天使の覚悟
『私が今いるのはベルク13にあるエンゼルウィング隊の訓練基地。私達は普段宇宙空間戦闘のエキスパートとして活躍するために日々訓練に励んでいます。最近は航宙ファイターや無人戦闘機に置き換えられそうですけど、私達は元気にやってます。いつかこのサイジョウの宙を救う日がくると信じて』
「またヒイナさん手紙書いてるー」
「ほんっと健気だねぇ」
ラウンジに入ってきたチームメンバーが私を揶揄る。彼女たちはこの後の夜間訓練に参加しないのか既にお風呂上がりでいい香りがする。
「別にいいでしょう? 紙の温もりってやつですわよ」
私は気品に溢れた態度で返した。彼女たちもいつもの事だというふうにそれ以上は何も言わない。
「そうだヒノ教導長が探してましたよ。この後の訓練はヒイナさんしか参加しないから早めに始めたいって」
その言葉を聞き私はペンを置いた。
急がないと、ヒノさんを待たせるわけにはいかない。私は走ってラウンジを出た。外はすっかり冷え込み夜空が綺麗だった。ベルクから見える星は、詳しい理屈は分からないが美しい深い緑に輝く。今宵もいつもと変わらず眩しいくらいに照らされている。
格納庫の前に着くとヒノさんが寒そうにしながら待っていた。いつものふかふかそうなロングコート着ているが、よく見ると中にウィングセットスーツを着ている。
「ごめんなさい、お待たせしました」
私が彼女に走り寄ると彼女はこっちを向いた。
「いいのよ私が急かしたのだし」
「今日はヒノさんも飛ばれるんですか?」
私が問うと彼女は上着を脱ぎながら答えた。
「たまには私も飛びたいわ、それにあなたとなら恥ずかしくないじゃない?」
ボディラインがくっきりとウィングセットスーツの上から明らかになる。齢四十は過ぎているであろう彼女のその体はまったく年を感じさせないほど引き締まっていて華奢だ。
「いいんですか? 私がご一緒しても」
「あなただからいいのよ、もし気を失っても引っ張って行ってくれるでしょ?」
彼女は私の肩を叩いて冗談めいた事を言った。彼女が気を失うなんてありえない、彼女は最初のエンゼルウィングなのだから。この人ほど強いエンゼルは居ない、初代エンゼルウィング隊隊長ヒノマイコ、伝説のウィングだ。私もいつかこの人のようになってみたい。
一列に並ぶ人間より一回り大きい人型の装備、これが高機動戦略機兵ユニットアーマー、通称エンゼルウィングだ。黒のフレームにピンクのラインが入った自分の機体にハシゴをかけ胸の部分に登る。両手両足を接続させボディフレームのアーマーが持ち上がり搭乗が完了する。
「聞こえてる?」
ボイスチャンネルからヒノさんの声が聞こえた。
「聞こえてます、どうですか?」
「相変わらず手足の圧迫感が半端ないわね……。私の頃から乗り心地は変わってないみたい」
彼女はそう愚痴を零す。今乗っている機体は第四世代にあたるが正直昔と比べても違いが分からない。おそらくこの第四世代が最後のエンゼルウィングだ、大切に乗らなくては。
「システムチェック終わりました」
「今機体のネットワークに今日の訓練メニューを出したわ、まあでも今夜は適当にやりましょう。あなただけだし……」
彼女は寂しげに言う。しょうがない、明日から連休なのだ、わざわざ夜の訓練に参加する者はいないだろう。
「じゃあシールドキャッチボールでもしましょうか」
「いいわよ」
実弾とほぼ同じスピードで相手に追尾する砲弾を緩衝シールドで受け止め相手に投げ返す。次第に早くなっていく弾速に対応できずに被弾すれば大量の水を浴びるというゲームだ。このゲームは炎天下の昼間にやるのが定番だが、震える寒さの夜でも気が引き締まり捗る。
「行きますよー、それっ」
最初は軽く発射していく。40メートルほど向こうで緩衝シールドが赤く展開されるのが見えた。
「あなた本当にこれ好きよね」
向こうから弧を描くように弾が帰ってきた。右手を前に出し手を握ってから半回転させシールドを張る。砲弾の衝撃が右手に伝わり少し機体が後ろに下がった。
「そうですね、初めてやった訓練がこれでした。それっ」
下めに投げた弾が少しスピードを速度を上げて飛んでいった。
「あなたも成長したわね、初めて会ったときは凄い暴れん坊だったのを覚えてるわ」
強めのボールがまた山なりに飛んできた。
「ヒノさんと先輩方のおかげです、皆さん航宙隊で元気にやってるでしょうか。えいっ」
狙いが少しズレてカーブがかかった。それをものともせずヒノさんは捕らえた。
