第30話


 その予想だにしていなかった光景に、しばらく呆然と立ち尽くしてしまっていた日門は、ハッとなって小色たちのことを思い出す。

 すぐさま駆け寄って現状がどうなっているのか確かめると、屋敷を覆う外壁に巨大な穴が開いており、そこからゾンビたちが敷地内へと入っていっている。


 そして建物内に籠城しながら、銃火器などでゾンビに対処している者たちの姿を確認することができた。

 さらに驚くべきことは、ゾンビの他に奇妙な生物が蠢いていたことだ。


 それは見た目からして――。


「――ナメクジ、だよな?」


 艶光りしている外皮に、その軟体生物特有のウネウネノロノロとした動き。そして頭部にニョキッと生えた二本の触覚のようなもの。どこからどう見てもナメクジだが、その大きさが異常だった。


 少なく見積もっても体長が二メートルほどはある。あのような巨大ナメクジは、それこそ異世界でしか見たことはない。

 しかもそれが敷地内に数え切れないほどウヨウヨとしていた。そしてゾンビの群れがいるといった状況。


(おいおい、ここはモンスターハウスかってんだ!)


 ダンジョンを探索していると、たまにモンスターが多生息しているエリアに辿り着く時がある。そこには数多くのモンスターが蠢き、下手をするとベテランな戦士でも成す術もなく殺されてしまう危険性があるのだ。

 あの光景と今の視界に映っている光景がまさにそっくりであり、このままだとここが壊滅するのも時間の問題だということは理解できた。


「っ……そうだ! 小色と理九は!?」


 空を浮遊しながら敷地内を隈なく観察する。やはり小色たちの姿は確認できない。屋敷内に立てこもっているのか、もしくはこの場から逃げ出したか、あるいはすでに……。


 最悪なことを考えて首を横に振る。こういう時、推測で物事を決めつけても良いことなど一つもないことを経験上知っていた日門は、絶対に希望を捨てないようにだけしていた。

 今すぐ小色たちを探しに行きたいが……。


(とりあえず見てしまった以上は、このまま放置するのは寝覚めが悪いよな)


 これでも一応は一つの世界を救った勇者パーティの一人。見知らぬ土地で困っている連中をわざわざ足を運んで救いたいとは思わないが、こうして目前にしている以上は見捨てられないのが日門という男だ。

 日門は《ボックスリング》から取り出した黒い仮面を取り出して装着する。異世界でも正体を隠す時に使用していたものだ。


 そして上空から敷地内へ滑空し、そのままゾンビの群れに突撃した。

 落下の衝撃時に爆風が起こり、ゾンビやナメクジたちが四方八方に吹き飛ぶ。当然それを見ていた者たちが言葉を失ったように固まる。


 土埃が晴れると、そこに立っていた日門はすぐさま攻撃に転じ、まだ蠢いているゾンビたちを次々と一掃していく。

 誰もがその光景を、半ば幻を見ているような眼差しで見入っている。


 それもそのはずだ。銃火器を使ってようやく対応できるような相手を、たった一人の人間らしき存在が、拳や蹴り一つで粉砕していくのだから。

 しかしゾンビはともかく、このナメクジとやらは厄介だった。

 物理攻撃に耐性があるのか、吹き飛びはするものの絶命はしてくれないのだ。


「ちっ……スライムみたいな奴ってことか。なら――」


 突如として日門の全身が赤く発光したかと思ったら、その両手両足から紅蓮に色づく炎が溢れ出た。


「行くぜ、お披露目だ――《呪文拳じゅもんけん炎武えんぶ》」


 こちらに向かって飛んできたナメクジに対し、炎で纏った拳を突きつける。すると触れた瞬間にナメクジが一瞬にして燃え上がり塵と化す。


「「「「おおぉっ!?」」」」


 そんな漫画の主人公のような日門の技を目にして、人間たちが一斉に感動の声を上げた。

 これこそ異世界で日門が手にした力の極み。


 それが――《呪文拳》。


 魔力を持たず魔法が使えない日門は、自身の身体に《魔核》を埋め込み、さらにその背に《魔文字》を刻み魔法を扱う術を手に入れた。そうして自身を《魔道具》と化すことに成功した。

 しかしながら、それでも魔法の扱いに長けた者たちには及ばない場面も多々あったのだ。


 そんな突出した相手に勝利するには、こちらもさらに突き抜ける必要がある。

 そこから見出したのが、呪文と武術を一体化させた《呪文拳》だった。

 魔法の力と武術を組み合わせたことにより、日門の武力の幅と応用力が極端に広がったのである。当然相応の修練期間を要したが、師匠と呼べる者から地獄とも呼べる時間を与えられた結果、こうして唯一無二の武術を身に着けることができた。


 そうして日門は、異世界で知らぬ者がいない存在となり、その肩書に――『拳神』を冠することになった。

 日門を最も驚異的な存在だと感じたのか、周囲を取り囲んできたナメクジやゾンビたちが、一斉に襲い掛かってきた……が、


「――――《円陣烈火えんじんれっか》!」


 身体を駒のように回転させながら、拳や蹴りを目に見えない速度で繰り出す超連撃。

 それにより周囲に炎が広がりながら、次々とゾンビたちが灰と化していく。

 ほんの十数秒だろうか。敷地内にいた無数に思われた人外の敵をほぼ一掃したのである。


 あとは本当に数えるほどの敵しかいない。これならばあとは残っている者たちでも対処できると判断し、日門はそのまま宙に浮かび、窓の外からこちらを眺めている者たちへ向かって飛んだ。


 日門が自分たちの方へやってきたことに驚き窓から離れる者たち。そこへ窓から中へ入った日門は、その者たちが何故かメイド服を着ていることに疑問を抱くが、それよりも優先すべきことを問い質す。


「ここに小色……春日咲兄妹がいるはずだ。どこにいる?」


 人外じみた力を持ち、黒仮面を身に着けた怪しい存在。喋ったことに驚いた様子を見せるメイドたち。

 ただその中で、たった一人だけ「……小色?」と呟く者がいたので視線を向けると、そこには小色と同年代ほどの少女がいた。しかも足首を怪我しているのか、立っているのも辛そうだ。


「お前今、小色と言ったな?」

「え? あ、は、はい」

「お前の名前は?」

「えっと……折川すずね……です」

「そっか。なら折川すずね、小色や理九がどこにいるか知らねえか?」

「ど、どうして小色ちゃんたちを……探してるんですか?」


 恐怖を抱いているにもかかわらずにその質問をするということは、彼女たちの身を案じているということかもしれない。少なくともここに来て邪見に扱われてる様子がないようなので心の中でホッとした。


「当然助けるためだ。アイツらは俺の友人だしな」

「!? そ、それは本当ですか! なら小色ちゃんたちを助けてあげてください!」

「? ……話を聞かせてくれ」


 そうしてすずねの口から、こんな事態に起きる前のことを聞くことになった。




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