第35話:交渉
大人の喧嘩が収まりそうになかったので、神殿の客室を借りた私たちは、揉めていた王様とホウオウさんを離した。
今の状態で二人が顔を合わせても、何も解決はしない。
簡単な話し合いで解決するような問題なら、言い合いなど起きていないはずだから。
そのため、ホウオウさんのことはシルフくんに任せて、私はエマと二人で、詳しい事情がわからない王様に話を聞くことにした。
まだ若い娘が仲介するとなり、王様はしゅんっとしている。
「ご理解いただけると思いますが、ホウオウさんを祀っているのであれば、苛立ってはいけませんよ」
「うん。怒るのは、良くない」
「すまぬ。自分でもわかってはおるのだが、ここまで関係が悪化したのは初めてで、どうしていいのかわからぬのだ」
心の内をこぼす王様は、もはや一人のオジサンにしか見えない。
これには、事前に私が女神の使徒だと打ち明けておいた影響も大きいんだろう。
風の妖精であるシルフくんがいて、火の妖精であるホウオウさんに承認してもらったら、さすがに王様でもその存在を疑うわけにはいかない。
この世界を創造した女神の使徒となれば、妖精と同じような立場になってしまうので、王様も目を丸くして驚いていた。
しかし、一国の王に慎ましい態度を取られても困る。
自分では、あくまで一般人の認識であるため、地位のある人だと思わないようにお願いしていた。
こうして王様に話を聞き出そうしているあたり、とてもそうは思えないが。
「ホウオウさんと何かこじれるような原因でもあったんですか? とても普通の喧嘩とは思えませんでしたよ」
「こればかりはワシらが悪いのだ。ホウオウの言葉を信じ切れずに、勇者召喚を行なってしまったのだから」
間接的ではあるものの、急に接点が生まれると、ドキッとしてしまう。
このタイミングで、お父さんを異世界に召喚した儀式の話になるとは、夢にも思わなかった。
ただ、王様は深く後悔しているみたいで、大きなため息をついている。
「魔王軍との関係が悪化して、国の存亡の危機を感じた時、ワシらはホウオウに進言した。勇者召喚をするために力を貸してくれ、と。しかし、まだその時ではないと、何度も断られておったのだ」
私がその勇者の娘だと知らない王様は、衝撃の事実を口にした。
勇者召喚されたお父さんは、国には求められていたものの、妖精には求められていなかったのだ。
つまり、それは……魔王軍との戦いが単なる周辺諸国との争いにすぎない、ということを意味する可能性が高い。
女神様が人類に勇者召喚という方法を残した理由が、世界を破滅から守るためだったと仮定すると、ホウオウさんが断っていたことにも納得がいく。
「召喚した勇者たちは頑張ってくれた。無論、彼らの旅に同行した時の賢者にも感謝しておる」
「うん、知ってる。お金をいっぱいもらったから」
……もしかして、この世界だとエマはお金持ちなの? 勇者と一緒に国を救った者として、王様から多額の報奨金をもらっているんじゃないかな。
今はいったんその話は聞かなかったことにして、王様の話に耳を傾けるけど。
「しかし、勇者たちのおかげで魔王軍と理解し合い、同盟を結ぶようになり、ホウオウの言葉の意味を痛感したのだ。ワシらは勇者召喚に甘えただけで、魔族と理解し合う努力を怠ったのだ、と」
シルフくんも聖女の仕事を私に求めていないので、王様の意見は的を射ているかもしれない。
人類を守るために勇者召喚をしたのではなく、自分の国を守るために儀式を行なってしまったのだ。
「ワシらの傲慢な願いにもホウオウは応え、勇者召喚を行なうための魔力を貸してくれた。だが、それと引き換えに関係がこじれ、先ほどのような状況が続いておる」
「貢ぎ物を受け取ってもらえない、ということですね」
「ああ。もうかれこれ二年ほどだ。妖精は食事をしなくても生きていけるらしいが、徐々に闇に飲まれていくホウオウを見るのは、心苦しくてな……」
こうして話してみると、王様はとてもホウオウさんを想っていることが伝わってくる。
