第15話

「まあでも向こうはドラゴン系のアンデッドとか、ゾンビを支配し操るリッチとかヤベエ奴もいたけど、さすがにこっちにはいねえだろうし、そこは安全だろうな」

「ドラゴンのゾンビなんて一体でもいたら終わりだろうね。でも……似たようなモノはいるけど」

「ああ、俺が倒した犬っころな。あれって元は犬だよな? それにしてはデカかったけど」

「稀に感染力に強い影響を受けたのか、巨大化して凶暴さが増す個体もいるらしいんだ」


 なるほど。つまり上位種というわけだ。ウィルスなんて変異するのは珍しくないし、それを取り込んだ存在が変質するのも不思議ではない。


「……! おっと、ちょっと二人ともステイだ」


 日門が二人の前に立って制止をかける。二人も従って足を止め、少し空気がピリつく。


「……どうしたのさ、日門? 何かあるのかい?」


 日門は理九の質問に答えず、そのままゆっくりと歩を進めていき、曲がり角からそっと向こう側を確認する。

 するとそこには数体のゾンビが、一人の……恐らく肌の色からして先ほどまで生きていたであろう人間の死肉を食らっていた。


 その様子を見た日門は、二人にこの先へ行くのは危険だと告げ回り道をすることにする。


「ど、どうしてわざわざ道を変えるんですか? 日門さんなら簡単に倒せるんじゃ……」

「まあ確かにそうだけどな。ただ、向こう側の気配がよろしくなかったんでな」

「よろしくないだって? もしかして日門も危険視するほどのゾンビがいたとか?」

「いーや、そういうわけじゃねえよ。ただ数えるのも億劫になるくらいのゾンビがうろついてるみたいだったからな。ここは路地だし道が狭いだろ? 挟み撃ちとかされたら面倒だしな」


 日門一人ならどうとでもなるが、あいにくここには二人の非戦闘員がいるのだ。ゾンビの特性もハッキリと理解できたわけではないし、もし飛び道具やらを使ってくるような相手がいたとしたら、二人を完全に守り切ることができないかもしれない。

 故にできるだけ隠密に行動し、目的地に素早く到着した方が賢いと踏んだのだ。


「さすが、そこはやっぱり経験からきているのかい?」

「俺だって向こうにいた時間、死に物狂いで生きてきたんだぜ? それなりの判断は養ったつもりだ」


 ただ力が強いだけでは生き残れない世界だった。それこそ戦術や戦略なども学んだし、実戦からも多くを経験したものだ。

 そうして先ほどのゾンビたちに気づかれないように静かに行動していると、またも日門は足を止めた。


(……何だこの嫌な臭いは?)


 今度も目の前の曲がり角の先から異様な臭いが漂ってきていた。間違いなく腐臭ではあるが、これまで嗅ぎ取ってきたゾンビ臭よりも強い嫌悪感を覚える。

 またも一人先行して様子を見てギョッとした。


「……穴?」


 横道のすぐそこ、地面に開けられた大きな穴。知らずに進んでいたらそのまま落下してもおかしくない。

 どうやらそこにはゾンビの姿はいないが、何か不安を覚えさせるような光景だった。


「おい、今度はどうしたって……穴?」

「おっきい……。でも何でこんなとこに穴が?」


 いつまでも立ち止まったままの日門を心配してか、二人が駆けつけると同時に穴を発見してそれぞれの感想を口にしていた。


 例の地震で開いた穴なのか……。


 そう思いながら穴の近くで屈んで観察する。


(……いや、地震にしては変だよなこれ。それにところどころ溶けてやがるし)


 それはまるで地下から、何かが地面を溶解しつつ這い出てきたような感じだった。異臭は、その溶解した部分から臭っている。


「日門、もしかしてその下に何かいるのかい?」

「いーや、下からは気配は感じねえな。多分何かでっけえもんがこっから這い出てそこらへんを彷徨ってんじゃねえかな」

「そ、そこらへんって! これだけの大穴、相当大きいってことだよね! 早くここから逃げた方が良くないかい!」


 理九の言う通り、あまりこの場に滞在するのは良くなさそうだ。そのナニカに遭遇することもそうだが、この臭い……ハッキリいって身体に悪い。ずっと嗅いでいると普通の人間なら体調を悪くすることだろう。

 そう判断すると、三人は急いでその場を離れることにした。


(にしてもゾンビにもいろんな奴がいそうだなこりゃ)


