6.恵まれている、とは。









 ――配信中止。

 その直後、コメント欄や掲示板は荒れていた。

 しかしアルビレオの信者が、というわけではない。命懸けで行われているダンジョン配信において、珍しい話ではなかった。だが、ここまで注目を集めている人物の放送事故は珍しい。

 茶化す者、嘲笑う者、その他にも様々いた。

 しかし多くの者は、心の底から達治の無事を祈っていただろう……。








 不意打つ毒蛇の強襲。

 それを受けて、達治たちは即座にダンジョンから撤退した。そして彼の実家へと移動するが、安全圏へ到着したことで安心したのだろう。


 涼子の悲痛な声も届かず、達治は完全に意識を失ってしまった。

 幸い、家の中に彼の母はいない。心配をかけるより先にと考えて、涼子は玲音に協力を仰ぎながら、力の抜けた大きな身体を彼の部屋まで運ぶのだった。

 だが、時間を経るごとに彼の顔色は悪くなる一方。



 涼子も玲音も言葉少なになり、気が付けば夜の帳は落ちていた。




「………………」




 そんな一連の流れが、怒涛のように過ぎ去って。

 玲音は心ここに在らずといった言葉そのものの様子で、縁側に腰かけて夜空を見上げていた。そして自分がいったい何をしたかったのか、それを考えては頭を抱える。

 帰宅した達治の母には、涼子が上手く対応してくれているようだった。

 だが、そんな体裁の問題ではない。



「僕は、ううん……わたし、は……」



 玲音は青褪めた表情で、意味のない言葉を呟き続けた。

 当初の予定とは、まったく違う。想像していなかった展開、そして身を挺して自分を守った達治に対して、様々な感情が混在しているのだった。

 そんな中で思い出されるのは事の寸前、彼に自分が言い放った言葉だ。



『証明してみろよ!!』



 自分は、とかく冷静ではなかった。

 本来ならダンジョン配信者としての達治よりも、自分の方が優れているのだと、世間に広く知れ渡らせること。それこそが『ミス・アルビレオ』である彼女の、本当の目的だ。

 あまりにも捻じ曲がった思考による暴走。

 そして招いたのは、最悪とも取れる事態だった。



「なにが、したかったんだろう……?」



 そこに至ってようやく、玲音は自分の行いが支離滅裂であると気付く。

 同時に、自分が為すべきが何なのかも分からなくなった。



「少しは、落ち着いた……?」

「……涼子、さん」

「涼子で良いよ」

「…………」



 そんな時に、彼女に声をかけたのは涼子。

 達治の従兄妹は玲音の隣に腰かけると、何かを考えるように星空を見上げた。互いに間合いをはかるような、そんな時間が流れていく。

 ただ玲音は何も言えずに、唇を噛むしかできなかった。

 口にするべき言葉は理解している、はずなのに。



「実は少しだけ、聞こえてた。……二人の話してること」

「え……?」



 そんな折、涼子は意を決したように口を開いた。

 玲音は彼女の言葉に驚き、息を呑む。



「それで気付いたの、玲音ちゃんのお父さんが誰なのか」

「………………」

「白鳥恒星さん、だよね? ……『白鳥ラビリンス』の代表さん」



 ――『白鳥ラビリンス』は、ダンジョン武器開発の企業だ。

 ダンジョン発生以前は平凡な町工場だったが、いまやその影響力は世界規模となっている。特殊な特許の数々によって莫大な利益を上げ、世界情勢を書き換えた存在だった。

 その代表の名は、白鳥恒星。

 玲音の実の父親だった。



「よく、分かりましたね」

「えへへ……アタシ、昔から閃きだけは凄いんだ」



 玲音の言葉に、努めて明るく涼子は答える。

 そして、少しだけ間を置いてから。




「アタシね、その通りだと思うよ。……たっちゃんの言ったこと」

「え……?」




 そう、口にするのだった。

 それは達治にとっての『親』に対する肯定。つまり涼子もまた、自分とは『異なる者』なのだと、そう感じた玲音は思わず立ち上がった。

 信じられないものを見るような顔をしながら。

 今にも泣きそうな表情を浮かべながら、彼女はこう叫ぶのだ。



「分からないよ。貴方たちみたいな――」



 まるで悲鳴。

 魂の上げる悲鳴のように。




「『恵まれた人たち』には……!」――と。




 自分のように、父親の愛を知らなかった者とは違う。

 だから、そのようなことを言えるのだ、と。



 しかし涼子は、玲音の視線をしっかり受け止めて言うのだった。




「たっちゃんも、知らないんだよ」

「え、なにを……」




 寂しげな表情を浮かべて。






「たっちゃんのお父さんはもう、亡くなってるから」――と。






 

――――


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