第39話

「ちょっと待ってくれ! えーと、黒仮面?」


 名前を呼ばなかったのは良いが、黒仮面は安直過ぎるような……。まあ特徴的なのはそこくらいだから仕方ないかもしれない。


「何だよ、理九?」

「あのさ、勝手に決めてもらったら僕たちだって困るぞ。なあ、小色?」

「え、えとえと……わたしはその……」


 理九はともかく、小色は大して迷惑がっていない様子だが、どこかも申し訳なさそうに時乃やすずねたちを見ている。


「分かってる。お前たちが曲がりなりにもここで世話になっていたのも事実だし、いきなりついて来いって言われても戸惑うのも分かる。けど、なら聞くけどよ、またあんなのが襲ってきたらどうする? お前は小色を守れんのか?」

「うっ……それは……」


 ゾンビ程度なら対処法次第で何とかなるかもしれないが、先のゾンビ犬や巨大ナメクジみたいな逸脱した存在が相手だと、その対処法ですら見いだせないまま殺されてしまうはず。


「こっちの国滝に恩を感じて、そのまま尽くすってのも選択肢の一つだ。俺だって何も強制するつもりはねえよ。ただ、お前らはもう俺にとっちゃ身内って枠ん中に入ってる。だからできりゃつまんねえ死に方をしてほしくねえんだ」


 しかしあくまでもそれは本人の意思を尊重するべきだということも理解している。もし彼らがここに残って生きていくというならそれも一つの選択。とやかく言う権利は日門にはない。悲しいことだが一緒に過ごすことは諦めた方が良いだろう。


 正直こうなるなら、最初から一緒に連れていけばとも思ったが、あの時はまだハッキリとどう暮らすか展望を立てていなかったからできなかった。

 でも今は、比較的安全な拠点も手に入れたし、そこでなら何かあってもすぐに日門が対処することができる。自分の秘密を知っている小色たちなら、受け入れることだって問題にならない。


 日門の言いたいことを理解できるのか、理九は押し黙っている。ならもう一人の選択者に聞くしかないだろう。


「小色はどうしたい?」

「え? わたし……ですか?」

「ああ。俺のことをちゃんと分かってるお前に聞いてんだ。お前は……ここに残りたいか?」

「わたしは……」


 困ったように目を泳がせ、すずねたちを見ては顔を俯かせる小色。本当なら時間をやりたいところだが、いつまでもここにいると、いつまた何かが襲撃をかけてくるか分からない。できるだけ速やかに回答がほしいものだが……。


「……分かった」

「え?」

「朝まで……考えてみろ」

「い、いいんですか?」

「まあ、よくはねえけど、いきなり答えを出せって焦らせても、お前らに後悔が残っちまうんなら悪いからな」


 もっともこちらについてくるというなら、どう考えても後悔は残るかもしれないが。優しい彼女たちのことだ。きっといつまでもすずねたちのことを考えてしまうに違いない。

 だから時乃たちをすべて受け入れるなんてことはできない。日門は心の底から信頼できる相手だけに手を伸ばしたいのである。


 すると日門は、大きく砕かれた壁の前に近づく。


「――《土の城壁》」


 先と同じく地面に触れながら呪文を唱えると、目前の大地が天高く盛り上がり、まるで城壁のようい形成された。

 それを見た者たちは一様に絶句していたが、日門はそのまま跳躍して壁の上に座り一言。


「ここで待つ。返事は明日の朝に聞かせてもらうぜ」


 それまではここに向かってくる脅威はすべて弾かせてもらう。

 理九が、小色の隣に立ち、その小さな肩に手を置く。


「お兄ちゃん……」


 不安そうに見上げる小色を一瞥して一度頷くと、今度は日門にその視線を向けた。


「分かったよ。必ず答えを出すから」


 そう言うと、そのまま小色と一緒に屋敷の中へと戻っていった。そして次々と他の者たちも彼女たちについていく。

 最後に残されたのは、時乃とそのボディーガード的な男たちだけ。


「アンタも早く戻りな。空からの襲撃ってのもあるかもしれねえんだしよ」


 犬やナメクジがゾンビ化しているなら、鳥などもそうなっている可能性は十二分に考慮することができる。今ならたとえ襲ってきても日門がすべて対処するが。

 何かを言うこともなく、しばらくこちらを見つめていた時乃も、クルリと踵を返して去って行った。

 あとは明日の答えまで、ここで防衛に努めるだけだ。 


 そうして徐々に日が沈んでいき、いつの間にかハチミツもフードの中でぐっすり眠っている頃、不意に人の気配に気づき視線を向ける。


「――――あ、あの!」


 そこには小色や理九ではなく、折川すずねの姿があった。


「何か用か、お嬢ちゃん?」


 そう尋ねると、最初は何を話していいのか迷っている感じだったが、意を決したように顔を上げてその想いを伝えてきた。


「あの! 本当に小色ちゃんを連れて行かれるんですか!」

「……アイツらがそう望めばな」

「……ここにいる全員は……ダメなんですか?」

「言ったろ? 俺にとって守りてえと思えるのは身内だけだってよ」

「それは……はい」

「ほれ、夜風は身体に悪いぜ。さっさと自分の部屋に戻りな」


 しかし彼女は動こうとはしない。


「……お前、すずねって言ったな」

「は、はい」

「小色が好きか?」

「も、もちろんです! ここでできた初めてのお友達ですから!」

「…………そっか」


 間違いない。彼女は小色を連れて行ってほしくはないのだ。それほどまでに彼女に親愛を寄せている。どうやら小色も良い友達を持ったみたいだ。


「だったらお前さんが説得すりゃいい」

「え……?」

「そんなに小色と離れたくなけりゃ、その想いを伝えて小色を説得してみろ」

「で、でも……そんなの…………私のワガママで……」

「別にワガママを言ったっていいだろうが」

「へ?」

「俺だってアイツらを連れて行きたいってワガママを言ってんだ。こんな世界だ。好きに生きなきゃ損だぜ?」

「好きに……生きる……」

「もちろんそれで誰かを傷つけることだってある。けどよ、それでも貫きたい何かがあるってんなら我慢なんてすんな。自分の気持ちに蓋をしたって良いことなんて何にもねえよ」

「…………私もワガママ……言ってもいいんでしょうか?」

「だからそれを決めんのはお前さんだっての。まあそれが通るかどうかは分かんねえけどな。言うだけならタダだぜ? だから後悔するような選択だけはすんじゃねえぞ」


 こんな仮面男の怪しい文言がどこまで刺さるか分からないが、それでも日門は自分の思うことをそのまま伝えたのである。


 そしてすずねは――。


「わ、分かりました! 私も、後悔しない生き方をしたいから!」


 そう言うと、深々と頭を下げたあと、彼女は早足で屋敷の方へ向かって行った。



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