第9話 いざ迷宮へ

 大吾の自宅から歩いて三十分ほどの距離にある、黒竜池。

 名前は物々しいが、ただそれだけの小さな池。

 近所の人も寄りつかない、影が薄い池の岩場に、迷宮へ通ずる洞穴が見つかった。


 これが東京なら人でごった返すかもしれないが、ここは超が付く田舎。

 いまだに誰も寄りつかない。


 にもかかわらず、侵入者を防ぐための全自動扉はきっちり設置されていた。

 旅客機のドアのように分厚い、大きな銀の扉だ。

 

「関係者以外立ち入り禁止。許可証を所持されている方は中央部にカードを近づけてください」



 と赤文字で書かれた警告文があった。


「いざ!」


 相変わらず元気の良い壱予と、


「はあ、緊張する……」


 帰りたいという心の声が完全に顔に出ている大吾。


 この日のために、自動追尾機能のついた高性能ドローンを購入したので、もう自撮り棒を持つ必要もなくなり、カップル配信者として仲良く横並びで配信もできる。


 とはいえ自宅バレだけは絶対したくない大吾。

 

「入ってから、配信を始めるからな」


 首にぶら下げたライセンスカードを扉に近づける。

 ピッと軽いブザー音と同時に、ガチャリと鍵が外れる。


 見た目より軽いドアを開くと、先に見えるのは真っ暗な直線。


「お邪魔します……」


 意味の無い挨拶を呟きながら、一歩一歩慎重に……。

 なんてことは鬼軍曹が許さない。


 大吾の背中を押して押して押しまくる壱予。


「おい! 何も見えないのに危ないだろ!」


「罠もなし、敵も出ない、ただの暗い道って情報に出てたでしょ!」


 先行してダンジョンに進入していたトップ配信者「ゴランズ」と「ホーリーズ」の情報提供により、ダンジョンの攻略情報は既に完成されていて、


「序盤はどこの入り口から行っても暗くてまっすぐな道が続く」

 ということは証明済み。

 

 壱予からすれば、こんな所でもたもたしている暇はないのだ。


――――――――――


 三分ほど歩くと、壁にぶち当たる。


 どうやらこの三分間で、迷宮が進入者の情報を読み取っている、という見方もあるようだが真偽は不明。


 ともかく、この壁に触れれば、壁はスッと消える。


「さあ旦那さま、そろそろ始めるのです」


 壱予は手から照明代わりの光球を作りだし、宙を浮くドローンの真上に置いた。

 カメラも照明もこれでバッチリである。


「ええと、皆さんお久しぶりです。大吾チャンネル、始めます……」


「よっ! めでたや!」


 テンションの差は気にかかるが、ついにスタートした。


『きたあああ!』

『いつものふたり来たあああ!』


 視聴者から挨拶代わりの発狂めいたコメントが乱れ飛ぶ。


『壱予ちゃああああ!』

『かわいあああ!』

『大吾っち、表情くらいあああ!』

 

 あっという間に万を超える視聴者数。凄まじいコメント量。


 配信を始めたときは、いずれはバズりたいなあなんて軽く願っていたが、実際なってみると、緊張と重圧しか無い。

 毎日ドームでライブしている気がする。

 

 壱予と違って、重圧を楽しむだけの度胸が大吾には無い。

 ただ吐きそう。


「た、たくさんの方に見て頂いてるようでありがとうございます。予告通り、今、ダンジョンにいます」

 

「最初の直線を抜けたところでございますわね」


『おっ、ということは、このあとステータス出るな』

『そもそも、ランクはどんくらいなの?』

『壱予ちゃんにランクもステータスも必要ないだろ』

『あの子だけチートだもんな』


 視聴者が言ったように、利き手でないほうの手の甲に数字が浮かび上がっている。

 これこそがステータス。


 レベル、体力はもちろん、鬼道を行使するために必要な気力、さらにこの迷宮内でのみ使用可能な通貨「せき」も手の甲に記載される。


 そう、あくまでもこれは新和国の女王、百合若風見が作りだした「遊具」。

アトラクションなのだ。


「私が知っている表記と違っています。どうやら今の時代に合わせて調整が入ったようですわね」


『やっぱそうだよな』

『大昔の国がカタカナなんか使わないもんね』

『それより壱予ちゃんの能力ってどんな?』


「私はこんな感じです」


 ドローンに向かって手の甲を見せる壱予。


 所持金がゼロなのは仕方ないとして、それ以外の能力値は端から端まで9でいっぱい。


『おい……』

『桁が多すぎて表示しきれてないぞ』

『レベル99より上だよw』

『体力99999ってw』

『チート使って能力いじった後の数字じゃんw』


 視聴者を圧倒させる能力を見せつける壱予に対し、保本大吾は、


 ランク F

 レベル 1

 体力  5

 気力  3

 攻撃力 1

 守備力 3

 所持石 0


『あぁ……』

『私の能力値、低過ぎ……?』

『大吾っち、やっぱりこんな感じだったな』

『思った通りだ』

『むしろレベル高い方が違和感ある』

『攻撃力より守備力が高いところが妙にリアル』

『期待を裏切らない俺たちの大吾』


「……」

 

 なにがきついって、予想通りと言われることが一番刺さる。

 

