【完結】元・おっさんの異世界サバイバル~前世の記憶を頼りに、無人島から脱出を目指します~

コル

第1章 無人島で遭難

1・輪廻転生

「ふぅー……疲れたな……」


 今日はトラブルが起きて、対処に時間がかかった。

 おかげで部長に怒られ残業までする羽目になった……ええい! こんな日はさっさと風呂に入って、ビールを飲みながら大好きな動画配信者の動画を観て寝落ちするに限る。


 俺の名前は山本 聡やまもと さとし

 33歳、独身で独り暮らしの会社員。

 好きなものは漫画、ゲーム、ネット動画観賞。

 最近、特にハマっているのがサバイバル関係動画。

 サバイバルの知識が役に立つかはわからないが、見ている分には非常に楽しい。


 趣味を楽しみつつ、定年まで働いて老後をのんびり過ごす。

 そういう普通の人生を送っていく……そう思っていた。



 帰宅途中の俺に向かって、猛スピードで車が突進してくるまでは――。





「――はっ!」


 ふと気が付くと、周りが真っ白で変な空間に俺は立っていた。


「……ここは何処だ?」


 確か俺に向かって車が走って来て……それから……駄目だ、その先がわからない。

 ここが病院とは到底見えないし、変な場所で立っているのもおかしい。

 考えられるとすれば……。


「山本 聡さん」


 背後から声が聞こえ、振り向くと金髪で純白のドレスを着た美女が立っていた。


「……えーと……あなたは?」


「私は輪廻転生を司る者です」


「輪廻……転生? ……えと、命あるものは何度も転生して新たな生命として生まれ変わる事……でしたよね?」


「はい、その通りです。貴方は不慮の事故により命を終えました」


 やっぱり俺はあの時に……。

 そうなると、あれこれ騒いでももはやどうしようもない。

 この女神様? の言う事を素直に聞こう。


「貴方はこれまでの記憶を全て失い、新たな生命へと転生する事になります」


 記憶が無くなって新しい人生を……か。

 なら金持ちの家に生まれたいな。

 まっ記憶が無いから、そうなったところでってのもあるけども。


「では、転生を始めます」


 女神様が右手を俺の方へとかざした。

 すると、俺の体がキラキラと光り出した。


「新たな生命に祝ふ――ヘクチッ!」


 女神様の可愛いクシャミが聞こえると同時に、俺の意識は飛んでしまった。



「……う?」


 目を開けると、木造で知らない天井が目に入って来た。

 あれ? また知らない場所だ。

 布団の上で寝ている感覚もするし……あ、病院のベッドか。

 なんだ、さっきの出来事は全部夢か。

 あー良かった。

 俺は生きていた事に一安心し、上半身を起こそうとした。


「……あう?」


 が、何故か体がうまく動かせない。

 怪我のせいで体が動かせないといった感じじゃない。

 文字通り、うまく体を動かせない。


「あ~! う~! ……あうっ?」


 声を出してみるが、声もうまく出せない。

 なんだ? どうしてなんだ?

 俺の体に何が起こっているんだ!?


「ラア? ナカノタシウド」


 状況がわからず混乱していると、薄紫の髪をした女性が覗き込んで来た。

 この美人は誰だ。


「カイナャジンタッヘモデカナオ?」


 今度は金髪で立派な口ひげを生やした男性が美人の後ろから顔を出した。

 どっちも日本人じゃないし、何を言っているのかもわからない。

 ここは外国? え、どうして外国に俺はいるんだ?




 わけのわからない状況からはや一週間経ち、大体の事はわかった。

 まず、今の俺は赤ちゃんの姿になっている事。

 次に消えるはずの前世の記憶が、何故か残ってしまっている事。

 そして、ここは外国ではなく異世界だという事。


 最初、この家の作りや窓から見える外の景色を見た時、西洋の中世時代辺りの過去に生まれ変わったのかと思った。

 だが、空を飛んでいる生物を見た時に異世界だと確信した。

 飛んでいたのは鳥でも飛行機でもドローンでもない……ドラゴンだった。

 この世界にはモンスターが生息していたのだ。

 流石に3日くらいは慌てふためいたけど、この世界に生まれてしまったからにはもうどうする事も出来ない。

 俺はこの異世界で第二の人生を生きていく事にした。


 貴族の娘・・・・アン・ヴァンストル・・・・・・・・・としての人生を。



 前世の記憶が残っていたおかげで、案外この世界の生活は楽しめた。

 不満があるとすれば、魔法が無いくらいだろうか。


 父親マイク・ヴァンストルは、すごい読書家で屋敷には大量の本があり俺はその本を読むのが日課だった。

 現実世界とこの世界の違いを比較しつつ本を読むのが面白かったのもあるが、前世の記憶があるのが周囲にバレるのはまずいと思い、極力家で本を読み人としゃべらない様にしていた。

