6.恵まれている、とは。
――配信中止。
その直後、コメント欄や掲示板は荒れていた。
しかしアルビレオの信者が、というわけではない。命懸けで行われているダンジョン配信において、珍しい話ではなかった。だが、ここまで注目を集めている人物の放送事故は珍しい。
茶化す者、嘲笑う者、その他にも様々いた。
しかし多くの者は、心の底から達治の無事を祈っていただろう……。
◆
不意打つ毒蛇の強襲。
それを受けて、達治たちは即座にダンジョンから撤退した。そして彼の実家へと移動するが、安全圏へ到着したことで安心したのだろう。
涼子の悲痛な声も届かず、達治は完全に意識を失ってしまった。
幸い、家の中に彼の母はいない。心配をかけるより先にと考えて、涼子は玲音に協力を仰ぎながら、力の抜けた大きな身体を彼の部屋まで運ぶのだった。
だが、時間を経るごとに彼の顔色は悪くなる一方。
涼子も玲音も言葉少なになり、気が付けば夜の帳は落ちていた。
「………………」
そんな一連の流れが、怒涛のように過ぎ去って。
玲音は心ここに在らずといった言葉そのものの様子で、縁側に腰かけて夜空を見上げていた。そして自分がいったい何をしたかったのか、それを考えては頭を抱える。
帰宅した達治の母には、涼子が上手く対応してくれているようだった。
だが、そんな体裁の問題ではない。
「僕は、ううん……わたし、は……」
玲音は青褪めた表情で、意味のない言葉を呟き続けた。
当初の予定とは、まったく違う。想像していなかった展開、そして身を挺して自分を守った達治に対して、様々な感情が混在しているのだった。
そんな中で思い出されるのは事の寸前、彼に自分が言い放った言葉だ。
『証明してみろよ!!』
自分は、とかく冷静ではなかった。
本来ならダンジョン配信者としての達治よりも、自分の方が優れているのだと、世間に広く知れ渡らせること。それこそが『ミス・アルビレオ』である彼女の、本当の目的だ。
あまりにも捻じ曲がった思考による暴走。
そして招いたのは、最悪とも取れる事態だった。
「なにが、したかったんだろう……?」
そこに至ってようやく、玲音は自分の行いが支離滅裂であると気付く。
同時に、自分が為すべきが何なのかも分からなくなった。
「少しは、落ち着いた……?」
「……涼子、さん」
「涼子で良いよ」
「…………」
そんな時に、彼女に声をかけたのは涼子。
達治の従兄妹は玲音の隣に腰かけると、何かを考えるように星空を見上げた。互いに間合いをはかるような、そんな時間が流れていく。
ただ玲音は何も言えずに、唇を噛むしかできなかった。
口にするべき言葉は理解している、はずなのに。
「実は少しだけ、聞こえてた。……二人の話してること」
「え……?」
そんな折、涼子は意を決したように口を開いた。
玲音は彼女の言葉に驚き、息を呑む。
「それで気付いたの、玲音ちゃんのお父さんが誰なのか」
「………………」
「白鳥恒星さん、だよね? ……『白鳥ラビリンス』の代表さん」
――『白鳥ラビリンス』は、ダンジョン武器開発の企業だ。
ダンジョン発生以前は平凡な町工場だったが、いまやその影響力は世界規模となっている。特殊な特許の数々によって莫大な利益を上げ、世界情勢を書き換えた存在だった。
その代表の名は、白鳥恒星。
玲音の実の父親だった。
「よく、分かりましたね」
「えへへ……アタシ、昔から閃きだけは凄いんだ」
玲音の言葉に、努めて明るく涼子は答える。
そして、少しだけ間を置いてから。
「アタシね、その通りだと思うよ。……たっちゃんの言ったこと」
「え……?」
そう、口にするのだった。
それは達治にとっての『親』に対する肯定。つまり涼子もまた、自分とは『異なる者』なのだと、そう感じた玲音は思わず立ち上がった。
信じられないものを見るような顔をしながら。
今にも泣きそうな表情を浮かべながら、彼女はこう叫ぶのだ。
「分からないよ。貴方たちみたいな――」
まるで悲鳴。
魂の上げる悲鳴のように。
「『恵まれた人たち』には……!」――と。
自分のように、父親の愛を知らなかった者とは違う。
だから、そのようなことを言えるのだ、と。
しかし涼子は、玲音の視線をしっかり受け止めて言うのだった。
「たっちゃんも、知らないんだよ」
「え、なにを……」
寂しげな表情を浮かべて。
「たっちゃんのお父さんはもう、亡くなってるから」――と。
――――
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