお爺さん――先代辺境伯の時代に森を流れる小川で純度の高い魔石の粒が見つかって、魔石の大鉱脈があるんじゃないかって話になったのねぇ」
「この話が本当なら国力を左右する話。魔法師の大量投入で一気に開発を進めたんだ」
「アタシのお婆ちゃんもその時にここへやって来たのぉ。でもねぇ……」
「魔法で森を焼き尽くし、大地を掘り返して回った跡が今の荒れ地だ。そうまでしておきながら魔石は見付からなかった。魔物が大量発生しただけに終わったんだ」
ミナが険しい顔で言い添える。
「祖父は帝室に対する忠誠心の厚い人物だったらしい。皇帝陛下の命に抗することが出来ずに従ったのだが、結果はこれだ。心労が祟った祖父は幼い父上を残して亡くなった――――」
「――――御免。やはりここにおられましたか」
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