第4話 愚者の魔法 後編
「……………えっ、突然なに」
「だーかーら、アメリカに行くべきなの! 界は!」
青の瞳を清流のように輝かせる姉が突然言ったその提案。
アメリカってまた急な………。
「アメリカに古代魔法に詳しい人がいるのよ! 私の師匠なんだけどさ! もしかしたら、界の魔法について分かるかもしれないのよ!」
しょうもない魔法しか使えないと分かった俺と対称的に、テンションを上げていく姉さん。
調べたところで、俺の魔法はしょうもないことぐらいしか分からない。
すると、姉さんは俺の両手を握って。
「それに、あそこならきっと界も伸び伸びと勉強できると思うの!」
と、キラキラと目を輝かせて言った。
………………そうだ。
姉さんは誰よりも俺の自由を望んでいるんだ。
俺が家の人間に完全に捨てられるわけでもなく、罵倒されるだけ罵倒され人として扱ってもらえない。
そんな俺の状況をどうにかしたいと、ずっと彼女は考えていた。
時たま姉さんは俺と2人きりの時に。
『自由に動けたら、界ももっと楽しく過ごせると思うんだけどね。不憫な姉さんでごめんね』とか。
『もっと姉さんが強くなって、鳴海家の当主になったら、界がもっと自由に動けるように、学校に通わせてもらえるようにするから』とか、悲し気にこぼしていた。
もしかしたら、俺が魔法を使える瞬間をずっと待っていたのかもしれない。
でもな…………日本ではまず叶わないだろうな。
じいちゃんたちの学校の入学許可は下りないだろうし、勉強も修行も全部鳴海家ですることになる。
だから、アメリカ。
だからこそ、魔法研究が進んでいるあの自由の国。
全ての魔法を網羅している姉でも分からなかった俺の魔法を解明するには、日本よりもあの国で調査するのがいいだろう。
もちろん、魔法界の中心である英国や、独自の研究が進んでいるアラビアでもいいが、アメリカなら姉さんの師匠がいる。
知り合いがいない他の国よりも行きやすいだろう。
………………そっか。
俺、学校に行けるんだ。
ずっと、“自由に動けたら”って夢を見ていた。
アニメのように、学校に通えたらいいなと思っていた。
それがようやく叶う――――。
夢が現実になっていく。
それが分かった瞬間、沸々と嬉しさが湧いてくる。
でも、まずは――――。
「じいちゃんたちに報告しよう、姉さん」
「そうね! きっとじいちゃんも喜んでくれると思うわ!」
姉の満面の笑みにつられて、俺も思わず口角が上がる。
まぁ、でも、これでようやく俺も落ちこぼれから卒業かな――――。
★★★★★★★★
「1つしか使えないだと!? ふざけるなァ!」
何畳もあるその大広間に轟く怒りの声。
その声の主が投げた扇子が俺の横を飛び、頬をかすめる。
魔法を使えたことを報告したのだが、当主であるじいちゃんは喜んでくれなかった。
むしろ、眉間にしわを寄せ、怒り心頭。
そんな当主を前に、俺は姉さんと正座で黙って話を聞いていた。
「ここは鳴海家。その男児が1種の魔法しか使えないなど、言語道断!」
「でも、じいちゃ――――」
「界はやはり孫としては認めん! こんなことに時間をかけるな、愛依! お前は己の技術を磨くことだけに集中しろ!」
「…………」
隣を見ると、姉さんはじいちゃんの怒号に口をぎゅっと紡んでいた。
だが、白銀の間から覗く瞳に涙はない。
悲しげな様子もあきらめた様子もない。
その瞳の奥には朦々と燃える炎があった。
「……………ねぇ、界、少し外に行っててくれる? ちょっとじいちゃんと2人で話したいんだ」
「でも、姉さん…………」
「大丈夫、別に戦うわけじゃないから」
心配だった。
怒り狂ったじいちゃんは、時折言い合いから戦闘へと発展することがあった。
天才児で特訓に特訓を重ねている姉さんなら、勝てるとは思う。
が、鳴海家は更地とかすだろう。
それだけは絶対に止めなければならない。
そんな心配があり、その場に残りたかったが、姉さんに強く言われてしまい、強制的に部屋の外に出される。
ならばと、俺は廊下に出た瞬間、身をかがめ襖を壁に聞き耳を立てた。
「界は魔法が使える! ちゃんと鳴海家の子よ!」
姉さんは何かずっと訴えていた。
「あの方も『彼は違う』って言っていた」とか、「夢で話していた」とか。
途中からは何を言っているのかピンとこなかったけれど、でも、姉さんが俺のために必死になってくれていることだけは分かった。
そうして、ようやく出てきた姉さんはげっそり。疲れ果てていた。
「頑張ってみたんだけどね。やっぱりおじいちゃんたちは………」
「うん。分かってるよ」
姉さんは頑張った。
姉さんはやれるだけのことはやった。
大体『スベル』しか使えないのだから、俺は役立たずなことには変わりない。
せいぜい鳴海家で雑用でもして過ごそう。
そうだ。いつか追放なり何なりさせられて外に出て、魔法とは関係のない普通の人の暮らしをする。
それでもありだ。
「今回は縁がなかったということで。アメリカに行くのは諦めよう」
姉さんは何も言わず、意気消沈。
ただただじっと下を見ていた。
ああ……………これは相当落ち込んでるな。
姉さん、お菓子が好きだし、お菓子を作ってあげようかな………。
「ねぇ、姉さん。今日は姉さんが好きな水まんじ――――」
「私がお金を出す」
ん?
