第2話 赫き竜
数千年の時を経て、中つ国のなかにいくつもの〈クニ〉が興った。王家は『君臨すれども統治せず』の立場をとり各共同体に自治権を与えると、それぞれのクニが独自の文化を発展させ栄えた。
いつしか『中つ国』という名は人々にとって〝世界〟と同義になっていた。
数あるクニのなかでも〈アシハラ王国〉は古参だった。歴史的にみても最初期に自治権を認められたクニのひとつであり、古くからアシハラ平原の統治を任されていた。
小国ながらも武芸の盛んなクニで、「アシハラ兵士一人で他国の兵士百人分の戦闘力がある」といわれるほどだ。
「カムイ、剣士団のほうはどう? 慣れた?」
昼食後、子供たちは庭で追いかけっこに夢中になっている。それをベンチに腰かけたアイネとカムイが見守っていた。
「……」
アイネの質問にカムイは首を傾げて答えた。(さあ、どうかな)というジェスチャーだ。
「最年少の十六歳で隊長に抜擢! しかも一番隊の隊長だなんて、やるじゃん」といってアイネはカムイの肩を小突いた。
カムイは嬉しそうな──それでいて恥ずかしそうな──微妙な顔をしていた。
王の下に編成される〈アシハラ剣士団〉は一番から十番まであり、そのなかでも一番隊は先陣を切る特攻部隊であり、
「それだけカムイの腕がたしかだということだな」
二人が座るベンチの後ろから低い声が聞こえた。振り向くとコビット族にしては大柄な初老の男が一人立っていた。顔の下半分は髭に覆われ、逆立った頭髪と相まって伝説上の動物〈ライオン〉を想起させる。服の上からでもわかるほど筋骨隆々な身体だったが、左腕の肘から先が欠損していた。
「お父様」とアイネ。
そう、この初老の男こそが現アシハラ王国国王ハウゼンだった。
カムイはさっと身を翻すとベンチから下り、片膝をついて
「よいよい。いまは公務ではない。昔のように楽にしてくれ、カムイよ」
「ほら、カムイ。お父様もああいってるし」
アイネはそういうとカムイの腕をとった。カムイは渋々立ち上がったが、頭は下げたままだった。
視界にハウゼンの左腕が入った。そこにあるはずの前腕がなかった。十年前の竜王との戦いで失ったのだ。
ハウゼンはカムイの肩に右手を置くと、
「カムイ、若くして人の上に立つのは大変だとおもう。しかしお前がアシハラで一番の剣士であることはだれもが認めている。自信をもて」
と励ました。
幼いころに両親を亡くしたカムイにとって父のような存在だったハウゼンの言葉を噛みしめ、カムイはつよく頷いた。
そのとき──
「ハウゼン様!」
一人の兵士が尋常ではない様子でこちらに走ってやってくる。なにかよくないことが起きたのだとだれもが悟った。
「ハウゼン様! 西の見張り台から伝令! 魔物の群れが急襲してきたとのことです! 現在、見張り台の者らが防戦にあたっていますが突破されるのも時間の問題かと」
「アイネ、民たちを誘導して東門から避難させなさい」
「ハウゼン様、まだつづきが……」と兵士。
「なんだ、はやく申せ」
兵士は言い淀んみながらもこう言った。
「
「カムイ、一緒に来い!」
そういうとハウゼンは西門に向かって走った。
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