第8話

 これまで人間の横暴が地球を汚してきたのは事実だろう。環境破壊により痛みは、少しずつ蓄積されて、その結果、今を迎えてしまった。もしそれが真実だとしたら、この有様は人類の自業自得であり、地球という星が終わりへ向かっている最中なのかもしれない。


(だとしたら戻ってきた意味は……?)


 美味い食事や豊富な娯楽などを求めて戻ってきたというのに、これではむしろ向こうの方が良かったとさえ思えてきた。


(まあでも、まだこの世界にはゲームとか漫画とか残ってるだろうし、上手い食材だってあるはず。そうだ、まだ諦めるような時間じゃない)


 そう自分に言い聞かせていると……。


「あ、あの……大丈夫ですか? 何だかとっても悲しそうな顔ですけど……」


 どうやら思った以上に心への衝撃が痛烈だったようだ。ついつい顔に絶望感が出てしまっていたらしい。

 日門は苦笑いを浮かべながら、「大丈夫大丈夫。気遣ってくれてサンキュ」と小色に返した。


 とりあえず落ち込んでいても仕方ないし、これからの行動の指針も決まった。そしてこれらの考えに至った情報を提供してくれた小色たちに感謝する。


「いろいろ教えてくれて助かったぜ。じゃあ俺はそろそろ行くけど、お前さんたちはどうすんだ?」

「ふん、僕らがこれから何をしようが君には――」

「ええっ! 四河さん、どこか行ってしまうんですか!?」

「ちょ、小色!?」

「お兄ちゃんは黙ってて! あ、あの、四河さんはこれからどうされるんでしょうか?」

「そうだなぁ。とりあえず……物色?」

「物色……ですか?」

「まあほら、生きるためには食料とかいろいろ必要になるだろうし」


 できれば新鮮な野菜とか魚とか欲しい。あと肉とかは……狩りでもして手にすればいい。こんな世の中なのだから狩猟免許がどうとか漁業権がとかうるさく言う奴はいないだろうし。


「で、でもお一人でなんて危ないですよぉ」

「……一応異世界救ったんだぜ、俺」


 そう言うと、小色は忘れていたのか「あ……」と可愛らしくポカンとした。


「それにさっきゾンビ犬をぶっ倒したのを見たろ? あれよりも激やばなヤツが出ても問題ねえだろうしな」


 あんなのよりもっと凶悪で最恐な存在なんて異世界には山ほどいたし。それと比べれば、腐った動く塊なんてRPGでいえばスライムみたいなものだ。


(まああっちのスライムは最強種の一つだったけどな)


 何せ物理攻撃は受け付けないし、種類によれば魔法も吸収、あるいは反射してくる。さらに吸収した存在の能力を付与したり、仲間と融合して巨大化したり、数え切れないほど分裂したりと、向こうでは悪魔の権化とまで言われていた。


「で、ですが…………えうぅ……」


 何か必死に日門を留めたい理由でもあるのか、言葉に詰まって戸惑ってしまっている。そんな彼女を黙って見ていた理九は、何か諦めたように溜息を吐くと、日門に対して言葉を発してきた。


「……あんた……四河は、こっちに戻ってきたばっかりで、この街がどうなっているかとか詳しく知らないんだよね?」

「ん? ああ、まあな。生存者に会ったのもお前さんらが初めてだし」

「……それに曲がりなりにも僕たちは四河に助けられた。できればその恩返しをさせてくれないかな?」

「は? 別にいいってそんなの」

「させてくれないかな?」

「へ? ……いや、だからいいって言って――」

「させてくれないかな?」


 どいうわけか、同じことしか言わなくなった。


(何急に? もしかしてコイツ、NPCになっちゃったの?)


 予め設定された言葉しか発すことのできない、『Non Player Character』の略。


「…………」

「…………」

「…………」

「…………」


 何で男とこんなにも口を閉ざして見つめ合わないといけないのか。別の意味で腐った女子たちが湧いてしまうではないか。


「………………………………分かった」

「ああ、よろしく」


 直後、小色が満開の桜が咲いたような笑顔を見せた。そして「ありがとぉ、お兄ちゃんっ!」と言って喜び、言われた理九は少し照れ臭そうに鼻頭をかいている。


 結局こっちが折れることになった。ていうかそうしなければ永遠に続きそうだったので怖かっただけだが。ゾンビを軽く一掃できるほど強くなっても、怖いものなんてまだまだあるんだと再認識した今日だった。


(シスコン、恐るべしだな)


 妹のためなら、何だってするという気概の一端を見せられた気分だった。いや、実際コイツならたとえ火の中だろうが水の中だろうが、ドラゴンの群れの中だろうが飛び込んでいくだろう。


「あ、あのあの! 改めまして、春日咲小色です! どうか、小色って呼んでください!これからよろしくお願いします!」

「ああ、しばらく頼むな、小色。俺も日門でいいから」

「はい、日門さん! えへへ」


 本当に笑顔が和む子である。まさに癒しそのもの。

 しかしその背後では、怖いお兄さんがこちらを睨みつけている。


「はは、お前さんもよろしくな、春日咲兄」

「……理九でいい。僕も適当に呼ぶから」


 適当に呼ぶなと言いたいが、何だかんだでお人好しそうなのでホッとする。妹を抜きにすれば案外いい友人になれるかもしれない。


(それに俺としても情報源があるのは助かるし、下手に力を隠さなくてもいいのも楽だしな)


 ということで、しばらく彼らとともに行動を取ることになったのであった。



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