どこか遠い記憶

 真っ暗な空間に立っていた。


 どこか夢の様な感覚だった。でも夢とは少し違う。身体は痛いし、心が苦しい。


 だが、そんな事を思っても何も進まない。だから俺はとりあえず1歩足を踏み込んでみた。


 そして俺の意識は眠る様に消えていった。


       ◆◇◆◇◆◇◆


 1歩踏み込んだと思った時、意識が消えた……かと思えば、いつの間にか懐かしい空間にいた。


 これはずっと昔の記憶。10年以上前の記憶だろうか。そこに俺は実体なく存在していた。


 動こうと思っても動けず、声も出せない。ただ目の前の光景を見ることしか出来なかった。


 その光景、目の前には赤茶色の髪と同色の瞳を持つ男。憎き父親がいた。


 斬ろうと身体を動かしても動かない。俺は諦めて目の前の光景を眺める事にした。


 目の前にはもう1人、小さな俺がいた。まだ名前がクロスだった時だ。


 この空間は家の庭か。小さな俺と剣聖の父親が剣を打ち合っていた。


「うあああああぁッ」


 そうやって声を上げてクロスは魔力で身体強化をし、木刀を構え父に向かって行った。


 今思い出すと、この頃の俺はまだまだ身体強化の練度、剣技、動きとかに結構、無駄が多かったな。弱すぎるって程でもないと思うけど……うん。


「甘いな、動きがなってない」


 そう言って父は剣先でクロスの木刀を受け止め、木刀を砕いた。


「うぇ!?」


「当たり所が悪いと剣も簡単に砕ける」


 クロスは驚き後ろに下がる。しかし父はすぐ間合いを詰めて俺の首を掴み上げた。


「降参降参ッ!!」


 クロスは父の手を叩き父は俺を解放した。


「父さん、強すぎるよ〜」


 クロスがそう言うと父は言った。


「……もっと鍛錬を積め」


 そう父がクロスに言い残して、父は砕けた剣を見つめた。昔過ぎて記憶が曖昧だが、そういえば、よく折れた剣とかを見つめてたな。


 その時、家の中から1人の女性が現れた。


「ご飯できましたよ〜!」


 そう言って現れたのは母さんだった。父はそれを聞くと剣を収め、母さんを横切り家の中に入っていった。


「お疲れ様〜。ご飯出来てるから沢山食べてね!」


 と母さんはクロスに笑顔を向ける。


「はいっ!」


 そう言ってクロスは家の中に入ろうとした。


 その時。母さんは小さなクロスの目線に合うように、しゃがんで彼の肩に手を置いた。


「なに?」


「まずひとつ、お稽古お疲れ様」


「うん、いつも言ってるね」


「そして2つ目。コレは母さんからのお願い。クロスはね、とっても強いの。お父さんは甘いな!って言うけど、きっと同い年の子と戦ったら無双しちゃうくらい」


「うん、それもよく聞くよ」


「だからね、母さんはクロスには人助けをして欲しいんだ。人に優しくして、悪を成敗し、そして、人に愛させるような人になって欲しい。それが母さんのお願い」


「うん、もちろん」


 言ってたな、こんな事。母さんに言われた事、俺は今でもまだ、守れてるのかな…………。


 でも確かこの続きがあった気が……なんだっけ。


「けどね、別にこれを聞かなくてもいいの。母さんはね---------------------ならいいんだ」

 

 あれ……何て言ってたんだっけ。


 思い出そうとしても遠い昔のことで思い出せない。何か大事なこと言ってた気がしたんだけど。


「うん!!」


 クロスが返事をすると母さんは彼の頬に付いた土を指で拭い、ぎゅっと抱き締めた。


 母さんはクロスを腕の中から離し2人で家の中に入ろうとした時、玄関の扉が開き男が出てきた。


「もう食べ終わったの? 早いね!」


 クロスが言うと父は素っ気なく返事をして外へ歩いて行く。


「また、旅へ出るんですか?」


 母さんが聞く。彼はよく家を空ける人だった。数月すうつき空けて数月いる。そんな生活を続けていた。どこに行っているかは知らない。


「あぁ。いつもの事だろ。ダメか?」


「いえ、けどもう少しクロスと一緒に居てあげてくれませんか?」


「いる時は鍛錬をつけてるはずだ」


「……そういう事ではなく……いえ分かりました。いつもご苦労おかけしてます。行ってらっしゃい」


 母さんは悲しそうながらも笑顔を顔に貼り付けて見送った。


 父はその言葉を聞き歩き出そうとしたが、歩みを止め、2人に背を向けたままクロスへ言った。


「1人でも修行は怠るなよ」


 父は圧のある声色でそう言ってクロスの返事を聞く前に歩みを再開した。


 家の中へと入っていく母さん達。どんどん離れて行く父。その光景が視界に映る中、俺の視界の端から中央へ暗闇が押し寄せてくるように広がり、その記憶は終わった。



       ◆◇◆◇◆◇◆


 意識が戻るとそこは元いた真っ暗な空間だった。






 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る