第28話

 そのまま厨房へと向かっている最中に、凜から質問が投げかけられた。


「そういえば今日の特皿盛りの時に、お前は指示もなくハーブを数種類持ってきたな?」

「え? ああ、はい!」

「何故指示もないのにそんなことをした?」

「す、すみません! 差し出がましかったですか!?」


 もしかしたら余計なことをしたと叱りを受けているかもしれないと思い頭を下げた。


「いや、そうじゃねえ。あれは正しかった。アタシが聞いたのは、何で指示も無しにできたかってことだ」

「それは……助手になる前に、厨房長の調理を見ていたからです」

「ほう……どういうことだ?」

「厨房長の料理は、その美味しさはもちろん香りや見栄えも意識されています。今日の特皿盛りは、そのままだと何か彩りが物足りないって思ったので、もしかしたら鮮やかな緑色のハーブ当たりを使われるかもと判断しました」

「…………」

「ですが今のわたしじゃ、どのハーブが料理に合うか分からなかったので、複数のハーブを用意して持っていきました」


 すると突然足を止めた凛。後ろを歩いていた小色は思わずぶつかりそうになってしまった。

 凜は慌てて距離を取った小色に振り返り、その小さな頭を軽く小突く。


「生意気だが……見事な選択だったぜ」


 ニンマリとあまり見せない笑顔を浮かべると、凜は早足でその場から去っていった。

 突然のことでしばらく立ち尽くしていた小色。


(ほ、褒められた……ってことでいいんだよね?)


 自分が誰かの役に立っている実感が込み上げてきて、思わず笑みが零れた。そんな喜びに一人で心躍らせていると――。


「――お、小色?」


 声にハッとして勢いよく振り向くと、そこには兄である理九がいた。いたのだが……。

 何故か全身が汗塗れで今にも倒れそうなほど疲弊している様子だった。


「お、お兄ちゃん、すっごくしんどそうだけど、どうしたの?」

「あ、ああ……まあ、今まで走ったり筋トレしたりしてたしな……はは」


 力なく笑う理九に、何故そんなことをしているのか尋ねた。

 彼が言うには、最近はここ毎日早朝訓練をしているのだそうだ。その内容は主に基礎的な体力作りや筋トレばかりで、運動がそう得意ではない理九にとっては、いつも死にそうになっているらしい。


 これが自主的にやっているなら、理九も前のめりにできるのだろうが、訓練自体はほぼ強制的とのこと。

 ここは外より比較的安全とはいえ、それでも危険が襲い掛かってくる可能性ももちろんある。それが人間による奇襲か、ゾンビによるものかは分からないが。


 故にそうなった場合を考え、特に男性たちには戦闘力を身に着けてもらっているのだそうだ。

 早朝は基礎的な身体作りを行い、そこから夕方までは各々に宛てられた作業をし、夕方以降には武器の扱いや戦術などを学んでいると彼は言う。


 正直、逃げ出したいほど辛いけれど、理九もまた少しでも強くなりたいという気持ちがないわけではない。だから諦めずに続けているらしい。


「そっか……お兄ちゃん、頑張ってるんだね」

「……まあ、ね。それに……ひ弱なままだとアイツに笑われそうだし」

「ん? 何? 最後聞こえなかったよ」

「あ、いや何でもないよ。それより何だかお前は嬉しそうだったけど?」

「え? う、うん、実はね――」


 小色はここ最近で自分にあったことを伝えた。実はこうやって理九と話すのも久しぶりだったのだ。お互い毎日忙しかったし、仕事の内容が違うのですれ違うこともないから、この時間はかなり貴重でもある。


「――そっか。やるじゃん、小色。さすがは僕の妹だ」


 そう真っ直ぐ褒められるとくすぐったいが、やはり嬉しいものだ。


「僕も小色に負けないように頑張るよ」

「うん! あの……お兄ちゃん?」

「ん? どうした?」

「またこうやって……話せる、よね?」

「当然だろ。今は勝手が分からなくて余裕がないけど、そのうち上手く時間も作れるようになるさ。その時はまたこうやって話そう」

「うん! じゃあわたし、行くね!」

「おう、頑張れよー」


 小色は晴れやかな表情で厨房へと向かう。

 やはり大事な家族との会話は心が温かくなる。もっと頑張ろうという気持ちが強くなる。


 この世界で二人で生き抜くと決めたその時から、互いに互いを支える存在になった。正直にいってこの先も穏やかに暮らせる証拠などない。明日には凶暴なゾンビが襲撃をしてくることだって十分に考えられる。 

 でもだからこそ日々を精一杯生きるしか、今の小色にはできないのだ。


 自分には残念ながら、誰かを守れるような力はないから。

 不意に立ち止まり、首からかけている紐を服から取り出す。その先には薄紫色のゴツゴツした小石がある。


(………………日門さん)


 その石は、彼にもらったものだ。彼が旅した異世界に存在する貴重な石。今の小色にとっては、どんな宝石よりも価値のあるものである。

 これを身に着けているだけで、何となく日門が傍にいるような温もりを感じるのだ。


(また……会えますよね、日門さん)


 いつもこうして願い日々を過ごしている。

 すると僅かに石の中心が微かに発光したが、それに小色は気づかない。

 そのまま胸元に戻し、小色は再度気合を入れ直して仕事に戻っていったのだった。





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