「姉さん、今なんて………?」
「私がお金を出すから、界はアメリカに……私の師匠がいる学園に行きなさい」
顔を俯けたまま、無気力な声で話す姉さん。
「えっと………『私が出す』って、そんなお金どこにあるの?」
うちは学校には行かない、勉強も魔法の特訓も全て家。
買い物も商人が鳴海家にやってくるから、全部家。
外には出れないし、特訓で時間を奪われる姉さんはバイトもする時間もなかったはずだ。
そんな姉さんが“お金を出す”?
うーん。
もしかして、俺の知らないところで、おこずかいを大量に貰っていたのだろうか?
と聞いたが、姉さんは横に首を振った。
「私、こっそりバイトしていたの。私に師匠がいたことは知ってるでしょ」
「うん。アメリカから来た先生でしょ」
「そ。その人と今でもメールで連絡取っているんだけど、たまに研究の手伝いのバイトを貰ってたの」
「…………貰ったお金は? どうやってもらったの?」
「電子マネーでもらった」
「でも、画面は全部じいちゃんたちに監視されてるよね?」
「ええ。でも、テキトーにいじったら、バレずにすんだわ」
………………ああ、そうだった。
この姉、天才だった。
プログラミングなんてひゅーのひょいでできるタイプの人だった。
ハッキングも朝飯前、ですか。
「だから、お金はたんまりあるのよ」
「な、なるほど……なら、何のために、じいちゃんに許可をもらいに行ったの?」
いくら監視があるとはいえ、俺を国外から出すのは容易なはずだ。
すると、彼女はどこか悲し気な笑みを浮かべて、話す。
「じいちゃんに認めてほしかったの。界がちゃんと鳴海家の子として、私の弟として、認めてほしかったの」
「…………」
「でも、姉さんの力量が足らなかったみたい………ごめんね」
それは姉さんが謝ることじゃない。
姉さんは何にも悪くない。
と言おうとした瞬間、姉さんに肩をガっと掴まれる。
俺を真っすぐ見つめる姉さんの瞳は、宝石のように精彩を放つ。
「でもね、界は魔法が使えるようになったのよ! 私の師匠がいる魔法学校に行ける! もう窮屈な思いはしなくていい! やっと界に不自由なく過ごせてもらえるの――――」
ずっと俺が自由になるために考えてくれていた。
ずっと俺が魔法が使えるようになると信じてくれていた。
ずっと俺に魔法を教えてくれた。
――――ずっと俺のことを心配してくれていた。
姉さんに感謝にしてもしつくせないかもな…………。
思わず少し泣きそうになっていると。
「ああ、姉さんは界のことをこれっぽっちも嫌ってないから! 界を追い出そうとして学校を薦めてるんじゃないからね?」
何を勘違いしたのか、あたふたと慌て始める姉さん。
「分かってるよ」
「じゃあ、なんで泣いてるの? じいちゃんが怖かった?」
「ううん、違う。姉さんの熱い思いに感動したんだよ」
もし、いつか姉さんに困ったことがあれば、すぐに駆け付けよう。
絶対に助けよう。
俺は彼女よりも強くなろう――――。
「ありがとう、姉さん」
「いいえ。めいいっぱい学校生活を楽しんでちょうだいな」
そうして、自室に戻る廊下を2人で歩いていると。
「そういえば、ハッキング練習ついでにこういうの買ってみたんだけど、いる?」
と言って、姉さんが出してきたのは、胸元を大きくあけた服を着る女性が一面を飾る雑誌。
これって、エロ本………………。
「…………い、いらないよ。てか、なんで買ったの………」
購入方法はきっとネットなのは分かる。
だけど、なぜ姉さんがこれを買って、しかも常備しているのかが分からない。
………………はっ。
まさか姉さん自身が使おうとして………。
「いやぁ、思春期男子はこういうのが好きになってくるって、ナオちゃんが言ってたからさ、がっかりした界に上げようと思ってのよ!」
「…………いらないお世話です」
――――
明日も更新します! よろしくお願いします!
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