 そのせいで俺はおとなしくて引っ込み思案な娘と思われるようになってしまったが……。




 そんな日々が続き、アンとして生まれてから10年の月日が経った――。


「ど、どうかな?」


 買ってもらった青いワンピースを着て、ケイトに見せた。


「お似合いです!! お嬢様のサラサラした薄紫のセミロングの髪、そして翡翠色の瞳にくりくりとした大きな目が青いワンピースと調和して……もうすごく可愛いです!!」


 ケイトが目を輝かせ、自前の猫耳と尻尾をブンブンと振っている。

 彼女の名前はケイトリン、通称ケイト。

 24歳の猫の獣人で、俺が生まれた時から身の回りを世話をしてくれている侍女だ。

 紅色の瞳で猫の様なつり目、いつもメイド服をピシっと着こなし白髪の長髪を頭の上に纏めてお団子状にしている。

 性格は生真面目……なんだけど、自分好みの可愛い物の前だとこんな感じでキャラ崩壊してしまう。

 俺、つまりアンの見た目がケイトにとってはドストライクっぽい。

 外見は10歳の少女でも、中身は43歳のおっさんだから色々と複雑な気分だ。


「――はっ! この可愛らしさを残しておかないと! お嬢様、しばしお待ちください。今すぐ絵師を呼んでまいります」


「えっ絵師!? いやいや、そこまでしなくても!」


 これが冗談じゃなくて、本気なのがケイトの怖いところだ。


「しかし!」


「アン~! ケイト~! 船に乗り遅れるわよ!」


 屋敷の外で母親のジュリーが呼んでいる。

 ナイスタイミングだ。


「は~い! 今行きます! ほらケイト、急ぐわよ」


「あう……わかりました……」


 今日は10歳の誕生日。

 その記念として、この世界の父親マイクと母親ジュリー、執事のヨッセル、侍女のケイトと共に旅客船に乗って旅行へと行く事になった。


 そう……本来なら楽しい船旅になるはずだったが――。



「きゃあああああああああ!」


 俺達が乗っている旅客船が嵐に襲われた。

 上下左右に船が揺れ、まともに立っていられない。


「くそっ、こんな大嵐が来るとは――っ!」


「あなた!」


「っケイト! 私は旦那様と奥様を守る! お前はお嬢様を!」


「はいっ!」


 ぐおおお! ジェットコースターより揺れが激しい!

 頼む! 早くこの嵐から抜けてくれ!

 そう願っていると船が大きく傾き、そのせいで俺はバランスを崩してしまい客室から廊下へと放り出されてしまった。


「――きゃっ! ……いたた……」


 思いっ切りお尻を打ってしまった。


「お嬢様! 大丈夫ですか!」


 ケイトがすぐさま俺の元へと駆け寄って来た。

 その直後、雷が落ちたような激しい爆発音がして、大量の海水が勢いよく船の中へと流れ込んで来た。


「水!?」


「――っ! お嬢様!」


 ケイトが俺を庇う様に身を寄せてきたが、流れ込んで来た海水にのみ込まれてあっという間に俺達は流されてしまった。

 激しい水の流れに体がグルグルと回り上下もわからない。

 息継ぎもまともに出来ず、小さな体では到底耐えきれずに気を失ってしまった。




 混濁する意識の中、ぼんやりと意識が戻って来た。


「――――ま!」


 遠くの方から声が聞こえる。


「―――様!」


 この声は……ケイト?


「お嬢様!」


「……うっ……」


「お嬢様!! ああ、良かった……お目覚めになりましたか」


 うっすらと目を開けると、安堵の表情をしたケイトの顔があった。

 俺は生きてるのか……?

 良くあの状況で助かったな。


「……っ」


 俺は鈍痛がする頭を抑えながら、ゆっくりと上半身を起こした。


「お嬢様、ご無理はなさらずに」


「大丈夫よ……それより……」


 白い砂浜、一面には青い空と青い海が広がっていた。


「……ここは……どこ……?」


 まったく見覚えがない場所だ。


「わかりません。木の板にしがみついて、流れ着いたのがここでして……」


「……そう」


 船に乗っていたみんなの安否も気になるが、今は俺達がどこにいるのか把握しなければ。

 視界に入る範囲で港や村は無い。

 海の反対側には森、その奥には頂上に大きな木が1本生えている山。

 となれば……。


「ケイト、あの山に登りましょう。頂上からなら、ここが何処なのかわかるかもしれないわ」


 山登りはしたくないけど、文句は言っていられない。


「はい、そうですね」


 俺達はさっそく山を登る為に、森の中へと入って行った。




「はあ~……はあ~……」


 山の手前まで歩いただけで息切れ。

 自分で言うのもなんだが、体力がなさ過ぎるぞ。


「お嬢様、大丈夫ですか? おぶりましょうか?」


 うーん、そうしてもらおう。

 このままだと山を登るのに相当時間がかかってしまう。


「ごめん、お願いできる?」


「――はいっ! お任せて下さい!!」


 俺は疲れ切った体をケイトの背中に預けた。

 やたら元気なケイトは、あっという間に頂上付近まで登った。

 楽させてもらってなんか申し訳ないな。


「お嬢様! 頂上に着き……」


 頂上に着くと、ケイトが急に黙ってしまった。


「? どうかし……」


 身を乗り出し、目の前に広がる光景に俺も絶句してしまった。

 360度、何処を見ても青い空と青い海が広がっていたからだ。

 どこを見ても、港や村どころか人が住んでいるような形跡も全く見当たらない。

 間違いなく未開で人がいない島。

 つまり――。


「……ここ……無人島……なのか……?」

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