第44話

「こ、これは…………どうなってんだよぉ……」


 理九は目の前の光景が信じられないのか、目を丸くしたまま絞り出すような声音を発していた。その横では、小色も同じように絶句して立ち尽くしたまま。


 そんな二人をよそに、我が拠点である無人島に帰ってきた日門は、出迎えてくれた農業ペンギンたちに労いの言葉をかけていた。ハチミツは久々の遠出に少し疲れたのか、今は日門のフードの中で寝息を立てている。

 いまだ愕然としている小色たちに、「そろそろ戻ってこーい」と声をかけると、


「ど、どどどどどどどういうことなんだよ、日門! な、なななな何でペンギンがこんなに! それにログハウスもあるし! ていうかこの広大な畑は何!?」

「落ち着けって。てか顔が近ぇ」


 男に攻め寄られても嬉しくないので、理九の顔を手で押しのける。

 そして小色もまた説明を欲しいようでこちらを凝視してきていた。だから彼女たちに、この無人島に関することや農業ペンギンのことなどを掻い摘んで教えてやった。


「――なるほど、元々は日門の祖父が所持していた島だったのか。いやそれにしても、長年放置されてた島を僅か一カ月ほどで開拓するなんて……しかもそれをしたのがペンギンの人形……頭が痛くなってきた」


 理論派で現実主義である理九にとっては確かに頭痛ものの現実だろう。実際に異世界という世界から帰ってきた日門という存在を知らなければ、いくらこの現実を目の当たりにしても幻想から抜け出せずにいただろう。


 対して小色はというと……。


「あはは、可愛いよぉ~!」


 さっそく農業ペンギンたちの魅力にやられたようで、抱きしめたり頭を撫でたりして思う存分癒されているようだ。ペンギンたちも嫌な顔を一つしないで、それどころかどこか嬉しそうに受け入れている。


「……はぁ。まったく、君といるとさっそく度肝を抜かれるよ。まさか安全な拠点っていうのが、海の上でしかもすでにある程度環境も整っているなんてね」

「ここならおいそれとゾンビどもはやってこれねえだろ?」

「それはそうだけど、普通は無人島なんて選択はしないってば。島なんて限られた物資しかないし、下手をすれば逃げ場のない牢獄だからね」


 確かに島によっては豊かな自然が息づき場所もあるが、それだって規模にもよるしゼロから開拓するには時間がかかり過ぎる。また仮にゾンビがやってきたとすれば周りは海であり簡単に脱出できない檻と化すことも危険もあるのだ。


「そこはほれ、ファンタジーな力でどうとでもなるしなぁ」

「出たよ。もし世界中の人が知れば、こぞってここにやってきそうだね」

「無理矢理ここを侵そうとすんなら、覚悟はしてもらうけどな」


 そう軽く言うが、もちろん海に沈めるつもりである。敵には一切容赦しないのが日門だ。


「とりあえずできれば落ち着いて話ができるとこに案内してくれる?」

「おう、あのナメクジんとこで説明するって約束したしな。あー小色もそろそろいいか?」


 小色は「あ、はーい!」と返事をするが、どことなく名残惜しそうに農業ペンギンたちに別れを告げていた。そうして二人を我がログハウスへと招待したのである。


 ログハウスの中の快適な空間になっていて、時乃の屋敷よりは各段に規模は小さいものの、木造で温もりを感じさせる造りに、二人もまた穏やかな表情を見せている。


 小色はキッチンを見て、目をキラキラと輝かせ「ここで料理してもいいですか!」と尋ねてきたので、好きな時に好きなだけするといいと言うと満面の笑みでキッチングッズを確認し始める。


「……電気が通ってるけど、それってまたファンタジー的な感じ?」

「んぁ? いーや、屋根にソーラーパネルをつけてっからな。それで発電してる」

「あそこは現代的なんだ」

「まあな。水は井戸から引いているし、ガスはボンベを使ってる」

「……なくなったらどうするんだい?」

「それはもちろんファンタジー的なアレだ」

「…………マジでズルイなファンタジー」


 そう言われても生きるためならば何でも利用するのが正しいだろう。それにあれだけ苦労してこちらに持ってきたものを使わないなんてもったいなさ過ぎる。


「でもさすがにネットは……無理みたいだね」


 当然テレビなども放映はされていない。ネットを介さないアプリなどは使用できるが、ネット社会で育っていた者たちにとっては、情報収集などが著しく制限されたことだろう。

 日門もネット社会民ではあるが、ネットなど存在しない異世界で暮らしていたこともあり、今では情報を自分の足などで探すのも苦ではない。


 一段落して三人がテーブルを挟んで顔を突き合わせた。そこで小色たちからの疑問に日門が答える形の一問一答が始まるようだ。

 ただ、この島についてはある程度さっき教えたので、主には分かれてから互いに何をしていたかなどの雑談が多い。


 そして一通り答えたところで、彼女たちがもっとも気になったことを口にした。


「そういえばさ、あの時……何で子供になってたんだい?」


 理九が代表して尋ねてきた。日門もやはり聞いてきたかといったところだ。


「そうだなぁ。前に俺の中には魔法を扱うための《魔核》が埋め込んでるって話したろ? そして俺自身が《魔道具》になってるってことも」

「うん、したね。正直、常軌を逸した方法で戦慄したけど……」


 その時のことを思い出したのか、二人はどこか心配そうな顔を浮かべる。あの時もそんな顔をしていた。本当にお人好しな奴らである。


「そんな顔すんなって。そして俺はこうも言ったはずだぜ。体調には問題ねえってな」

「確かにそう日門さんは仰ってましたよね」

「いや、でもこうも言ってた。問題はないけど……リスクはあると」


 さすがの記憶力といったところか。覚えていたなら都合が良い。


「この方法、確かに問題なく魔法を発動させることはできる。けどな、あるリスクが判明することになっちまったんだよ。そのリスクってのは――」


 少し間を開けると、二人が小さく喉を鳴らす。


「――――《子供化》だ」


 そう口にしたが、またも沈黙が続く。

 そして最初に言葉を発したのは理九であった。


「こ、子供? ……! まさか魔法を使うと子供になるってこと? だからあの時子供に? いやでも、魔法なら僕たちといる時も結構使ってたし、それにここに来る時だって……なのに子供になってない? どういうことだい?」


 理九の脳内では現在プチパニック状態なのだろう。早口で捲し立てながら答えを聞こうと促してくる。


「まあまあ落ち着けって、ちゃんと説明してやっから」


 日門は一つ咳払いをすると、改めてこの《子供化》について語り始めた。



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