第25話
直でイラストの仕事? どういうことだろう。思いがけない提案をしてくる真央に、怪訝な顔をしてしまっていたと思う。
『そうス。ゲームのキャラクターデザインと、イラストの仕事、挑戦してみるつもりないスか?』
「え、で、でも……なんのゲームなの?」
尋ねると、真央は顎に手を当て、言葉を探すようにもごもごと口を動かす。言い出しっぺの割には、妙に歯切れが悪い。
『や、んーと。どこまで話して大丈夫かな。アタシはただの雇われモデラーなんで、あんまり迂闊なこと言えないスけど』
なんとなく事情がわかった気がする。真央はゲーム業界を舞台に、フリーランスで仕事を請け負っている3Dモデラーだ。もしかすると、その伝手でなにかイラストレーターの仕事に心当たりがあるのだろうか。
「話せる範囲でいいよ。あと、聞いたことは絶対誰にも言わない」
『そう言ってもらえると助かるス。実はアタシ、前からちょっとソシャゲのグラフィックに関わってるスよ。そこのディレクターとは結構仲良くて、その縁で、って感じなんスけど』
ほほう。
思えば、こうして真央の仕事の話を現在進行形で聞くのは初めてかもしれない。なにせ真央が参加しているのは、ゲームという商品開発プロジェクトの一環だ。昔からの友人とはいえ、まったくの部外者である私にできる話は、さほど多くはないだろう。
その真央が、あいまいにぼかしながらも教えようとしてくれている話に、私は妙な緊張を覚えてつばを飲み込んだ。
『この間そのディレクターから聞いたスけど、そのソシャゲで近いうちに新キャラを出す予定らしいス。ところが、仕事を依頼する予定だったイラストレーターが、急遽都合がつかなくなっちゃったらしくて』
「じゃあ、その代打を探してるってこと?」
『ざっくり言っちゃうとそんな感じスね。つっても、アタシには裁量権ないんで、ポートフォリオとか作ってもらったら、こっちでディレクターに売り込みに行くス。さすがに絶対採用されるとは言えないスけど、いい線行くと思うし、また別の機会で使ってもらえるかも。どうスか?』
それは、正真正銘、プロのイラストレーターの仕事だ。真っ先に浮かんだのは、そんな仕事が、果たして私に務まるのだろうかという疑問だった。
真央が携わっているというソーシャルゲームが、どこのどんなタイトルなのかはわからない。しかし真央は3Dモデラーだ。3DCGが介在するソーシャルゲームで思いつくのは、いずれも大手メーカーの有名タイトルばかりだ。
「でもいきなりゲームなんて、そんな大きな仕事、私に出来るかな。そもそも採用される気もしないし……」
『アタシが全力で営業してくるスよ。まあそれに、大きかろうが小さかろうが、仕事は仕事スよ。仕事として請けるって決めたなら、個人からの依頼だろうが、メーカーの依頼だろうが、おんなじじゃないスか?』
それは、確かにそうかもしれない。コミッションで請ける個人の依頼だから、手を抜いていいわけでも、実力がなくてもいいわけでもない。自分が持てる実力を十全に発揮して、仕事の依頼という形で与えられた信頼に、誠心誠意応えなくてはならないのだ。
いずれプロになりたい、なんて言ってるのに、相手を見て尻込みするなんて、あんまりに情けないだろう。
「ち、ちなみにその仕事、名前はクレジットされるの?」
『お、食いついてきたスね。もちろん名前もちゃんと出るスよ。イラストレーター何人も採用してるスけど、全員クレジットされてるスから』
だったら、これはチャンスだ。真央の手を借りてではあるが、一足飛びにプロのイラストレーターとして名を上げる、絶好の機会かもしれない。
「……わかった、やってみたい」
しかもこれは、完全に真央の好意なのだ。無碍になんて、出来るはずがない。
『おっしゃっ! そうと決まれば、全力でサポートさせてもらうスよ! ちなみに安方サン、ポートフォリオって作ったことあるスか?』
「う……ない、です」
イラストを仕事にできないか、なんて思ったのは、本当にここ数日の話なのだ。プロモーション用の作品集どころか、そもそも自分の作品を売り込むなんて、考えたことすらなかった。
『あはは、そうスよね。んじゃどうすっかな、過去のイラスト片っ端から送ってもらって、こっちで作ってもいいスけど……』
「さすがにそれは申し訳ないよ。それに、そういうの自分でも覚えたいし」
『おお……自分のことでこんなにも乗り気な安方サン、久しぶりに見た気がするス』