「これくらいで何を落ち込んでいるのです。レベルが低ければ上げれば良いだけ、人よりちょっとだけ頑張るだけですわ。ほっほっほ」


 ポンポンと背中を叩いてくる壱予。

 さすが良妻だと視聴者は褒めているが、大吾は知っている。


 優しく慰めていると見せて、自分の高いスペックを世界中にひけらかすことができたので、バチボコ調子に乗ってるだけだということを。


「さて、旦那さま、今日はどこまで行くつもりか発表された方がよろしいのでは?」


「あ、そうだった」


 この三日間の間に一応、配信の構成も考えていた。


「とりあえず、B5まで行こうかとは思ってます」


 B5とは迷宮をある程度進んでいったところにある広大な空間のことだ。


 迷宮の入り口がB1通路と呼ばれ、そこから長い直線を歩き、多少迷路のようになった細い通路を歩いて行くと「敵」が出てくるB4地帯に入る。

 さらにそこを抜けると、視界に収まりきらないくらい大きな門の前に出る。

 これをと皆は言っている。

 

 B1からB4はいわゆる「チュートリアル」といえる区間になっているようで、ここで引っかかる探索者は、諦めて家に帰った方が良いレベルだと、先輩配信者たちは口々に仰られていた。


 B3からB4地帯に入ってくると、道も広くなり、真っ平らだった道のりも高低差が出てくる。おまけに太陽の光を模した強烈な光が天井の隙間からあちこち入り込んできて、いよいよダンジョン感が増してくる。


 この配信、自分だけでは絶対に無理だったなと痛感する。

 もし自分一人で飛び込んでいったら、怖じ気づいてすぐ引き返しただろう。


 なにもかもが壱予のおかげだと認めるしかない。

 歩きながら視聴者の質問に丁寧に答えるあいつのおかげだと。


「なるほど。ハマっているというのは、夢中になっているもの、という意味なのですね? であれば、もちろん、旦那さまに夢中でございます」


 両手を頬に付け、くねくねと体を動かす。

 可愛い~と溶けていく視聴者たち。


「……」

 迷宮なんか行かなくても、自宅で視聴者と会話してれば十分バズる気がしてくる。

 そう、俺なんかいなくたって、壱予一人でどうにでもできるのだ。


 などと劣等感にさいなまれていると、


「あ、人が倒れてる……」

 

 上下紺のジャージを着た若い男性ふたりが、デコボコした岩場にもたれかかって爆睡している。

 一人は口を大きく開け、もう一人はいびきが騒がしい。


 いったいこれは何だと戸惑う大吾より、視聴者の方が現状把握が早い。


『被害者発見』

『やられたか』

『どこで引っかかったかね』


 大吾はここでスマホを使ってドローンの設定をいじった。


「ちょっとカメラを遠ざけます。音声もオフにしますんで」


 同接三十万人を越える状態で許可も無く素顔を晒されたらきついだろう。

 あそこで寝ているのが自分だったらと考えると絶対映りたくない。


『それでいいよ』

『大人の判断』

『ここらへんしっかりしてるよな、彼は』


 眠るふたりの男に近づく大吾。


「壱予。しばらくカメラ前で踊っててくれ」

「皆様を飽きさせないためですね。お任せください!」


 大吾に頼られるのが嬉しい壱予は、新和国に伝わる豊穣を祈る舞を笑顔で踊ってみせる。


 コメント欄がカワイイで満たされる中、


「ふたりとも大丈夫? もう起きた方が良い」


 穏やかに声をかけると、ふたり同時に目を覚まし、ふたり同時に同じことを聞いてきた。


「い、今、何日!?」


 ゆっくりとスマホのロック画面を見せる。


「ほんとに三日たってる!」

「やべ! まじやべえって!」


 髪を振り乱して慌てる若者たち。

 あまりに不憫でなんと声をかけて良いやら。

 

「で、でんわ、電話しないと……」

「あああああ。着信が三十超えてる……」


 三日前は日曜日だった。

 恐らく軽い気持ちでダンジョンに飛び込み、どこかでやられて、三日間のペナルティを喰らっていたのだろう。

 会社を三日も無断欠勤する。

 考えただけで恐ろしい。


「こんなとこ二度と来るか!」

「あんたも帰った方がいいですよ!」


 わめきながら若者は走り去っていく。


「おそろしや……」


 混乱の極みのような姿。数分後の自分にしか見えない。

 とはいえ今は配信中。

 いつまでも壱予を踊らせているわけにも行かない。


「再開します。さっきのふたりは帰っていきました……」


『大吾っち、暗くなってるな』

『何があったのかだいたい想像つくw』

『帰りたい感が溢れ出てるぞw』


 鋭い。

 配信初めて気づいたことがいくつかあるが、視聴者の方々を絶対侮ってはいけないということを何より思い知っている。

 その洞察力、判断力、知識量。本当に凄い。


「奥に進みます。壱予。もう踊らなくて良いぞ」


「まだ途中なのですが……」


 不満そうな壱予の頭に、コツンと石が飛んできた。


「あら?」


 たったそれだけのことで、早くも視聴者は感づく。


『来た!』

『敵! どっかにいる!』

『隠れろ!』

『今の大吾ちゃんだと一発で死!』

 

「えっ、ほんとに?!」


 腰を低くして、壁になりそうな場所を必死で探す。


 ついに戦闘が始まろうとしていた。


―――――――――――


 作者後書き。


 読んで頂きありがとうございます。

 初めてのダンジョン配信はここから思いもよらぬ形になっていきます。


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