第39話:王都観光3
紳士服に着替えたホウオウさんと一緒に歩き進め、手配してもらった馬車に乗るため、私たちは王都の広場にやってくる。
事前にシルフくんにも意見を聞いてみたところ、たまに王都の子供たちと遊んでいるらしく、おすすめされた場所でもあった。
しかし、今は子供が遊べるようなところではない。まだホウオウさんの銅像に花を添えて、祈りを捧げる人たちがいる。
祀られている妖精としては、子供の遊ぶ姿を見た方が喜ぶのかなーと思っていたけど、ホウオウさんに祈りを捧げる人が見れたので、それはそれでよかったのかもしれない。
心なしか、ホウオウさんも安堵しているように見える。
「懐かしい銅像だな」
「ご存知なんですね」
「ああ。最初は、銅像なんてやめてくれ、と反対していたから、よく覚えている」
「えっ、どうして反対されていたんですか? 銅像があった方が信仰しやすいと思いますけど」
「単純に恥ずかしいだろ。魔除け代わりに雑貨品や木彫りを置かれるのは構わないが、銅像まで作られるのは気がのらなかったんだ」
そういうものなのかなーと思う反面、ホウオウさんの気持ちがわからなくもなかった。
仮に勇者であるお父さんの銅像が作られていたら、とても複雑な気持ちを抱いていたはずだから。
「実際に王都の広場に銅像が作られたということは、最終的には許可を出されたんですね」
「まあ、仕方なくだな。当時、銅像を作るためのモデルになってほしいと、とある人物に依頼されたんだ。何度も断ったんだが、会う度に言われ続け、気づけば五年も経っていた」
「す、すごい執念ですね……」
「人間の感覚であれば、普通はそう思うんだろうが……、長い年月を生きる妖精にとっては、大した時間ではない。また言いに来たなー、くらいの感覚でしかなかった」
きっと人間と比較すると、妖精は時間の感覚がかなり遅いんだろう。
エルフのエマとノエルさんとも、たまに感覚にズレが生じるから、ホウオウさんもそんな感じなんだと思った。
「本当はそのまま断るつもりだったんだが、そいつに生まれたばかりの子供を紹介された時、こう言われたんだ。何度でも頼みに来るぞ、我が友よ、と」
ホウオウさんの嬉しそうな表情を見れば、今でも大切な思い出なんだと察することができる。
本来であれば、祀られる妖精と祀る人間が対等な関係にはならない……と言いたいところだが、私も例外みたいなものなので、強くは言えない。
ホウオウさんも、友達だと言ってもいいと思えるような方だったんだろう。
「その方とは、とても親しい関係だったんですね」
「何が自分の心に響くかなんて、意外にわからないものだ。俺は友と呼ばれたことに喜びを感じて、ついつい銅像を作ることを許可してしまった」
そんな思い出深い銅像だったんだなーと眺めていると、広場に三人組の小さな子供がやってきた。
広場で遊べない影響か、一人の子が不貞腐れている。
「火の妖精に頼んだからって、平和になるわけでもねえのにな」
「おい、こんな場所で言うなよ。罰当たりだって、怒られるぞ」
「そうだよ。勇者を召喚したのも、火の妖精のおかげって母ちゃんが言ってたぜ」
不貞腐れたガキ大将が不穏な言葉を口にしたため、怒られたくない取り巻きの子供たちが必死になだめている。
しかし、その思いは伝わらず、ガキ大将は目を細めた。
「じゃあ、お前らは火の妖精を見たことがあるのかよ。その肝心の勇者だって、もういなくなっちまったんだぜ?」
「……」
「……」
私まで何も言い返す言葉が思い浮かばなくなるほど、耳の痛い話である。
突然、異世界に呼び出されたお父さんにも、事情があるのは当たり前のこと。日本で仕事しながら、休日は勇者として活動していたのであれば、十分すぎるほど頑張ったと思う。
でも、現地に住む人たちが納得するのかは、別の話だ。
魔物が蔓延る世界では、魔族との争いが終わっただけで、平和が訪れたわけではない。この地の瘴気を妖精が浄化したとしても、魔物の被害がなくなるわけではないんだと思う。
まだ魔物との戦いが残っているのに、異界に帰ってしまった勇者に不満を抱いているのだ。
子供だから仕方ないのかな……と思っていると、ガキ大将の元にホウオウさんが近づいていく。
「おい、坊主」
「な、なんだよ」
急に大人の男性に見下ろされて、ガキ大将は当然のように萎縮する。
その彼の頭の上に、ホウオウさんは優しくポンッと手を起き、目線を合わせるようにしゃがんだ。
「無理に火の妖精を崇める必要はない。信仰するもしないも、お前の自由だ。今はまだ難しいかもしれないが、いつか自分の意思で選んでくれ」
どうやら怒られると思っていたみたいで、ホウオウさんの言葉を聞いたガキ大将は、目をパチパチとさせるほど混乱している。
挙動不審になり、周囲をチラチラと確認した後、ホウオウさんの手を払った。
「べ、別に信仰しないなんて言ってないだろ。変なやつ。おい、行こうぜ」
彼はツンデレなのか……と思いつつも、失礼な発言をした子供を叱らなかったホウオウさんに、私は近づいていく。
「本当に今の対応でよかったんですか?」
「構わない。意外にああいう子供の方が信仰心が厚く、丹念に祈りを捧げてくれるものだ」
「そういうものなんですかね。まあ、男の子は素直になれないと言いますし、大人になったら理解してくれることを願いましょう」
もしかしたら、わざわざ広場に足を運んだのも、自分から言い出すのが恥ずかしかっただけで、本当は祈りを捧げたかったのかもしれない。
心の中にいろいろな葛藤があり、素直になれないだけであって……。
まあ、当の本人は気づいていないけど、信仰すべき火の妖精と話ができたんだから、よしとしてもらおう。
彼が熱心に祈りを捧げるのであれば、きっと罰も当たりはしない……というか、ホウオウさんは罰を与えないはずだ。
「じゃあ、予定通り、王城に行きましょうか。この先の馬車乗り場で、貴族用のものを用意してもらっているんですよね」
「そういえば、今まで馬車に乗った経験はないな。楽しみだ」
空を飛べるとそうなるよねーと思いながら、私は馬車との待ち合わせ場所に向かうのであった。
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