スベル・スリップ・ライフ ~俺の魔法は“滑る”だけ~

せんぽー

第1話 『スベル』は笑われる

 その世界では、魔法が存在した。

 術式詠唱をし、全身を流れる魔力を集中させることで、魔法を自由自在に扱うことができた。


 しかし、使えたのはごく一部の人間で、魔力を感知できる“魔導士”だけが、魔法を使えた。

 だが、その人数は世界中の魔導士を集めても、村ができるかどうか。

 そのため、魔導士が珍しいあまり、神の使いだと崇められたり、逆に悪魔の子だと罵られたりされた。


 よく言えば、そのくらい魔導士は貴重。

 悪く言えば、それぐらいしか世界に魔導士がいなかった。


 だが、それも昔の話。

 現代になり人口爆発が起きると、それに比例するように、魔導士人口も増加。

 

 科学と同様、魔法も開発され、多くの魔法学校が設立された。

 とはいっても、当初は魔導士全員が学校に行く規定などなし。

 

 魔導士としての道、人間としての道を外した、魔導士が増加し、魔法界は荒れに荒れ。

 その後、全ての魔導士は魔法学校に通うという法律が制定され、今現在。


 通常魔法士は12歳までに魔法が使えるようになる。

 しかし、魔導士の家系に生まれた少年、鳴海界はつい最近、15歳の時にようやく使えるようになった。

 

 界の実家、鳴海家は特例で自宅での教育が許可されていた。

 しかし、彼はその家を出て熱い姉の薦めでアメリカの魔法学園に入学。


 その入学した学園はシカゴ近郊にある、名門ルビナーツ魔法学園。

 在校生はもちろん入学者全員が魔法界のエリートとなるたまごで、彼ら全員がどんな魔法でも巧みに扱うことができた。


 だが、界だけは違った。

 みんなのように呪文を唱えても、彼が他の魔法を使えることはなく。


 彼が使える魔法はたった1つだけ・・・・・・・だった――――。





 ★★★★★★★★





 「よし、今日は自分たちが得意とする魔法をやってみてくれ」


 大学の講義室のような段々と並べられた机。

 前にある横に大きい黒板に背を向け、立つ先生。

 彼は右手の杖を優雅に一振り。


 すると、天井から赤、黄、青のたくさんの花弁が散ってきた。

 その美しさに生徒たちは思わず感嘆の声を上げる。


 「こんな感じでいい。恥ずかしがらないで。私は君たちの魔法が見てみたいだけだから」


 1年生のオリエンテーションということもあって、かっちりした授業はしないようだ。

 頬杖をつく黒髪の少年鳴海界は、机の端に置かれた教科書をじっと見つめる。


 (俺にできる魔法ね……)


 目の前に置いているのは買ったばかりの杖。新品で傷1つない。

 隣をみると、使い古されているが、かなり手入れがされている杖が置いてあった。

 その杖の前に座る1人の美少女。

 彼女は珍しい空色髪で、界は思わず少し見とれてしまう。


 「ほら、みんな杖を手に取って。やってごらん」


 もやしのようにひょろ長い先生は、生徒たちにそう声を掛ける。

 隣にいた美少女も杖を手に取り、呪文を唱える。

 すると、机の上には綺麗な蝶の氷の彫刻が現れた。

 

 (……いいな。俺もあんな風に魔法を使いたい)


 他の生徒が巧みに魔法を使う様子に、ふと思う界。


 「さぁ、君も杖を持って?」


 いつの間にか、先生は机の合間合間にある階段を上ってきて、界にそう言ってきた。

 先生は促すように、また杖をフィッと振る。


 (うーん。そう言われてもなぁ……)


 界は無理ですよと言わんばかりに、肩をすくめて見せる。


 「そう言わずに。これはテストじゃないんですから」


 界は先生の熱意に負け、渋々杖を手に取る。

 そして、先生の方に杖の先を向けた。


 「怒らないでくださいよ」

 「そりゃ、怒りませんよ。さぁ、やって見せて」


 体重を流れる魔力を杖先へと集中。そして、先生の足裏をめがけて。


 「おりゃっ」


 杖を振り、魔法を展開。


 「うわっ!」


 その瞬間、先生はつるっと滑る。

 床が滑って仕方ないのか、先生の足は生まれたての小鹿のように足をプルプルと震えて、ようやくつかんだ近くの机にしがみつき、何とか立つ。

 近くでいた生徒たちは先生の情けない姿を見て、クスクスと笑っていた。


 「ナルミ、私はいたずらをしろと言ったんじゃないんですが」

 「先生、いたずらなんかじゃあありません。俺は真剣に魔法を使いました」


 鳴海界が唯一使える魔法「スベル」。

 他の皆はいろんな魔法を使えるが、俺が使えるのはコレだけ。

 いくら呪文を覚えたって使えない。


 何にも知らないやつからしたら、おふざけだと思われるよな。


 「アハハっ!」


 豪快な笑い声が教室に響く。

 その声は隣から。

 界は思わず声の主の方を向く。


 (えっ?)


 見ると、氷の彫刻を作った彼女はお腹を抱えて笑っていた。

 大笑いし過ぎて涙まで溢している。


 「そんな魔法初めてみたw アハハ!」


 そう言う彼女は笑いが止まらず、笑い続け、周りにいた生徒たちもつられて笑っていた。


 「そんな笑わなくてもいいだろ………これしか使えないんだからさ………」

 「嘘でしょぉw この変な魔法しか使えないのww アハハww」

 「…………」


 呆れた界は白い目を向けるが、彼女が気にする様子はない。

 一生分の笑いをはきだしているかのように、大笑い。


 本来なら、美少女の笑顔は可愛いはずだ。

 絶対にドキッとしてしまうのはずだ。


 だけど、そんな感情は一切起きない。

 ただただ失望していた。


 姉さんがあんなに言うから、俺の魔法には“何か”あるんじゃないかって期待していた。

 でも、そうじゃないんだな。


 ツボってしまったのか、美少女はからからと笑い続ける。

 彼女の笑い声がずっと頭の中で響いていた。


 でも、その時だけはムカついた。

 界は人生で初めて、女の子をビンタしてやろうかとすら思った。


 界はそっと目を閉じ、その感情は抑え込む。


 (…………分かっていたさ。俺の魔法が笑われることぐらい)

 

 魔力の認知さえできれば、魔力がいくら少なくてもある程度の種類の魔法が使えるこの世界。

 そんな世界で、界が使えた唯一の魔法は『スベル』。

 その魔法は、物を滑らせるという一発芸みたいなしょうもない魔法。


 だけど、この時の界は思ってもいなかった。

 誰も想像していなかった。


 『スベル』しか使えない自分が、魔法界を揺るがしてしまうことに――――。

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