今日は何かおかしい
私は階段を降り保管庫に向かう。
しかしカレンは本当に熱い人だ。彼女の操縦に対する姿勢は評価するが、ジンのような人には相性が悪い。だが何故彼もあそこまで操縦にこだわるのだろう、カレンの指導を前に降参してもおかしくないだろう。
そんな考え事をしながら保管庫の扉の前に立つ。扉には『不用意に立ち入らない』と書いてある。その割には鍵がかかっていなかった。
中に入るとそこは薄暗く、重力制御が若干弱いので歩くのが少し難しい。
部屋にはカートが何台かあり、その中の一つに黒いケースのようなものが乗っていた。私はそのケースを開けようとボタンを押す。
そういえばパワーストーンを見るのも初めてだ。なんの用途に使われているのか定かではない、ただ私達の任務の主役だ。
「おぉ」
ケースを開け、五十センチほどのシリンダーを引っ張り出すと、暗かった部屋は一瞬で明るくなった。透明な琥珀色の石は眩い光を放っている。
これはおそらく宝石の類だろう、詳しくは分からないが値段をつけるなら途轍もなく高価になるはずだ。それぐらいに美しく神秘に満ちていた。眺めていると何処かへ飛ばされてしまいそうな妖しさがある。
とても、とても……
「うっ!」
頭が割れる……! なんだこの痛みは! 苦しい、苦しい、苦し……。
『こいつはジェプングルを開放できる、オレと共にこの星を救わなくちゃならないんだ!』
『てめぇのエゴにガキ振り回すのがてめぇの革命か? 笑っちまうな。……俺がこいつを守る、あんたのやってる命がいくつあっても足りねぇ争いに巻き込ませやしねぇ!』
『ミサ、あんたいなくなるの? もう会えない? なんで? 星を救えるかもしれないのに』
『オレは親や組織の手札じゃねえ。オレたちはオレたちなんだ、好きに生きて何が悪い。そうゆうのキライなんだよ……』
『わたしの事もキライ?』
『縁恒久管理機構へようこそ、キミが彼の……。ほう、なかなか見込みがあるじゃないか。キミは忘れてしまうと思うが私は見ているぞ、キミがどんな大人になるのか』
『プロミスチェーンロードは今日をもって離脱させていただく。何かも分からない物に従うのはもう沢山だ!』
『待ってくれ、縁がそんなことを望む訳がない。キミたちは必要とされている、銀河の安寧のために――』
「ざけんな! あんたがあの虐殺を裏から糸引いてたって事も分かっているんだ! オレたちの故郷をなんだと思っている! また縁か? 都合の悪いことは全部縁のせいか?」
『オレたちのせいだ、あんたは関係ない。……だから生きてください』
『違う、違う! そんなの間違っている!』
『最後にカッコつけさせてください……、あんたも出来の悪い部下が死んで清々するでしょ?』
『やめてくれっ! まだ何も分かってないんだ、分からないんだ! 君の事をも、みんなのことも!』
『故郷で一番のレーサーだった』
「おいっミライ、大丈夫か?」
頬を冷たい手が強く触れる。いつも思うがこいつは手が冷たすぎる、生きてるのか?
ミライ? オレはミサだ、誰かと勘違いしているのか?
それにしても頭がぼんやりする、昨日騒ぎすぎたのか……。あいつらの仲を取り持つのも楽じゃないな。
「起こしに来るな、一緒に居るのがバレたらマズイだろ……」
そうだまた父さんに怒られる。これ以上面倒な事は嫌だ。
「ミライ! ミライ! 大丈夫か⁈」
今日のこいつはいつもよりうるさい、なんかあったのか?
