第48話

「…………それが《子供化》なのか」


 ひとしきり説明が終わった後、喉から絞り出すように理九が口にした。


「いや、そんなことより改めて聞いても、壮絶だな君の過去は……」


 どうやら《子供化》自体に愕然としているわけではなく、日門が受けた改造に対しての反応だったようだ。


 ――ギュ。


 不意に腕に温もりを感じた。見ると小色が顔を埋めるようにして力強く抱き着いていた。


「ど、どうした小色?」


 若干戸惑いながらも日門が声をかけると、小色は黙ったまま……いや、静かに観察すれば彼女が嗚咽していることに気づく。

 思わず理九を見ると、彼もまた小色を見つめながら僅かに困ったように眉を歪ませていた。


「……小色?」

「ひっぐ……ぐすっ……ごめん……なさぃ…………ちょっと……だけでいいですから……」


 そう言われてしまえば、無理に引き剥がすなんて野暮なことはできない。しばらく小色が泣き止むまで待つことになった。

 そしてようやく落ち着いた小色は、少し顔を洗ってくると言って洗面所へと向かう。


「ったく、よくもまあ他人のことで、あんなに自分のことみてえに泣けるよなぁ」

「……まあ、小色は感受性が豊かだしな」

「という理九も目が潤んでたり?」

「し、してない! 事実を曲解するな!」

「みたいな感じで顔を赤らめながら言う理九であった」

「うぐっ…………君、あった時からさらに性格が悪くなったんじゃないかい?」


 恥ずかし気に歯を食いしばっている理九をからかって楽しんでいると、若干まだ目を赤くさせた小色が戻ってきた。


「そ、その……お見苦しいところを……」

「ウハハ、気にすんなって……鼻水くれえ」

「ひぇぅ!? わ、忘れてくださいぃぃぃ~!」


 泣き過ぎて腕に小色の鼻水が少しついただけだし、こちらとしては気にしていない。そもそも泣かせるような話をしたのは日門なのだから。


「ほれほれ、話の続きをしようぜ。それとももう聞きたいことはねえのか?」


 そう尋ねると、兄妹ともに気恥ずかしさで真っ赤になりつつも席に着く。そして理九が咳払いをしてから質問を投げかけてきた。


「その《子供化》っていうのは、君の肉体的には問題はないのかい?」

「まあ問題にならないように起こる省エネモードだしな。たださっきも言ったけど、小さくなっちまうと戦闘力が著しく落ちるのが問題っていえば問題だな」


 こんな世界だ。戦闘力=生存力であり、子供の状態では満足に戦うことはできないのは確かだ。


「けど無理をすりゃ魔法だって使えるしな」

「ダ、ダメですよ! そんなことをしたら死んでしまうかもしれないんですよね!」


 ここは黙っていられないといった感じで小色が入ってくる。


「安心しろって。そんなのは最悪の中の最悪が起きた時だけだから。それに他に手が無いわけでもねえしな」

「他に手? 小さくなっても戦う手段があるっていうことかい?」

「まあな。ほれ、多分コレについても聞きたかったんじゃねえか?」


 日門は《ボックスリング》から小さな石を取り出して二人の前に置いた。すると二人がほぼ同時にハッとして、小色は自身の胸元に触れて「あ……」と声を漏らす。

 それは小色が日門から授かった石とまったく同じものだった。それも当然の話。何故ならこれは……。


「コイツは小色に返しておくぜ」

「え? じゃ、じゃあコレってわたしがあの時に落とした?」

「おう、あの巨大ナメクジの巣に落ちてたから拾っといたんだよ、ほれ」


 小色は受け取ると、大事そうに両手で包み込む。


「……日門、あの時……小色が持っていたこの石から凄まじい放電現象が起きた。アレは一体……」


 理九から、この石が発動した時のことを詳しく聞き、問題なく効果を発揮してくれたことを確認することができた。


「まずその石だけどな、そいつは《魔石》って言って、簡単に言や……魔力が込められた石だな」

「そのままだね……えっと、魔力が込められてるってことは《魔道具》に似たものってことかい?」

「いんや、《魔道具》はあくまでも人工物。んで、対して《魔石》は自然物だ」

「つまり自然に生まれるものってことか。けど魔法みたいな力が発動したけど? 魔力=魔法じゃないよね?」

「理九のその見解で合ってるぜ。そもそも魔法ってのは、魔力を媒介にして想像力を具象化するもんなんだよ」

「また難しいことを。想像力を具象化……じゃあ魔法って千差万別ってことかい?」

「そーいうこと。おんなじ魔法でも、ソイツの想像次第では威力も形も違ったりする。例えば火を放つ魔法があるとして、ある奴にとっちゃ大きくて球体状の火球を放つものかもしれねえし、火炎放射みたいな想像をする奴だって中に入る。そんな感じで、魔法ってのは幅が広くて自由なんだ。それこそ人の想像の数だけ存在する」


 ただ、想像したとしてもその通りに具象化するには、細部に至るまで明確なイメージが必要となるし、それと同時に魔力のコントロールも要求される。

 故にほとんどの者は、先人が生み出した魔法を基盤として、それを基礎魔法という形で学ぶのだ。その方がイメージしやすいし習得が楽だからだ。


 まあ、こういうところが退屈だと言って、日門の師であるマクスは世俗から離れる決意をしたのだが。


「話を《魔石》に戻すけど、この《魔石》ってのは自然に漂う魔力が集まって構成されてる。んで、その中で稀に属性を宿す《魔石》が生まれることがあんだよ」

「属性……ということは、コレは雷の属性が宿っているんですか?」

「おお、さすが異世界好き! 小色、正解!」


 そう言ってやると、嬉しそうに「やった」と小さくガッツポーズする。何と愛らしい姿か。


「火の魔力を宿した《魔石》を《火魔石》、風の魔力を宿した《魔石》を《風魔石》ってな感じでな。んで、お察しの通り、そいつは《雷魔石》。雷属性の魔力を発現させることができるんだよ」


 とはいっても、頭の良い理九はともかく、まだ完全に小色は理解できていない様子。


「ま、百聞は一見に如かずって言うしな。ちょいと試してみっか」


 そうして日門は、二人を連れて外へと出た。





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