第3話 平行線

「無理ですよ」


 話は平行線だ。

 なんとしてもカナチスへ行こうとするグランティーヌ。行かせまいとするデュラ。


「わらわを可哀想とは思わぬのかっ?」

 力いっぱいのリアクションで、グランティーヌ。目にはうっすらと涙さえ浮かべている。

「そりゃ、モヤモヤする気持ちはお察ししますが、まだ婚約までは時間もあるのですし、今すぐにここで白黒つける必要はないと思いますが?」

「甘いっ!」

 ビシッ、とデュラを指差し、立ちあがる。


「わらわの気持ちなど一切無視する相手なのじゃっ。それに、これはわらわと王子の結婚ではない。国と国との結婚じゃ! ここで白黒つけておかねば、どんどん周りから固められて、逃げられぬよう首に縄をつけられるやもしれんっ!」


 まぁ、グランティーヌの言い分にも一理ある。確かに、デュラが考えているよりも事態は深刻なのだろう。だからこそ協力するにはあまりに重大過ぎるのだ。何とか説得して連れ戻さなければならない。

 しかし、どう説得すればいいのかは全然わからない。


「わらわはのぅ、恋をしておるのじゃ。しかし相手は鈍くて一向に気付かぬ。片思いというやつじゃ。このまましばらく片思いを楽しむつもりであったが、そうも言ってられぬでのぅ」


 じっとデュラを見つめる。

 これは……まずい。非常にまずい。


「グランティーヌ様……?」

 そんな熱い視線になど気付かないフリで、頭の中でどう説得するかを考え始めるデュラ。


「わらわが成人したら、どうしてもその人と結婚がしたいのじゃ!」

「……しかし、その方が陛下にお許しいただけるような人物でないのだとすれば、それはのでは?」

 あくまでも第三者としての発言を繰り返す。

「彼はいつもわらわの身を案じ、のじゃ。わらわとの結婚を、もはや嫌とは言うまいが?」

 敵もさるもの。追い詰めてくる。

「それは…どうでしょうねぇ。例えば、など、うまくいこうはずも…、」

 明後日の方向を見る。


「わらわの幸せを願う父を説得するためにも、まずはカナチスの双子に婚約破棄を申し伝えに行こうではないか! それが済んだら父上にデュラとの婚約を認めてもらい、」


 ああ、名前出ちゃった……。


「ちょ! 姫! 何を言ってるんですかっ。なんで私がグランティーヌ様と婚約するんですっ? 有り得ないでしょうっ」

 全否定だ。


「……デュラはわらわが、と?」


 あ、やば。


「いや、そういうことではなくっ。私はただの近衛ですよ? 貴族ですらない! 姫と結婚することなど、」

「なんとかなるだろうて!」

 バン、とデュラの背を叩く。

「それに、だ。婚約破棄を言い渡す際にそなたがいた方がなにかと都合がよい。うむ。行き当たりばったりだが、いい案じゃ」

「は?」

「これがわらわの婚約者だ、と言えるではないか」


 きゃ~~!

 そんなこと言われたら大問題になる! 下手すりゃ生きてお天道様を拝めなくなる!


「そんなこと、絶対言っちゃダメです!」

 全力で止める。

「大体、婚約破棄だって、もし本当にそうしたいのなら正式な手順ってものが、」

 はぁ~、と大きな溜息をつき、グランティーヌ。


「デュラはわかっておらんのぅ。よいか、父上の話では既に先方は承知しているとのこと。わらわとの婚約とはすなわち我が国を手に入れることなのだぞ? 父上がわらわの話を受け入れたとしても、カナチスの腹黒大王が素直に納得すると思うか?」

「腹黒大王って、姫、」


 確かにカナチスの王、ハイル・ザムエは金にうるさい、商売人のような人物だと聞く。だからこそグランティーヌは「なぜ、よりによってカナチスの王子なのか」と言ったのだ。それではあの腹黒大王に国を明け渡すことにもなりかねない。

 カナチスの王子のうち、一人が自国を継ぎ、もう一人がフラテスに婿として来ることになれば、事実上腹黒ザムエ一族が二国を制することになるわけだ。それは阻止せねばなるまい!


「陛下には何か深~い理由があるのでは?」

 あの、国王が何の理由もなくこの縁談に賛成するとはどうしても思えなかった。なにしろ一粒種のグランティーヌを溺愛しているのだから。

「実はわらわも……そう思う」

「だったらカナチスに乗り込むなどということはやめたほうが、」

「いいや。ダメじゃ。それはそれ、なのじゃ!」


(頑固一徹なところは本当に父親……ジーア様にそっくりだなぁ)


 小さく溜息を漏らす。


「どうしてそこまで?」

「なにか裏があるのならどうしてわらわに言わぬのじゃ? それが気に入らぬ!」

「……あぁ、」


(要は親子喧嘩の延長か)


 今度は思いっきり大きく溜息を吐く。


「さぁ! デュラ、出発じゃ!」

 右手を高く掲げ、威勢よく叫ぶ。説得にはどうやら失敗したらしいことに気付き、深く頭を垂れる。

 このままカナチスへ?

 まさか本当に先方に乗り込もうというのだろうか。


(いや、待てよ?)


 グランティーヌがフラテスの王女だと証明するものなど持っていないのでは? 書簡もなにもないどころか、行くことを伝えてもいないのだ。だとすれば、先方に乗り込むことなど出来ないわけで。つまり、行って門前払いを食って帰ればいいのでは?

 安易ではあるが、そんな期待を抱く。


 そうだ。カナチスの街中で早馬を出せばいい。国王宛に、大変な事態になっていると知らせ、連れ戻してもらえばいい!

 そんなこんなを考えるデュラ。


 二人の思惑が交わることはないが、カナチスへと続く道は、まっすぐ目の前に続いていたのである。

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