告白5
会議用の資料を印刷室でコピーしていた裕也は突然背中を蹴られた。ひどい痛みに顔を顰めて振り返ると岡崎がいた。
「お前だろ」と、突然わけのわからないことを言われる。
「何が」と問い返せば「しらばっくれてるんじゃねぇよ」と鼻で笑われた。
何がおこっているのか理解できなかった裕也は、とりあえずここで騒ぐのはまずいと考えてコピー機から離れ、岡崎を連れて資料室に入った。ここならほとんど人は来ない。誰も来ない。
「あんな陰険なこと、しかも妬み嫉みとか俺に言う奴、お前しか思いあたらねぇよ」
岡崎は聞く耳を持たない。裕也こそが犯人だと決めつけている。だが、裕也は彼が何を言っているのかわからない。
彼は裕也を感情のままに怒鳴った。その怒鳴り声が恐ろしくて裕也は萎縮してしまう。反論しようにも彼の勢いに押されて声が出ないし、口を挟む隙がない。裕也は混乱した。なぜ自分は怒られているのか。なぜ彼は怒っているのか。会議用のプリントした資料はどうしよう。この狭い空間で一人がもう一人を一方的に攻撃するのはどうしてか。答えよ。
しばらく怒鳴り散らした岡崎は多少は落ち着いたのか、裕也を嘲笑する。
「何黙ってんだ。サッカーボーイ。もっとあの頃みたいに下手なドリブルを見せてみろよ。落書きなんてせずにさ」
冗談っぽい口調で言う彼だが、裕也にはその言葉を彼は本気で言っていることがわかった。
裕也は耳を手で塞ぎたかった。サッカーのことはもうやめろ。もう忘れてくれ。他の人間は誰一人として知らないのに、なぜお前は知っているんだ。なぜ俺をそこまで責めるんだ。そもそもこの会社を選んだのだってサッカーとは遠く無縁の環境だったからなのに。岡崎がいたことで裕也の計画は狂った。全て岡崎のせいだ。そうだ、裕也がサッカーをしていたことを知っているのは岡崎だけだ。きっと久保でさえも知らない。あぁ、岡崎がうるさいのだ。岡崎がいるから裕也はいつもサッカーの忌まわしい記憶から逃れられない。
裕也はただ、孤独を欲しているだけなのに。岡崎と久保がそれを許してくれない。
「なんとか言ったらどうなんだよ」
(だから、岡崎こそさっきから何のことを言っているんだ。俺が何をしたっていうんだ。俺は何もしていない。サッカーでもう嫌というほど見せつけられたんだ。罪の重さを。殺人の惨さを。それから俺は何もしていない。俺は正義であろうとしたんだ。だから何も、悪いことはしない。もうしない)
「……何にも言い返せねぇのかよ。前から思ってたけどさ、お前ってそういうところあるよな。やることがいじめのように暗くて冷たくていじいじとしている。虫のようだ」
ドキリとした。思わず顔を上げてしまう。岡崎はいつもそうだ。裕也の触れて欲しくない痛い所を突いてくる。突いて突いて、痛めつけ、彼は裕也を追い立て、追いつめる。
やめろ、と口を動かすが、裕也の声帯は声を失ってしまったのか、話すことはできなかった。
「どうせサッカーチームでもそうだったんだろうさ。いや、それまでもだ。小学校も中学校も高校もそうだったんだろう」
今度は黙れ、と声に出せたような気がするが、岡崎はそれを無視して言葉を続ける。
「お前は他人の気持ちがわからないんだ。だから平気で傷つけるような言葉を言えるんだろうさ。自分しか見えていないんだよ。自分の言葉が相手にどう聞こえるかなんてお前はなんも知っちゃいないんだよ」
やめろ。
「やめない。お前は知るべきだ。お前は今まで多くの人間にそうやって自分の言葉で傷つけて来たことを考えたことがないんだろう。そうに決まってる。無神経で愚鈍で考えなしのお前なんだから。自分の言葉が転落の原因だったとしてもお前は自分を正当化するんだろうな」
これは幻聴だろうか。岡崎の言葉は裕也の頭の中で反響し、幾重にも重なり、彼の声が男にも女にも聞こえるようになってしまった。裕也は自分が大勢の人間に四方八方を囲まれて責め立てられているような幻覚を見た。目の前の景色が赤、青、黄色で三分割される。輪郭がぐにゃりと溶け、混ざり、流れていく。今まで出会った人達の声が、自分たちの名を連呼している。私は前田。私は菊池。僕は野々村。そして君は小城裕也。
「サッカーと人を虐めること、お前はどっちが好きなんだ」
そんな中、岡崎の声だけはハッキリと裕也に届いた。雷が堕ちて来たかのような衝撃がびりびりと裕也の脊椎を駆け抜ける。痛みから逃れるように、裕也は無意識に彼を殴りつけていた。
追いつめられたら、もはや反撃するしか逃げる方法がない。
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