第217話 歴史に残る汚名


 最初に留置場を出たのは、黒澤プロデューサーだった。

 俺が来る前に取り調べを済ませていたらしく、これから拘置所に移送されて「ちょっと荒めの司法取引」をするそうだ。


 具体的には、金を積んで示談に持ち込んだ後、テレビ関係者としての権限を用いて警察関係者及び被害者を恫喝し、この事件をなかったことにするとのこと。

 警察は不祥事(権藤の組とズブズブなこととか)を報道されると立場が危ういし、被害者の女の子は今後のタレント活動を考えると示談金を受け取らざるを得ないのだろう。


 マスコミは第四の権力ですからな、うはは! と笑っていた顔が忘れられない。

 ぶっちゃけクズそのものだと思うが、「中元さんの件もついでだから報道規制敷いておきますね」と親指を立ててくれたのでここは頼らせてもらおう。


 悪人だろうとなんだろうと、使えるものはなんでも使う。

 それが大人の知恵というものだ……なんて元勇者とは思えないことを考えていると、権藤がボソリと呟いた。


「マスコミが第四の権力なら、俺らヤクザは第五の権力なんだよなあ」

 

 両手を頭の後ろで組みながら、権藤は続ける。


「ここの署長とは懇意にしてっから、すぐに出られんだよ俺は」

「腐敗しきってるよな、この町って」

「旦那はどうすんだ? なんか罪を軽くできるようなコネがあんのか」

「……」


 そのコネが今まさに捕まっているので助けに来たところだ。

 つまり、現在警察内部に俺をフォローしてくれる権力者はいない。


「どうだ? うちの組専属の喧嘩屋になってくれるってんなら、俺の方から手を回してやってもいいが」

「俺はヤクザにはならない」

「そうかねぇ。旦那ならいい極道になると思うんだがなぁ」

「はあ?……俺のどこにヤクザをこなせそうな要素があるんだよ?」

「初対面で暴力団の事務所に殴り込みかけてきて、翌日には密入国してきた白人JKの身分証を作れと迫ってきたあげく、現役女子高生と婚約した男のどこがカタギなんだ?」


 確かにそんな非道に手を染める男は、ぐうの音も出ないヤクザ野郎である。


「見たところ旦那は人殺しの経験もありそうだし、この業界向いてるぜ、絶対」

「……嬉しくねえなそれ。つーかお前、俺を誤解してるぞ。俺はこう見えて正義の人だからな?」

「どのへんが?」

「あのな、今回捕まったのだって元はといえば人助けのためであって――」


 と、その時。

 鍵の音をジャラジャラと鳴らしながら、中年の看守が俺の名前を呼んだ。


「中元! 次はお前の取り調べだそうだ! 子〇口叩き券とやらについてたっぷり聞かせてもらうからな!」


 あんまりな罪状に、権藤が細い目を見開く。


「……し、子宮〇叩き券……? なんだその胸が躍る単語は……? つーか喧嘩で捕まったんじゃねえのか……?」

「なんだ知らねえのかお前。この男はな、未成年の少女に肩叩き券のノリで『子〇口叩き券』や『尻叩き券』を製造させてたんだよ。これなら普通に児童ポルノ製造してた方がまだマシだ。反吐が出るような悪だよ」


 お喋りな看守の言葉に、権藤がブルブルと肩を震わせる。


「し、信じらんねえ……それが事実なら、確かに旦那にヤクザは務まらねえ……俺らよりさらに格上の……いずれコンビニの実録犯罪マンガで主人公を張るようなタマだ……歴史に名を残す性犯罪者だ……!」


 全く嬉しくない称賛を浴びながら部屋を出た俺は、そのまま取調室へと連れていかれた。

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