「ほんと、いいウィングは皆ファイターに引き抜かれちゃうんだから。でもあなただけは離さないわよっ」
真っ直ぐに凄い強さで弾が飛んできた。受け止めた機体が大きく後ろに下がる。このスピードだと長く続かない。
「私もヒノさんにまだまだ教わりたいです!」
私も真っ直ぐに弾を投げる。スピードが乗っていきすぎ、心配になり彼女の機体の方にカメラを拡大させた。
「ふっ私達、相思相愛ね」
彼女はシールドで受け止めると同時に両脚ターボを吹かし踏ん張った。
「でも、その愛はあなたの子分にも分けてあげなさい」
彼女の左下からの抉るようなショットが飛んできた。右腕と左脚のターボを同時に吹かし耐えるが機体が横に半回転した。
「アドバイスをお願いします!」
ヒノさんはエンゼルウィングだけでなく愛も強い。……気がする、なぜなら彼女の現役時代のウィングネームはフォーラバーだ。
真っ直ぐに投げた弾が突然上に上昇した。ヒノさんが高く飛んだので軌道が動いたのだ。彼女は飛んでくるボールを飛び越え地面に着地した。そして右手を天高く掲げ再び上に向かってジャンプした、すると威力の弱まった弾が右手に収まった。
素晴らしい動きだ、ヒノマイコの強さの全てがここにあった。二十年前彼女はエンゼルウィング計画のテストパイロットとして共和国で最初にエンゼルに乗った。彼女はそのテスト飛行を全て卒なくこなし、開発局は彼女はこの機体の為に生まれてきたと畏敬の念を抱いたようだ。新しいことへの挑戦、抜群の理解度、この二つがエンゼルウィングヒノマイコを作っている核だ。
「翼で語るだけがエンゼルの長じゃない。あなたは隊長として仲間のウィングの全てを背負うの。あなたはその翼で生き、その翼と共に死ぬ。その覚悟を見せなさい」
彼女はそう強く投げかけ、機動翼を展開しすごいスピードで上昇した。その赤い機体を私も追いかける。
雲ひとつない星空を赤い残像が切り裂きながら進む。そのスピードに追いつけず私が戦闘ネットワークを起動しマップを確認する、すると赤い表示がこちらに近づいてアラームが聞こえる。
「っ!」
ヒノさんが空中で投げた砲弾だ! 空中でのキャッチボールは経験がない、できるか? いややる!
「覚悟はとっくに出来てます! あなたに隊長を任されたときから、この私の細胞一つ一つが飛ぶことを覚えた日から! 受け取ってくださいっ!」
私は砲弾を真上に放り投げた、するとすぐに真後ろに向かって飛び始めた。すかさず私はその後ろを寸分狂わず追いかけた。
見えた! 私がずっと追いかけた赤いエンゼル! 正面からキャッチするつもりだ、だったら……
前を飛ぶ砲弾に再び手を伸ばし抱きかかえる。そして赤のエンゼルに衝突する寸前、左脚と左腕の前ノズルを吹かし機体を横に向けすれ違う。
今だ! がら空きのその背中に砲弾を叩きつけ……
「そう来ると思ったわ」
え⁈
そう言い残した瞬間、赤い背中は真下に消えた。
「冷たっ⁈」
何が起きたのか分からなかった。
……
私が放心しているとボイスチャンネルに誰かが入ってきた。
「うぉぉー」
「スゴイッス」
「何だあの挙動⁈」
それは狂乱するチームメンバー達の声だった。はるか下の基地を拡大して確認すると大勢の人間がこちらを向いて手を降っていた。
「みんなこれが隊長の覚悟よ」
ヒノさんがエンゼルの手を大きく振りながらそう叫んだ。
「えっ? ぜ、全部聞かれてたんですか?」
「あら気づかなかったの?」
私の濡れて冷たくなった体が一気に熱くなっていくのを感じる。
「私からの粋な計らいよ」
彼女はこちらを向いて微笑む。
「……うぅ、うぅ」
チームメンバーの前では上品に振る舞っていたのに……、なんてこと。
「ヒイナ、聞いて、それにみんなも」
彼女はそういいほとんど乱れてない息を整えた。
「エンゼルウィング隊は二十年前にギキョウ戦争の失敗と学びから組織され最盛期はおよそ二百ものエンゼルがサイジョウの空と宙を守った。しかし性能の高いファイターやメカが開発され、エンゼルウィングは時代に置いていかれた。今はもうここにいる三十人しかいない、任務もなければ栄誉もない。ただこれだけは忘れないでほしい、いかなる時も私達はこの翼で生きている! どれだけ時代が変わろうとこのエンゼルウィングの精神は滅びない!」
その力強い演説を聞き、私達は拳を胸の前で握った。
私達は受け継がれた今を生きている、誰のものでもない自分の翼で。
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