第275話 溢れる前に
『天空の城』は、沙羅たちが、『地底の遺跡』は、こはくたちが攻略した。そのため、ぬいとまっくよも『海中の神殿』の攻略に意欲を示すかと思い色々と水中探索用のアイテムを造った蒼唯であったが、その思いとは裏腹にぬいたちは『海中の神殿』の攻略には興味が無く、攻略後の報酬も有用性も『食トレ』を持つぬいたちからすれば低かった。
そのため、『海中の神殿』に興味津々な様子の輝夜に押し付け、
「断られたのもあるですけどね。残念です」
【どうやら蒼唯様は、説教のおかわりがお望みのようですね?】
「…冗談です。反省はしてるです」
その後に押し付け損ねた『
【反省されている方は、あのような動画を軽率に投稿したりはしないと思うのですが?】
「あれは、丁度本家3分クッキング見てた所にぬいたちがレヴィアタン1体をまるごと持ってきたですから」
「ぬいぬ!」
【はぁー、まあ、あのレヴィアタンがほぼ損傷も劣化もなく手に入ったら、優梨花様が暴走なされるのは、料理人の性と言うことで納得いたします。その場に蒼唯様がいてもストッパー役にはならないことも含めて】
「よく分かってるです」
【はぁー】
それに対してしっかりと説教をしたため、数日は大人しくしているだろうと言うリリスの目算は、ぬいたちの差し入れによって崩壊するのであった。
とはいえ今回の一連の騒動に関しては大した実害は無い。『
レヴィアタンの討伐に関しても、テレビでたまたまやっていた『実録! 海に生きる男たち』を見ていたぬいたちが、海に興味を持った結果の産物なので、海の危険を存分に味わい終了である。
【一部、挑発行為だというクレームめいた苦情が寄せられていますが無視して構わない範囲ですからね】
「挑発です?」
「まく~?」
【あ、いえ――】
「あ、です! もしかして漁師さんたちからの、ダンジョンで再現された海なんかで、海を分かった風に思ってもらっちゃ困るぜみたいなやつです?」
【あぁー、はいそんな感じです】
探索者業界内でちょっとしたゴタゴタはあるにしろ、蒼唯はいつも通りその辺はまるっきりスルーなので、リリスも無理に関わらせようとはしないのであった。
話が一段落した。普段であれば蒼唯は可愛いモノ造りのため作業部屋に向かうのであるが、今日は少し違った。
表情をいつになく真剣なモノにしてリリスたちを見る。
「さてとです。ぬいたちも、リリスも当然私も、『海中の神殿』には近付かない事が決定したですね」
「ぬいぬい!」
「だからそろそろ、次を考えるです」
【次、ですか? 次と言うのは次にぬい様やまっくよ様が攻略されるダンジョンの選定の話とは…】
「違うです」
蒼唯がダンジョン関連で真剣な表情をする事は少ないので、自ずとリリスたちの表情も真剣になっていく。
「まく~?」
「次って言うのは、誰かが『海中の神殿』を攻略して異世界化が進行した場合の事です」
【……蒼唯様がそういった事を気にするのは珍しいですね】
「当たり前ですが、高難度のダンジョンとか、ダンジョンのイレギュラーで探索者さんたちが困っても、結局は他人事です」
【ですよね】
「でもです。流石に場所とか関係なく、モンスターが溢れた世界になるかもしれないなら自分事です」
【そうです……えーと、待ってください】
とんでもないことをさらっと言ってしまうのは蒼唯の習性ではあるが、そうであったとしても聞き逃せない発言である。
【異世界化が進めば、モンスターが溢れた世界になると?】
「はいです」
【根拠はあるのでしょうか?】
「えぇです? リリスが前に言ってたじゃねーですか、ダンジョンマスターがイレギュラーとか『氾濫』を起こす理由」
下層のモンスターを上層に出現させるイレギュラーや、ダンジョン外にモンスターを溢れさせる『氾濫』。これを行う理由は、性格の悪いマスターの探索者への嫌がらせと言うのを除けば、探索者を呼び込むための手段である。
放置すれば『氾濫』が起きるかもしれないので、探索者が疎らにならないように依頼などによってダンジョンのモンスターを間引きする探索者たちを定期的に派遣する。イレギュラーが起きるので、適正よりも上位の探索者が在中させる。
こういったシステムが世間に定着した結果、不人気ダンジョンであっても最低限、ダンジョンの維持に必要な魔力くらいは得られる程度の探索者の来訪があるのである。
「ってこの世界の常識をリリスはどこで知ったです?」
【それはダンジョンマスターになった時には……あっ!】
「それを最初に聞いて、ダンジョンをこの世界に送ってる奴は困ったら『氾濫』を起こせってことにしたいんだなと思ったです」
【…………】
「それでダンジョン核調べたら、探索者がダンジョンにいるときだけ異様なほど魔力の吸収率が高いとか色々と分かったです。その結果とこれまでに起こった諸々を組み合わせればです」
蒼唯が淡々と話す事実を聞いているリリスは喋れずにいた。
この世界に来てからリリスはリリスとして前の世界と変わらずに過ごしている気でいたが、蒼唯の言うことが正しければ、この世界にリリスを送り出した某に良いように使われていたと言うことになる。
ダンジョンが次々に増えて行けば、探索者たちは各地に分散され来訪数も減っていく。そうして維持できなくなればダンジョンマスターたちは『氾濫』やらイレギュラーを起こすだろう。
そうすれば自衛目的で探索者になるものも増えるだろうが、ダンジョンが出現するスピードに勝てるかは微妙な所である。
そうして人類の多くが
「ぬいぬい!」
「まく~!」
「『氾濫』とかだけなら、ぬいたちに頼むで良いですけどね」
同時多発的に『氾濫』を引き起こしたり、『氾濫』を起こす必要の無い蒼唯印の『魔力炉』をぶっ壊したりと向こうが仕掛けている辺り、まだまだ相手側の手札は多いのかもしれない。
「取り敢えず私はダンジョン核をもう少し深く調べてみるです。リリスとルーシィにはそのお手伝いをして貰いたいです」
【分かりました。ルーシィ様にも確認しておきます】
「頼むです。それでです、ぬいたちには特別任務をお願いするです」
蒼唯が特別任務の内容を伝えると、ぬいとまっくよはそれはそれは満面の笑みで了承するのであった。
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