第9話 過去のこと

「へっ、陛下殿、突然何を…、」

 グランティーヌが目を見張る。


「おや? 今回の訪問は未来の婿の品定めなのであろう? どちらか気に入ってもらえるといいのだけれどね」

「誰も結婚するなんて言ってないだろう!」

 クリムが食って掛かる。

「そうです、父上。ティンだって困っているんですよ?」

「ったく、誰が結婚の話なんて持ち出したんだよっ」

 ハイルは二人の言葉にきょとん、とした顔で訊ねた。

「なんだ、二人とも嫌なのか?」

「嫌に決まっているだろうっ。なぁ?」

 クリムが言い放ち、ヒューリスに振った。


「ティンのことがどうというのではありませんよ。しかし、勝手に決められるのは心外です。僕たちの気持ちなどお構いなしじゃないですか」

 畳み掛けるようにグランティーヌも続く。

「陛下殿、わらわも今回のことはなかったことにしてほしいのじゃ。それを伝えるためにカナチスまで来たのじゃ」

「ふむ」

 ハイルが腕を組み、しばし考えるような仕草を取った。


「しかし婚約は今すぐということではない。しばらくの間、お互いのことをよく知るために友達として交流したらいいではないか」

「駄目なのじゃ! わらわには心に決めた人がおる!」

 グランティーヌがむきになって叫んだ。

「……姫、それは真か?」

 ハイルの表情が微妙に変化した。


「本当じゃ。わらわはクリムやヒューリスと仲良くなったとしても、結婚は出来ぬ!」

「して、相手は?」

「そんな事を聞いてどうするのじゃ?」

「相手によっては消えていただきますよ」

 ニコリ、笑うハイルに初めて恐ろしさを感じる。何を考えているのかわからない、得体の知れない恐ろしさだ。

「……父…上?」

 ヒューリスも突然の暴言に耳を疑った。

「なんだよ、消えてもらうって」

 クリムが突っ掛かる。


「お前たちもよく覚えておけ。お前たちは一人の人間である前に国の頂点に立つべく人物であるということをな。民たちの命を預かる者として、責任と義務を果たさねばならん」

「だから結婚も国の利になるものでないといけないと? そんなのおかしい!」

 ダンッ、とヒューリスがテーブルを叩く。


「……姫、そのお相手に申しておきなさい。カナチスを敵にまわす覚悟があるならよし、力なき者なら去るべし、と」


 冷たい声で言い放つハイルを前に、ヒューリスがうつむく。この男が腹黒大王と言われる理由が、なんとなくわかり始めてきた。見せかけの優しさを装い、裏で何を考えているのかわからない人間こそ一番怪しいのだ。当たり障りのない会話や態度。この向こうにある本性を見抜かなければ、食われてしまう。この男なら本当にデュラを殺しかねない。『国の為』などというつまらない大義名分を振りかざして……。


 が、グランティーヌは動じなかった。


「ハイル殿、そなたは世界が狭いのぅ。この大陸に一体いくつの国があると思う? この世界に一体幾人の民がいると思う? 自分を特別だなどと思うのは愚か者じゃ。皆、同じなのじゃ。国を統べるというのはただの仕事に過ぎぬ。そのために自分が誰であるのかを忘れてしまってはいけないのじゃ。わらわはいつでもわらわであり、それ以上にも、それ以下にもならぬ」


 ハイルが面食らったようにグランティーヌを見つめた。ヒューリスとクリムもまた、同じだった。


「わらわは失礼する」

 テーブルを離れ、扉に向かう。が、扉の前には近衛たちが控えており、扉を開けようとはしなかった。振り返る。ハイルがこちらを見ていた。グランティーヌは再び扉の方を向くと、近衛たちに命じた。

「扉を開けよ!」

 燐、としたよく通る声である。近衛たちは戸惑いを見せたが、ハイルが頷くのを確認すると慌てて扉を開け、グランティーヌを通した。グランティーヌは後ろを振り向くことなくどんどんと歩いて行ってしまった。残された者たちは黙ったままだ。最初に口を開いたのは、ハイル。


「どうだ、あの姫は?」

 誰に問うたのでもない。が、その質問にヒューリスが答える。

「父上、この縁談話、進めてください。私は国を継ぐことには躊躇しますが、彼女を伴侶とすることに迷いはありません」

 ついさっきまで婚約に反対していたヒューリスが掌を返したように賛成する。

「……クリムは?」

「悔しいけど俺たちの負けだな。俺も異存はないや。まさか、あんな…、」

 グランティーヌの発言に、感動すら覚えた。そうだ。彼女こそ自分にとって理想の伴侶になるだろう。

 そんな双子の顔を見、エリーナが大きく息を吐き出し、遠い目をする。遠い昔の、あの光景を思い出していた。


「では兄上、僕たちはライバルということになりますね」

 ヒューリスがクリムを見る。

「そうだな」

 クリムもまた、ヒューリスを見た。

 ふっ、と微笑を交わす二人。そしておもむろに走り出す。出口へと向かうグランティーヌを引き止めに行ったのだ。


「エリーナ、お前はまだ反対なのか?」

 二人が部屋を後にしたのを確認してから、ハイルが尋ねる。

「反対もなにも、この件に関して、私に権限などございませんのでしょう?」

 不機嫌そうな声。しかしその目にはとても大きな悲しみを浮かべている。が、ハイルはそのことに気付きもしない。

「まぁそう言うな。最後の選択はあの二人に任せてある。が、あの様子なら大丈夫だろう。私の思惑通り、フラテスは手中に収まりそうだ。近い将来にな」

 クックッ、と笑う。


 当のグランティーヌはこの縁談の本当の意味など、まだ知る由もないのである。

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