「オレはミライじゃねぇよ! 何馬鹿なことを言ってるんだ」
スパァァン
私の頬に鋭い痛み走り抜ける。
「はっ⁈ うわぁ⁈」
私はいつの間にか広間のソファに横たわっていた。起き上がるとカレンが手の平を擦りながらこちらを見ていた。
それにしてもなんだあの感覚は。そうだ今はミライだ、何を勘違いしているんだ。
「あんたどうしちゃったのさ?」
カレンが私の顔を覗き込みながら聞く。
それは私にも分からない、ただなんだか今心が寂しい。
「私は一体何を」
「サツキがいつまで経っても帰ってこないお前を気にして保管室に見に行ったんだ。そしたらお前がシリンダーを抱えて白目むいて倒れてた」
彼女は向かいに腰掛けながらそう告げた。
訳が分からない、なんであんな事を……。
「というかお前、ミライじゃないってなんだ?」
頬杖をつき不思議そうに聞いてきた。その答えは少し困る。
「いや少し気が動転してただけです」
彼女は目を細くして私を見てきた。疑っているのか? 何を。
「すみません、保管庫とここの重力制御の差で重力酔いしてしまったようです。昔から酔うと倒れやすいんです」
私は咄嗟に嘘をついた。しょうがないだろう、正直に話したところで……何も。
「ミライーッ! 君、シリンダーにヒビを入れたな? これは高価な保存容器なんだぞ!」
彼は保管庫から顔を出してこっちに怒鳴る。そして顔を近づけてシリンダーのヒビを確認している。
おかしい、彼はあの石に近づいて問題ないのか? じゃあなんだったんだあの感覚は……
「別に中の石は無事なんだろ? だったらいいだろうが」
「そういう問題じゃなくてだな」
カレンはサツキに大声で返した。
「カレン、あの石は何か有害な物なんですか?」
私はそれとなく聞いてみる。
鉱石や岩石を使ったドラッグは共和国のアンダーグラウンドで広く流通している、パワーストーンもその類かもしれない。
「あ? そんなことはないんじゃねぇの? 知らねぇけど。シリンダーに入れるのはジンがよくやってる。あいつに聞いてみたらどうだ? ああでも今は作業してるから後でにしてやれ」
「作業? 見つかったんですか?」
私は頭を抑えながら彼女に質問した。
「あぁ、いつもと勝手が違くて苦労してるよ。見に行ってきたらどうだ?」
彼女は私の後ろにあるブリッジの階段を顎でしゃくる。
私はまだぼんやりとしている頭を元気づけながらブリッジの階段を駆け上がった。
「作業中ですか?」
彼が前のめりの姿勢でメカを操作している。
「あー、うん。もう少しで終わる。……もう少し上手く削らないとな」
彼は独り言を言いながら私に答えてくれた。
その真面目な眼差しは彼の愚直な性格を体現している。彼のようにコツコツと物事をこなせればきっと色々な事ができるだろう。
私はドームの外を見渡した。採掘対象はホールドビームで固定されている筈だが、それらしきものは見当たらない。
「ホールドビーム使ってないんですか?」
私が彼に尋ねるとこちらをチラと見てから静かに答えた。
「やってみたけど出来なかった、サツキもなんでか分からないって……。でもブルーコーラの主観カメラがあるから別に問題ないんだ、ミライも見る?」
そう言って彼は空中に表示されていたスクリーンを拡大した。
これは⁈
「ジン、今まででこんなことってあった?」
「えっ?」
「……これは岩石や氷塊なんかじゃない、人工物だ! このパワーストーンが埋まっているのは人工物の中だ!」
私は急いでブリッジを出た。
ありえない、何もかも焼き尽くされた筈なのに、こんなところで。
「おいミライ、どうした」
話しかけるサツキの声も今は構っていられない。私は格納庫の扉を力強く開いた。
船外作業服を装備する。
もし仮にアレがそうだとしたら、あまりにも凄い偶然だ。だがそんな偶然でも起こるのがこの銀河なんだ。
メットを被り、急いでハッチを開けた。まだ装備の中が温まっていないのか宇宙空間に出た途端に体に痛みが走る。だがそんな事はどうでもいい、自分の目で確認しなければ……。
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