「いっつも無気力で申し訳ない」
私なんて、ってずっと思ってきたけど、いまはその言葉を、出来るだけ口にしたくない。アルエやシオネにリリシア、そして真央。自分を卑下してしまえば、彼女たちから受けている信頼を、ないがしろにしてしまう気がするから。
まあ、まだ真央以外からの好意に慣れてなくて、リリシアのように距離を詰められると、うろたえてしまうわけだけれど。アルエにしてもいきなりゼロ距離だったし、Vtuberというのは距離感近くないとやっていけないものなのだろうか。でもシオネはむしろクールに一定の間隔を空けている気がするし。
それはともかく。
「それもこれも、真央のおかげだよ」
『うぇ、どしたスか急に』
「アルエのことを知って、【ふりーくしょっと!】のみんなに出会って、自分も前に進みたいって思ったけど、全部真央がいてくれたからだよ。真央は、最初からずっと私のことを認めて、支えてくれて、アルエのことも世話してくれてたし。本当に、いつもありがとね、真央」
深夜だからだろうか。タスクをひとつ終えたテンションが、まだ残っているのだろうか。こんなにするすると、言葉が出てくるなんて。
『なに言ってるスか。前にも言ったけど、先に背中を押してくれたのは安方サンのほうスよ』
「だとしても、真央のおかげで私も少しは変われそうなんだから、お礼言わせてよ。ほんとに、真央が後輩で、そばにいてくれてよかった。大好きだよ、真央」
『……アタシも、大好きスよ、安方サン』
少しだけ瞼が重たい。頭がぼんやりとして、画面に映る真央の顔が、真っ赤に見えて、少しだけ滲む。
『ちょっと話し込んじゃったスね、そろそろ切り上げときますか』
「んんぇ、まだおしゃべりできるよお」
『めちゃめちゃおねむじゃないスか。あーもう、ビデオチャットでよかったスね。オフで会ってたら、絶対抱きしめてベッド連れ込んでめちゃめちゃにしてた自信あるスよ』
「もう、なにそれ、真央のえっち」
あいまいに笑って、目をこする。やっぱり限界かもしれない。連日夜更かしというか、明け方近くまで起きてる日が続いていたし、まだすべて片付いたわけでもない。今日はもうベッドに入って、明日に備えるべきだろうか。
『ちゃんと布団かぶって寝るスよ。アルエにもよろしく言っといてください』
「はあい。おやすみ、真央」
『おやすみなさい、安方サン』
通話を切り、そのままモニタの電源も切って、すぐ隣のベッドに腰を下ろす。洗面所からアルエが出てきたのは、ちょうどそのときだった。
「サヤカ、もう寝るの?」
「あ、おかえりアルエ。そのつもりだけど……そうだ、さっきまで真央と通話しててね、アルエの新しい衣装が」
できたんだよ。そう言って、落としたばかりのモニタの電源を入れようとした私は、その手を止めた。
ベッドがぎしりと沈む。すぐ隣に、アルエが腰を下ろしている。横を見ても、俯いた顔がどんな表情を浮かべているのかは、見えなかった。
「アルエ? どうかしたの?」
「ねえ、サヤカ。サヤカは、わたしの味方だよね?」
本当にどうしたのだろう。聞こえてくる声は静かで、か細くて、お気持ちブログのときの動揺した声音とも違う。ユニット曲の練習が上手くいってないのだろうか。それとも、収録が不安なのだろうか。それとも。
「当り前だよ。私はアルエのママで、一番のファンなんだから。なにがあっても、絶対アルエの味方だよ」
忍び寄ってくるような不安を払いたくて、シーツの上についていたアルエの手を握る。
「……あはっ! ありがとサヤカっ!」
アルエは、黙ってその手を見つめていたかと思えば、急に顔を上げ、飛び込むように抱き着いてくる。アルエのスキンシップ好きにも、さすがにそろそろ慣れたつもりだったが、やはり急に飛びつかれると心臓がひとつ跳ねる。
「ひゃっ、もう、どうしたのほんとに」
「んーんっ! やっぱりサヤカのこと、だいすきーっ! って思っただけっ!」
どうしてだろうか。今日はなんだか、抱き着いてきたアルエの背中が、いつもよりもずっと小さな子供のように見える。
「……うん、私も大好きだよ、アルエ」
だから今夜は、その背中を撫でながら、二人で抱き合ったまま寝ることにした。明日にはまた、不安なんて忘れて、いつも通りのアルエに戻っていることを祈りながら。
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