第二章:デカ小豆のお菓子

第13話:お好み焼き1

 エマの転移魔法で我が家の裏庭に帰ってくると、こっちの世界でも時間の流れは同じみたいで、すっかり夕暮れ時になっていた。


 見慣れた景色のはずなのに、異世界から戻ってきたばかりだと、まるで違って見える。


 裏庭からガチャッとドアを開けて入るだけでも、最先端の日本の文化に感動してしまっていた。


 靴をしまう収納スペースと空気清浄機だけでなく、キャラクターをモチーフにしたクマさんのスリッパまで存在する。


 こんな何気ないものに技術力を感じて、心が動かされる日が来るなんて、夢にも思わなかった。


 ちなみに、クマさんのスリッパは私の愛用品である。


「……」


 なお、エマが羨ましそうな目でクマさんのスリッパを見つめてくるので、今度別バージョンのものを買ってあげようと思う。


 ひとまず、今日は客人用のスリッパで許してほしい。


 エマが靴から客人用のスリッパに履き替えたところを見届けると、ちょうどお父さんとノエルさんがやってきた。


「ただいま~。ごめんね、帰るのが遅くなっちゃって」

「おかえり。こっちも何とか片づいたばかりだから、気にしないでくれ。今日の夜ごはんは出前で済ませるか?」

「ううん、今からごはんを作るよ。その代わり、エマに電化製品とかゴミの分別の仕方を教えてあげて。乙女の問題に引っ掛かりそうなものは、放っておいてくれてもいいから」

「わかったよ」


 いったんお父さんとノエルさんにエマを預けて、私は急いで洗面所に向かう。


 手を洗って、うがいした後、エプロンをつけてキッチンに立った。


 今朝、急遽ピクニックに向かうことにしたため、すでに四人分の食料を消費している。


 買い物なしで四人分の料理となると……、サンドウィッチよりも簡単なものしかできない。


 しかし、日本の料理文化の著しい発達のおかげで、こういう時には奥の手というものが存在する。


 それは……、


「これだけ食材が少ないと、やっぱりお好み焼きしかないわ」


 簡単ですぐに作れておいしい料理、お好み焼き。


 キッチンの収納棚に封印されたお好み焼きの粉(とろろエキス入り)と、冷蔵庫に眠るお好み焼きソースがあれば、約束された味が手に入る。


 これには、ノエルさんとエマも喜ぶこと間違いなし。ふっふっふ、今日は特別にホットプレートの上で作ろうかな。


 早速、キャベツを洗って千切りにした後、お好み焼きの粉と水を混ぜ合わせる。


 油っぽくなりすぎない程度に天かすや卵なども混ぜて、居間に持ち運んだ。


 そこにお好み焼きソースやマヨネーズ、ヘラや菜箸、解凍した豚肉……などを持ち込んでいると、エマが勢いよくやってくる。


 そして、お好み焼きのタネを見て、微妙な表情を浮かべた。


「く、胡桃の料理、おいしいって、し、信じてるから」

「疑ってるじゃん。言っておくけど、これはあくまで準備段階であって、今からが本番なんだからね」


 疑いの眼差しを向けてくるエマの前で、ホットプレートにスイッチを入れて、油を引く。


 エマがそれに触らないように様子を見つつ、お好み焼きのタネをホットプレートに流し入れ、その上に豚肉を乗せた。


「……どら焼き」


 なお、食いしん坊のエマにとっては、お好み焼きの形がどら焼きに見えたみたいだが。


 そういえば、ピクニックに持っていったデザート用のどら焼きは、アルくんに食べさせたんだっけ。


「夜ごはんの前にどら焼きは食べるものじゃないから、もう少し後でね」


 アルくん並みにムスッとした表情を浮かべるエマを見れば、魔法を使ったことで、想像以上にエネルギーを消耗しているんだと察する。


 きっとかなりお腹が空いているに違いない。


「仕方ない。醤油味のせんべいを少しだけ出してあげよう」

「せんべい……?」


 首を傾げたエマにせんべいを渡してあげると、今朝食べたお菓子の名前だと理解したみたいで、喜んで受け取ってくれた。


「今度のは、色も味も濃い」


 バリバリボリボリと食べ始めるエマを横目に、私はお好み焼きをひっくり返す。


「よしっ、形が崩れずにうまくいった」

「……」


 とにかく食べ物を与えると大人しくなるという点では、子供とまったく変わらなかった。


 なお、初めてであろう醤油をせんべいで提供したことについては、深く反省している。


 今朝も同じようなことを反省した気がするので、お詫びの印に、紙パックのあま~いコーヒー牛乳も授けよう。


「……! にがあまっ♪ にがあまっ♪」


 エマがとっても上機嫌になり、そろそろ料理が出来上がる頃、お父さんとノエルさんがやってきた。


 ちょうどお好み焼きソースを塗り始めて、ホットプレートの上に垂れたこともあり、とても芳ばしい香りが広がる。


 箸や食器の準備をしてくれるお父さんと、お好み焼きを無言で見つめるエルフの親子、そして、仕上げに鰹節を躍らせて二人の気を引いた後、マヨネーズでトドメを刺す私。


「「おぉー……!」」


 普通にお好み焼きを作っただけで歓声が上がった私は、エルフの二人から拍手をもらい、優越感に浸るのであった。


「まだまだ作れるから、好きなだけお食べ」


 ちょっとキャラがおかしくなったのは、気にしないでほしい。

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