第46話

 以前、小色たちにも説明したが、普通の身体に《魔核》を埋め込むという改造とでも呼べる手術を受けた日門は、その日から一カ月以上仮死状態に陥ったのである。


 本来あるべきではないもの、必要としないものを身体に埋め込んだ結果、その拒絶反応で身体に大きな負荷がかかったことで、日門の肉体は生命活動を停止しかけた。

 これまで多くの者は、その負荷によって肉体が崩壊したり、脳がダメージを受けて永遠に植物状態となったりと、絶望的な結果しか得られなかった。


 しかし変態とはいえど天才研究者であるマクスの手によって、完全なる死から仮の死へと引き上げられた。それでもそのまま死ぬ危険性も高かったが。 

 あとは日門の肉体が、そして精神がどれだけ強く生きる力を放つかが鍵だったのである。 


 そして一カ月後、日門は死への誘惑に打ち勝ち目覚めることができた。

 これでようやく異世界人と同じスタートラインに立てた……が、日門にはまだ乗り越えなければいけない壁があったのである。


 それが――魔力のコントロール。


 これも前に小色たちに話した通り、魔力という地球人には存在しないであろうエネルギーを扱う術を日門は持ち合わせていなかったのだ。

 こればかりはさすがのマクスも意外だったのか、結構対策を講じるのに悩みを見せた。


 魔力をコントロールできなければ、たとえ魔力そのものを放出することができても、それを魔法へと転化させることができない。できたとしても暴発するのはオチ。

 せっかく命をかけて細い綱渡りを渡り切ったにもかかわらず、その先にはさらなら試練が待ち構えていたというわけだ。


 何度魔法を使おうとしても発動しなかったり、暴発して死にそうな目に遭った。これはさすがにどうしようもないのかと挫けそうになったその時だ。

 マクスが苦々しい表情のまま、ある提案をしてきた。彼のそんな顔を見るのは初めてであり、だからこそ彼から伝えられることの重さを一瞬で理解させられたものだ。


 この異世界には《魔道具》と呼ばれるアイテムが存在する。それは魔力を媒介として、魔法のような力を発揮することができる代物。

 しかし今の状態の日門では、その《魔道具》ですらまともに扱えない。ならばどうするか。


 ――日門自身を《魔道具》と化す。


 それがマクスの出した答え。しかし彼はその選択は先に行った改造手術よりも厳しいものだと口にしたのだ。不可能に近い……いや、不可能と同義だと。

 これまで人間を《魔道具》にするなどといった研究はされてこなかった。そういう事例もまた存在しないらしい。


 何故なら異世界人にとって、そんなことをする必要がないからだ。

 しかし日門にとって強くなる手段が手に入るならと、その改造を受けると伝えた。 

 その時のマクスの表情は険しく、何度もリスクなどについて語ってきたが、ここまで来た以上、日門にとっても退くわけにはいかない。


 そして日門は、自分を《魔道具》にするための改造を受けることになった。

 それは想像を絶するものだった。

 《魔道具》は特殊な素材に《魔文字》を刻む込むことで生み出される。

 人の身体でいうなれば、刺青を掘るようなものだ。


 ただし刺青と違うのは、掘る際には掘る側の魔力でもって文字を刻み込む。この際に、掘られる側は気絶するような激痛と熱量に苦しめられることになる。

 他人の魔力が体内に無理矢理注入されるようなものであり、それは当然拒絶反応を引き起こし、さらには身を削る行為なので、その痛みは歯を食いしばれば歯が砕け歯茎から血が出るほど。


 その文字を一文字成すだけで、かなりの時間を要し、その際には永遠にも似た激痛に苛まれてしまう。

 自身を《魔道具》と化すためには、その背に何千文字という文字列を施さないといけない。日門が必要と考えた魔法をすべて扱うためには、それだけの文字を刻む必要があり、まさしく地獄……いや、地獄すら温いと思われるほどの拷問が延々と続く。 


 何度歯を砕いたことだろう。何度口から血を吐いたことだろう。何度気絶しただろう。

 意識を失ったとて、すぐに痛みと熱により呼び戻され、また気絶しまた起こされる。そんな繰り返しが何千、何万と……。


 マクスがあれほど躊躇した理由がこれで分かるだろう。マッドサイエンティストである彼でさえも不憫と思われるくらいの手法なのだ。

 それにマクス自身も、常に気を張り続け文字刻印の失敗は許されない。失敗すればまたやり直しになるからだ。故に彼にとってもその時間は苦痛でしかない。


 これが素材アイテムならば、一文字を掘るのは長くても一分ほどで済む。慣れている者ならば十数秒程度。しかし今回は対象が人体。慎重に慎重を課す必要があり、どうしても刻印の時間はかかる。一文字を掘るのに最初は一時間以上を費やした。

 何せ痛みによって日門の身体が跳ね上がったり痙攣することで一時中断するといった時間を要したからだ。


 それをあと数千倍も繰り返す。マクスにとっても初めての試みであり、かつ地獄のような時間であることに疑いの余地はなかった。


 そうして一日、また一日と時間は過ぎていき……。 

 仮死していた時期よりも長き時が流れ、それはようやく完成を迎えた。


 圧倒的な肉体的、そして精神的な疲労によって痩せ細りボロボロになった日門の背は、確かな何千文字といった《魔文字》が深く刻まれていたのである。

 しかし終わった直後は、マクスもそうだが、日門もまたしばらく身体を動かせる状態ではなかった。何とか栄養剤を注入するだけが精一杯であり、回復にも相応の期間を費やすことになったのだ。


 そうしてさらに数日後、自分で起き上がれるようになった日門は、姿見を利用して自分の背を目にしていた。

 その痛々しいまでの造形は、この世界で唯一といっていいほどの『魔道具人間』の誕生を示していた。


 恐らく今後、何があってもこれほどの試練は存在しないであろう壁を乗り越えた日門の表情は晴れやかだった。

 何せ自分はあのマクスでさえ不可能だと口にした常識を打ち破ったのだ。これは日門にとって大いなる自信に繋がり、日門の心体を飛躍的に成長させてくれた。


 だが日門にとって、これでようやくスタートラインから進むことができるところまで来ただけ。まだ魔法を扱えていないのだ。


 そしてそこからはマクスが師匠になり、様々な魔法の知識や扱い方などを教わった。

 ただ、またここである壁が日門の目前に立ち塞がったのである。





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