 ゾンビ犬にしろ、先ほどのよく分からない巨大なナニカも、ゾンビ化している種は豊富なようだ。本当に向こうの世界みたいであり、このままでは夜もおちおち眠れないような気がする。


(早く安全な拠点を見つけて根を下ろすべきかねぇ)


 もう世界は元には戻らないことはほぼ確定している。ならば日門は日門なりに、この世界をのんびり生活できるような場所を作ることを決めた。

 だからまずはマイベスト拠点を探すために、いろいろ見て回ろう。


 路地から出たのはいいが、四車線だった道路は見るも無残に波打ち、そこかしこに車や電柱などが倒れていた。そしてそこにはやはりゾンビがうようよしている。

 日門たちは車を蔭にして身を隠しながら周囲を確認していた。


「なあ理九、その屋敷ってのはこっからあとどれくらいあるんだ?」

「もうすぐだよ。この道路を突っ切った先の住宅街の中にある」


 そこは高級住宅街であり、その中でもその屋敷が一番大きいとのこと。


「ならもう思い切って真っ直ぐ突っ切るか。お前ら、俺の後ろをピッタリついてこいよ」


 そう言うと、二人は意を決したかのような表情で頷く。そして日門が駆け出すと同時に二人もすかさず後をついてくる。

 当然日門たちに気づいたゾンビたちは一斉に向かってくるが、その都度、日門が拾った石を投げたりして、それでも近づいてきているゾンビには蹴り飛ばして先へと進む。


 できるだけ素早くを意識しつつ、二人にゾンビたちが近づかないかを注意しながら道路を突っ切っていく。

 そのまま歩道まで辿り着くと、さらにその奥の路地に入り真っ直ぐ駆ける。そこにも数体のゾンビが立ち塞がっていたが、飛び蹴りでまとめて吹き飛ばす。


 そうして理九の案内に従い再び路地を抜けると、その先で開けた場所へと出た。

 それと同時にまるで工事現場を行う時に設置されるような高い外壁が視界一面に飛び込んできた。それがずらーっと左右に伸びていて、かなりの敷地面積を有していることが分かる。


「なあ理九、まさかこの壁の向こうが?」

「ん、多分その屋敷だと思うよ」


 やはりそうかと感嘆する。何故なら想像以上の大きさだったから。さすがに学校とまではいかずとも、恐らくウン十億円は絶対にくだらないと思う敷地だろう。それこそ出せば常にベストセラーな大作家とか、幾つもマンションを所持する不動産屋の社長とか、芸能界に長く君臨する大俳優とかが住むような家だ。


(壁もめっちゃ高えし、それにコンクリートじゃなくて鉄製……か?)


 なので恐らく壁だけでも普通の一軒家くらいの値段はするのではなかろうか。いやそれ以上かも。つまり住む世界がまったく違う住人がこの中にはいるということ。

 一体この中にいるのはどんな人物なのか、少し興味が湧く。実際世界の大金持ちを特集するテレビ番組とか結構好きで昔観ていたものだ。


 石油王とか世界の歌姫とかハリウッドスターの桁外れな住居は、見ていて住む世界が違い過ぎて羨ましいというよりは逆に清々しささえ覚えていた。まるで映画でも観るような感覚で楽しかったものだ。そんな感じの気持ちが今込み上がっている。


(まあこれなら普通のゾンビなら払いのけられるかもな)


 壁の上はネズミ返しのようになっており、かつ高圧電流が流されているとしたら防壁としては十分だろう。

 とりあえず正門へと辿り着くが、ちらほらとゾンビの姿も確認できるので、あまり伸び伸びとしていられない。さっそく中の者と連絡を取るために、重厚な両開きの扉の横に設置されていたインターホンらしきボタンを押す。


 するとしばらくして、どこかから声が聞こえてきた。


(ん? 監視カメラもあるな……それに電流が使われてるってことは、電気が生きてるってことだよな)


 てっきりインフラは全滅していると思っていたが、少なくともこの屋敷はそうではないようだ。

 聞こえてきた声は、無感情にこちらが何者か尋ねてきた。それに理九が代表して答えている。


(あーっと……ヤバいな、ゾンビどもがこっちに気づいて近づいてきてるわ)


 あまり時間がかかり過ぎると逃げ場まで失いかねない。

 さて、どうしたものかと日門は目を細めた。



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