第6話 「心根の優しい女子だな、お主は」新九郎はミナに語り掛けた

「その……なんだ、そう気を落とすな」


 辺境伯との会見後に通された客間で、ミナが歯切れ悪く声を掛けて来た。


「帰る方法がない、と決まった訳ではない。まだ可能性は残されていると思う」


「……すまんな。慰めてくれるとは思わなかったぞ」


「な、慰め!?」


「違うのか?」


「私は貴様が暗い顔をしていたから気になっただけだ! そうだ! それだけだ!」


 要は俺を案じてのことだと思うのだが……。


 それを言っても否定するだけか。


 とは言え、せめて礼の一つも言わねばなるまい。


「礼を言う。心根の優しい女子おなごだな、お主は」


「だ、だからそうではないと……!」


 ミナは『そふあ』とか申す柔らかそうな腰掛けへ乱暴に座り、ソッポを向いてしまった。


 照れているらしい。


 俺には含むところなどない。


 純粋に褒め言葉と思って欲しいのだが。


 機嫌を損ねてしまったか――――そう思っていると、どうも様子がおかしい。


 ソッポは向いているが、チラチラと視線を感じる。


 そこには、機嫌の悪さなど欠片も無かった。


 好奇心……と申すのが適当であろう。


 これまでの態度にかんがみて、今更いまさら好奇心と申すのもしっくりこぬが……。


 視線の理由に興味がそそられた。


 だが、俺から話し掛けても素直に応じてくれるとは思えん。


 どうしたものか……。


 こうなれば我慢比べだな。


 そう決心して無視を決め込んだところ、均衡は唐突に破られた。


「この子ったら本当にへそ曲がりなんだから」


 客間の扉から入って来たのは辺境伯の奥方と、会見に同席していた老年の家臣だ。


「お、お母様!? 何を仰います!」


「だってそうでしょう? サイトー殿とお話したいのに自分から一言も言い出せないなんて……。ねえ? ベンノ?」


「左様でございます。お嬢様は意地っ張りでいらっしゃいますので」


「ベンノまで!?」


 奥方だけでなく家臣までミナを庇う様子はない。


 ひとしきり言いたいことを口にした後、奥方と家臣が俺に向き直った。


「サイトー殿、改めてご挨拶を。アルテンブルグ辺境伯アルバンの妻、ゾフィーでございます。こちらは当家の執事長ベンノでごさいます」


「ベンノ・ノイベルトと申します。以後お見知りおきを」


「斎藤新九郎にござる。丁寧なご挨拶痛み入る」


「とんでもございません。それよりもサイトー殿、我が娘ヴィルヘルミナの働いた無礼の数々、改めてお詫び申し上げます」


 深々と頭を下げ、腰を折る奥方にベンノも続く。


 ミナも慌ててそれにならう。


「どうぞ頭をお上げください」


「お許しくださいますか?」


「許すも何も、俺は何とも思っておりません。ご息女の行いはやむを得ないものと言えましょう」


「やむを得ないもの、ですか?」


「この地は異変続きで、俺は異変が始まった場所にいた。しかも、この地の民とは明らかに異なる風体ふうていで。ためらいなく斬らねば、己が斬られるやもしれぬ。そう考えても無理はありますまい。俺がご息女の身ならば、同じことを考えたでしょう。不幸な行き掛かりだったのです。互いに無事なら、それで良しと致しましょう」


「そうですか。サイトー殿の寛大なお心に感謝いたします」


「気になさらず。お主も気に病むことはないぞ?」


「あ、ああ……」


「良かったわねヴィルヘルミナ。これで、サイトー殿から遠慮なくお話が聞けますよ」


「!」


「俺から話? 如何いかなる話でござろうか?」


 慌てるミナを横目に、奥方とベンノが話し始めた。


「この子は幼い頃からホーガン様の伝説が大好きなのです」


「お館様もホーガン様の物語を好まれておりましたから、その影響でしょうな」


「元々は寝かし付けるために話していたのですが、いつの頃からかいくら話しても眠ってくれず。むしろ眼が冴える有り様なのです。おかげで夫も私も睡眠不足に……。最初は面白がって語り聞かせていた夫も閉口へいこうしておりました」


「家臣一同、同じく困り果てたものです。幾度となく『私を異世界へ連れて行け! ホーガン様に会いに行く!』ともせがまれました」


「いつの間にかホーガン様のご本を集め出し、最近は学者の書いた退屈極まりない研究書にまで手を出す始末。女の子なのだから恋愛物語の一つも読んで欲しいものですわ。母子で物語を語り合うのが夢ですのに、この子ったら全然興味を持ってくれないんだもの」


「本は高価なのです。家政を預かる身と致しましては、奥方様にも、お嬢様にも、今少し御自重いただきたく」


「あらベンノ。本は良いものですよ?」


「しかしながら――――おっと、わたくしとしたことが。奥方様、話が逸れてしまいました」


「そうでした。よろしいですかサイトー殿? 私達が何を申し上げたいのかと言うと――――」


「お、お母様待って!」


 ミナが奥方を止めようとするが、ベンノによって遮られてしまう。


「――――ヴィルヘルミナはサイトー殿とお話したくてたまらないのです。異世界のお話を伺いたくて我慢できないのです」


「ご自身が無礼を働いてしまったサイトー様に頼むに頼めず、ずっと悶々としておられたのでしょうな」


「そうですよ。この子なら、サイトー殿が異世界からやって来られた可能性が高いことにいち早く気付いたはずです」


「なにせ学者の研究書まで読み込まれておりますからね」


「二人きりで周りの目がなければ少しは素直に話せるかと思いましたのに、この子ったら! せっかくサイトー殿から『心根が優しい』とおっしゃっていただけたのに!」


「あそこで素直におなりになれないのが、いかにもお嬢様らしくていらっしゃいます」


「親しくお話し出来るまたとない機会だったのに!」


「残念至極にございます」


「……………………」


 ミナは耳まで赤くして小刻みに震えていた。


 全て図星らしい。


 母君と家臣に本音を暴露されるのは恥ずかしかろうが、二人もどちらかと言えばミナを案じてのことだろう。


 少しでも背中を押してやりたいのだろう。


「ミナ。お主、俺と話がしたかったのか?」


「あっ! いやっ! そ、そんなことは!」


「いくらでも話してやるぞ。何を聞きたい?」


「えっ!? い、いいのか!? 私は貴様に……」


「先程申したであろう? 俺は何も気にしていない。むしろ、お主と出会わなければ異界の地で野垂れ死にしていたかもしれん。恩義はあっても遺恨いこんはない」


「…………!」


 ミナの口元が緩む。


 大喜びしたいが必死に抑え込んでいるような表情だ。


 横では奥方とベンノが「世話の掛かる子です」と言いたげな顔で笑顔を浮かべていた。


「それなら――――」


 ドンッ! ガタガタガタガタガタガタッ! ドンッ! ドンッ!


「きゃあああ!」


 真下から突き上げるような揺れに、奥方が悲鳴を上げる。


 ミナは奥方を抱き寄せ、ベンノは床に倒れてしまう。


 その間も揺れは続き、壁に掛けてあった絵は床に落ち、天井からはホコリが舞い落ち、屋敷全体が「ギシギシ」ときしむ。


 この地を襲う、大異変が再びやって来たのだ。

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