13星野透
「百田さん、お久しぶりです」
Tシャツに短パン、短髪にリストバンドの男が、百田に手を振った。駅前のカフェ店は、女性客でごった返している。
「星野さん、来てくれてありがとうございます」
「クラウド特急のマドンナのお誘いだからね!」
身長は190センチ位あるだろうか、肩幅も広く一見するとスポーツ選手のようであるが、彼は研究所の食堂で働く調理師である。
「私、煙たがられる方が多いですよ。こんな見てくれだし、星野さんて奇特な方」
百田は微笑んだ。会うのはあのイベント以来であるが、初対面の印象どおり星野はフランクな性格で、送られてくるメッセージは面白く、友人として絆されるのに時間はかからなかった。
「いや、べっぴんさんだし、仕事ぶりやアナウンスは鉄ヲタ仲間の間でも評価高いよ」
星野はゴツゴツした手で百田の癖毛に触れた。
「それは、どうも。あの⋯⋯」
「翼ちゃん、このケーキ食べよう!」
急にファーストネームで呼ばれて、百田は気恥ずかしくなった。同時に、周囲の女性客が彼に声をかけようとしている事に気付く。なるほど、好奇な視線を避けるには恋人の振りが丁度よいという訳か。
ショーウィンドウを見ると、薄紫色のカットケーキには、見たことのある花弁が添えられている。
「あれ⋯⋯これってつゆ花?」
「そうだよ、うちの料理長が知り合いで、特別に卸しているんだ」
1番端のテラス席は狭かったが、紫陽花に囲まれていて良い雰囲気である。
「あの、今日は星野さんに聞きたい事があって」
「牡羊座のO型、元バスケットボール選手、得意料理は点心」
「⋯⋯はい」
「違った?」
「うん。吉田博士について教えてほしいなぁと」
「彼女は麗人だよね。でも婚約者がいるって話でさ。ガードが高いし、私的な付き合いは無いよ」
「そうですか。星野さんは研究所、長いんですか?」
「まあ、そこそこ? 立ち上げ時からいるからね」
「あの建物、何かをリノベーションしてますよね」
「ああ、砲台跡を見たの? 旧軍の研究施設をそのまま使っているんだ。当時から、しずく花を研究していたらしくてね」
「戦時中に犬の再生医療を?」
「さあ。軍事犬なのか、案外兵士の肉体強化だったりしてね」
「ええ?!」
「冗談。俺もパワーアップ出来てたら、現役引退しなくて済んだからね、願望かな」
星野は座ったまま、利き手でエアシュートしてみせた。
「博士の手術について聞かれたことはありますか?」
「老犬の耳を良くしたり? 飼い主さんから聞いたことはあるけど、僕はしがない料理人だからね」
星野は「ひと口ちょうだい」と言って、百田のケーキの端を食べた。
「翼ちゃん、博士と何かあったの?」
「私、最近まで保護犬を預かっていたんですけど、その子が近々博士の再手術を受けるらしくて。一度は失敗してるみたいなんです。それで詳細が知りたくて」
「君、滅多なことを言うもんじゃないよ。その子は今どこに?」
「元の飼い主が見つかって、返したの。その人とは連絡が取れないから、心配で」
「まあ、譲渡先の個人情報は伏せるのがセオリーだからね」
「はい」
「だが博士に直接聞いても、答えてはくれないだろうね、そういう人だ」
「そうなの?」
「徹底した秘密主義だよ。たまにあの人を訪ねて、議員が来るんだけど、何しているのやら。気になって以前尋ねた事があるんだけど、バッサリ切られたよ。氷肌玉骨って言うけど、彼女は本当に氷河って感じ。その点君は話しやすいよ」
「容姿がいまいちだから、ガードが甘いと」
「違う違う!」
「良いんです。モンチッチって言われて育ちましたから」
「すねちゃった? ごめんごめん、お詫びに協力するよ。その犬の名前は?」
「太郎です」
「太郎くんね、調べてみるからその間翼ちゃんは俺の彼女って事で」
「えっ?!」
「彼氏がいるの?」
「滅相もございません」
「じゃ、俺たち試しに付き合ってみない? そうしておけば、翼ちゃんもラボに来やすいでしょ?」
そう言って彼は、自分のタルトを半分切ってよこした。
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