第42話:王都観光6

 騎士の訓練場を後にした私たちは、豪華な応接室を訪れて、王様と向かい合っていた。


 これまでの接待は前菜みたいなものであり、王様としては、ここからがメインイベントだと言える。


 あくまでホウオウさんのおもてなしは、貢ぎ物を受け取ってもらうために行なっているのだから。


「今日はよく来てくれたな。本当にここまで足を運んでくれるのかと、気が気でなかったぞ」

「俺もまさかこのような形で招かれるとは思わなかった。だが、今まで人の姿で観光するという発想がなかった分、なかなか面白い経験をさせてもらった」


 楽しんでくれたのであれば、何よりだ。逆に付き合ってもらっていたような気もするけど、深いことは気にしないでおこう。


「胡桃殿にも感謝しよう。こういった場を作ってくれて、本当によかったと思っている」

「いえいえ。私も十分に楽しみましたし、いろいろといただきましたので」


 貴族令嬢の服装に身を包み、異世界の王都を自由に観光して、王城まで見学できたなんて、本当に有意義な時間だった。


 お土産に十万円もするドワーフの包丁も買ったし、オーダーメイドで作ってもらった服もいただけることになっている。


 自分で提案したとはいえ、良い思いばかりさせてもらい、ありがたい思いでいっぱいだった。


 まあ、その分、王様の作る貢ぎ物の監修にも力を入れさせてもらったが。


 王様の挨拶が終わり、悠長ことを話していると、部屋にメイドさんが入ってきて、とある甘味を出してくれる。


「ん? これは……」

「胡桃殿に教えてもらって、ワシが作ったものだ」


 焼き目が濃く、ちょっと形が悪いながらも、しっかりと想いを込めてつくってもらった甘味、どら焼きである。


 まだ練習不足だったか……とは思うものの、初めて甘味づくりに挑戦して、短期間で覚えたことを考えれば、上出来だと思った。


 さすがに異界の甘味を貢ぎ物に出されるとは思っていなかったみたいで、ホウオウさんは目を丸くして驚いている。


「国王にもなって、まさか自ら異世界の甘味を作るとはな。何か心境の変化でもあったのか?」

「胡桃殿の提案がきっかけで、もう一度最初からやり直そうと思ったのだ。今までホウオウに頼りすぎて、見失っていることがあるのではないか、と思ってな」


 どこか晴れ晴れとした表情を浮かべる王様は、優しい瞳でホウオウさんをまっすぐ見つめていた。


「国で妖精を祀ることも、ホウオウに貢ぎ物や祈りを捧げることも、神殿に赴くことも、今までどこか義務でやっていた節があった。そこに勇者召喚の件で後ろめたい気持ちが生まれ、ホウオウと心の底から向き合えなくなっていたのであろう」


 今回のどら焼きづくりを経て、王様の心境に変化があったのは間違いない。


 どこまで私が協力できたのかはわからないけど、王さまが変わるきっかけになれたのであれば、嬉しいことだと思った。


「今回の件を受けて、王としてではなく、一人の人間として、自分を見つめ直した。それでもワシは、ホウオウに貢ぎ物を作って捧げたいという考えに至ったのだ」


 王様がどら焼きづくりをとても真剣に取り組んでいたことを、私はよく知っている。


 王の仕事をこなしながら、毎晩どら焼きづくりを練習するのは、決して義務でできるものではない。


 ホウオウさんに対する想いがなければ、続けられないことだと思った。


「これまで無理に貢ぎ物を押しつけてきて悪かった。ホウオウにも受け取るか否か決める権利があることにすら、ワシは気がつかなかったのだ。傲慢な態度であったと、深く反省している」


 頭を下げる王様を前にして、ホウオウさんはゆっくりとどら焼きを手に取る。


「久しい感覚だな。そなたの貢ぎ物を受け取ろう」


 ホウオウさんと仲直りがしたい、その強い想いが込められたどら焼きを、彼は受け入れた。


 王様の想いは、ようやく届いたのだ。


 約二年後ぶりに貢ぎ物を受け取ってもらった王様は、その安堵の気持ちからか、人前では見せていけないほど体の力が抜けている。


 一国の王様でもそうなるんだなーと、クスクス笑っていると、ホウオウさんが王様の作ったどら焼きを口にした。


「悪くはないな。……うん、悪くはない」


 なんだか歯切れが悪かったので、私も出されたどら焼きを口にする。


「うん……、確かに悪くはない味です」


 この世界にある食材だけで作っているし、お菓子作り初心者の王様が作ったことを考えると、十分な出来かもしれない。


 それでも……、


「生地が固いな」

「生地が固いですね」


 食べにくいと感じるほどには、生地が固かった。


 どうやらホウオウさんへの想いを強く込めようとして、生地を混ぜすぎてしまったらしい。


 絶対に貢ぎ物を受け取ってもらえるようにと意気込んだ分、空回りしたんだろう。


 彼の気持ちがわかるだけに、責めることはできない。ましてや、貢ぎ物づくりの本番に観光していた私には、その権利はないと思った。


 しかし、辛辣な評価を口にした私とホウオウさんを見て、王様は笑っている。


「ふははは、お主らは容赦がないな」

「嘘をついてまで、機嫌を取りたいとは思わないぞ」

「それもそうだな。気遣いはせんでいい」

「無論だ。言いたいことを言えぬ仲でもあるまい」


 最初に出会った頃、二人はぎこちなかったけど、今ではすっかりと落ち着いているように見える。


 そう思いながら食べる王様が作ったどら焼きは、なんだかんだで優しい味がして、おいしいと思った。

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