何とか助けたいと思い、何度断られても、二年も貢ぎ物を運んでいるのだ。
その行為が、自分の首を絞めているとも気づかずに……。
後悔した気持ちを抱いたままでは、邪念や不安が貢ぎ物に悪い影響を与えて、いつまで経ってもホウオウさんは受け取れない。
王様が何度も償おうとしても、ホウオウさんも断るしかできなくて、負の連鎖が起きるんだろう。
断られた分だけ、罪悪感が増してしまうのだから。
きっとホウオウさんも、貢ぎ物に込められた想いが原因だと伝えているはず。でも、王様はそれが原因ではないと、勘違いしているに違いない。
さっきも『いい加減に機嫌を直してくれ』と言っていたし、人間の感覚でいえば、普通は貢ぎ物から想いを受け取るとは思えないから。
シルフくんみたいなフレンドリーな妖精ならともかく、ホウオウさんは最低限のことしか話さなそうなので、余計に関係が拗れていそうだった。
仮にそのことを私が伝えても、納得するとは思えないし、王様の心が変わらなければ意味がない。
うーん、これはどうしたものか……と悩んでいると、王様が真剣な眼差しを向けてくる。
「ところで、お主たちはホウオウに何を貢いでおったのだ?」
「えっ! 見てたんですか?」
「そうか。やはり、ホウオウはお主たちの貢ぎ物を受け取っていたのか。ホウオウの瘴気が薄れておったから、もしやと思ったのだ」
は、嵌められた……!
もしかしたら、王様のこういう性格が、貢ぎ物に悪い影響を与えているのかもしれない。
しかし、ホウオウさんを想う気持ちは本当みたいで、王様は迷うことなく私とエマに向かって頭を下げた。
「すまぬが、その貢ぎ物の作り方を教えてもらえぬだろうか。この通りだ」
ホウオウさんとの仲たがいを改善するためには、なりふり構っていられないんだろう。
一国の王様が、いとも簡単に頭を下げていた。
この世界の王様なら、どら焼きの食材を買い揃えることができるだろうから、作り方を教えてもいいとは思っている。
でも、いくらホウオウさんのためになるとはいえ、そこまで王さまに肩入れする義理はない。
ホウオウさんを浄化するだけなら、私がどら焼きを貢ぐだけで解決する、という問題でもある。
ましてや、どら焼きが作れるようになったとしても、真心を込めなければ意味がないため、このまま普通に教えてもうまくいくと思えなかった。
「いくつか条件があります」
あくまで、普通にやったら、の話ではあるが。
うまくいく保証なんてどこにもないし、王様の頑張り次第なところが大きい。手を貸して失敗したとしても、女神の使徒である私を責められないはずだ。
それなら……、この話は私にもメリットがある。
気軽に王城を訪問するだけでなく、王様に恩が売れて、異世界の文化に触れ合うチャンスなのだから。
ぐふ、ぐふふふっ……と不敵な笑みを浮かべていると、エマにジト目を向けられてしまう。
「どうしよう、胡桃が悪い顔をしてる。デカ小豆を買った時と同じだ」
一国の王を助けようとする私に向かって、失礼なことを言わないでほしい。
ホウオウさんに対する想いが強い王様が断れるはずもない、と見越しての提案になるので、あながち間違ってはいないけど。
「む、無茶な願いでない限り、あらゆる条件を飲もう。ホウオウが貢ぎ物を受け取らなかったとしても、お主らの責任を問うような真似もしない」
「わかりました。無茶な願いでなければ、何でもしますね?」
「……う、うむ。可能な限り、の話ではあるが」
「では、こうしましょう」
王様の言質を取った私は、力強く言い放つ。
「私がホウオウさんを連れ出して、一緒に王都を観光するので、精一杯のおもてなしをしてください」
どさくさに紛れて、国に接待されるという、庶民では絶対に経験できない体験を要求するのであった。
――――――――――――
【あとがき】
これで第三章が終わり、次回は王都観光をする第四章が始まります。
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