第7話 ラブカルチャーの辺境地出身者は耳を上げよ
なぜわたしがここに配属?されたのか一日目でよくわかった。
とにかく子どもたちのヤンチャが過ぎるのだ。
虎型の子どものワーちゃんは指をしゃぶるのが大好きだ。けど、油断すると、噛みちぎろうとしてくる。
象型の子どものエレンくんは、おしくらまんじゅうが大好きだ。けど、油断すると踏み潰される。
キリン型の子どものジョーくんは首をぶん回すのにハマっている。当たれば吹っ飛ぶ。
万事が万事この調子で、生身の人間だったら即お陀仏だ。
でも、聖女の加護を受けているわたしなら、まぁ、大丈夫。吹っ飛ばされたりしても、ケガはない。
でも、しっかり吹っ飛びはする。無敵バリアは張られているが、特に力が強いとかではないのだ。ギャグ漫画のキャラクターになった気分だった。
「つ、疲れた~」
わたしはアリシアの家のダイニングテーブルで突っ伏していた。
アリシアはわたしがこの街で最初に出会ったうさぎさんだ。
彼女はとても優しい人で、その場で気絶したわたしを自宅のベッドに寝かせ、介抱までしてくれた。
その上、王に呼び出される前の今朝方、朝食まで出してくれた。さらに!「行くところがないなら、しばらくいていいわよ。弟が一人出ていって、部屋余ってるし」とニコニコしながら言ったのだった。驚異的な優しさだった。
普段なら、何か裏があるのではないかと考えてしまうところだが、その邪気のない笑顔にわたしは「ぜひ!お願いいたします!」と深々と頭を下げていた。
アリシアの妹ちゃんのルーシィがぴょん!と隣の椅子に飛び乗った。アリシアは真っ白な毛並みだが、ルーシィは灰色のふわふわな毛並みをしている。
「げんき?」
と首をかしげて聞いてくる。満点だ。
「うん!元気!」
急速充電されてしまった。ルーシィはぴょん!とわたしのヒザの上に乗ってきた。ふぉおおおお!
わたしがルーシィのアンヨをモミモミすると、「くすぐったいよぉ」と笑う。はぉおおおおお!過充電だよぉ!
「あらあら、すっかり仲良しさんね」
アリシアがうふふ、うふふと笑い、シチューを持ってきてくれた。人参っぽいものやブロッコリーぽいもの、玉ねぎっぽいものがゴロゴロ入っている。うまい!天上のシチューと名付けたい!そして、ここはもはや天国だ。
「アリシア、出会って二日目だけど、結婚して」
思わず心からの声を素直に口走ってしまう。
「あら、いやだわ。異世界の方はそういう文化なのかしら」
かわされてしまった。
「ダメだよー、アリねえはデュークのことが好きなんだよー」
わたしの胸元で手をグッパーしながら、ルーシィが言う。
「デューク?それはどこの馬の骨だい?」
「ルーシィ!」
わたしが聞くのと、アリシアがたしなめるのは同時だった。
「えっとねー、おうさまー」
けど、ルーシィはきゃっ、きゃっと笑いながら言った。そしてアリシアお姉ちゃんから逃げるように、ぴょんぴょん跳ねて二階に登って行ってしまった。まん丸のしっぽが行ってしまった。
「えっ、アリシア、王様好きなの?」
ドS顔が頭にちらついた。あんなのにアリシアを渡していいものだろうか?
「ちがう!ただ、幼馴染ってだけなんだから!」
今までにない剣幕で言われた。耳が激しくピコピコ動いている。
「幼馴染が好きなのか……、それは勝てない。いや、邪魔者にさえなりたくない」
「ちがうって!」
「えっ、勝ち目あるの?」
「それもちがう!」
「ちがうのか……」
わたしが落ち込んでいると、ソファで寝転んでいたアリシアの兄のダルクが唐突に顔をひょっこり出した。
「ミカン、アリシアが言いたいのは、恋を発展させるにはお前という名の障害物が必要だということだ」
ダルクの隣から、ダルクの双子の弟のアルクが顔を出す。
「そうだぞ。転生者はそんなこともわからないのか。どうやら、ラブカルチャーの辺境地から来たようだな」
「はっ!そういうことだったのかっ!スマン、アリシア、お世話になっている身でありながら……」
わたしは悔やんだ。確かに元の世界でも、恋の単位は常に落としてきた。それがまさか異世界でも尾をひこうとは……!
「ちがうってば!」
アリシアが切れた。洗っていたシチューの鍋をガンッとテーブルに叩きつける。
「もう!お兄ちゃんたちいい加減働いてよ!ちょっとはガルクを見習って!」
ガルクはこの間出ていった弟のことだそうだ。まだ会ったことはない。
「はぁ?今、それカンケーなくない?」
ダルクが言う。耳を好戦的に二本とも折ってアリシアに向けた。器用だ。
「そうだぞ、アリシア。言葉の暴力は無闇に振るうものではない。慎むべきだ」
アルクが眼鏡を上げながら言う。耳をバツの字にしている。
「いくら優しく言ってもわかってくれないじゃないの!」
アリシアは耳をピンと立てて、震わせながら言った。
怒ってるのはわかるんだけど、なんか、こういうのって良いなぁって思った。
三人の口喧嘩を心地よく聞きながら、窓に映る二つの月を眺めた。
わたしは温かな気持ちで自然と口元がほころぶのを感じた。
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