第36話

 前回のように半円型の魔法防御壁を作りその中へネーポムクと二人で入りました。勿論攻撃が反射しない吸収型の壁にしてあります。

 

「何年ぶりかの?挑戦というものは幾つになっても気持が高まるわ」

 

 ネーポムクの体から濃い魔力を練り上げる気配がゆらりとたちのぼります。

 ……ふむ、前より少し壁を強化しておきましょう。

 

「行くぞ!」

「いつでも」

 

 言うなりネーポムクが火魔法を打ち出しました。

 

「"んかっ"!!」

 

 ……あぁ……煉獄れんごく爆炎禍ばくえんかですね。縮めるとちょっと何言ってんのかわからなくなります。

 ネーポムクの略式詠唱と共に打ち出された上級火魔法は、一瞬息が苦しくなるほどの高温と熱を放ち渦巻く火炎竜巻が魔法防御壁へ突っ込んで行きました。


「どうだっ!!」

「うわっ!」


 空気が振動すると同時に熱風に煽られ顔を背けました。


「うん?」


 体制を立て直しネーポムクが攻撃した壁へ目をやりました。


「くっ……」


 隣から悔しそうな声が漏れ聞こえましたが、私の内心はほんのちょっとですが冷や汗もんでした。強度を上げていなければやられていたかもしれません。やはりネーポムクはそんじょそこらのA級では無い様です。


「いやぁ~、まだまだだな。ま、そう簡単にやられては俺の立場も無いからね、ハハッ」


 平静を装いながら魔法防御壁を解除しました。


「ちょっ、ちょっ、ちょっと!大丈夫なの!?」


 離れて見ていたエアハルトとパウラが慌てて駆け寄ってきました。エアハルトは割りと冷静でしたがパウラは理由がわからずあたふたとし私とネーポムクを交互に見ています。


「何がどうなったの?ドォーンってなってシューって消えて……」

「パウラ落ち着け、訓練しただけだ」


 エアハルトがパウラを抑えながらチラリとネーポムクの様子を窺っています。ネーポムクは項垂れていましたがふぅーっと息を吐くと静かな表情で私を見ました。


「そう簡単にいっては面白くないからの……

 さっさと片付けろ。パウラ、今日から中級魔法を使っていくぞ」


 いつものように自分は動かず私達を仕切り始め出発の準備を進めました。

 立ち直りが早いですね。




 森の中を移動し始めてかなりの日数が経った頃、ようやく刀鍛冶が居るというとある場所に辿りつきました。

 途中で何度かネーポムクに挑まれましたが、今のところ全勝し魔法防御壁は破られていませんがネーポムクとパウラの魔法は無駄が省かれ少しずつ威力が増しています。

 パウラも思っていたより覚えが良く恐らく魔力量はA級並でしょう。

 操作もかなり上手くなり、氷魔法を得意とし続いて水魔法が使えますが後はからっきしです。


「この丘を越えれば刀鍛冶がいる集落がある」

「こんな所に村があるのか?」

 

 ネーポムクの言葉にエアハルトが不思議そうに言いました。

 ジジルから一軒の家もなく森を越え荒れ地や崖を通ってここまで来ました。魔法の訓練やエアハルトのキツい体力強化訓練をするには最適でしたが人が住むには不便そうです。

 

「村というほど人は住んでおらぬ。ただ刀を打つ為だけの場所だと聞いておる」


 話しながら丘を越えると少し下だった先に数軒の粗末な小屋が見えました。あまりにぼろ過ぎてここに刀鍛冶がいるとは信じられません。

 ですがその内の一番大きな小屋の煙突からはもうもうと煙が立ち上り、人が住んでいる事がわかりました。


「野宿よりましって感じだな」

「ロータル、そういう事は言わないの」


 パウラに注意されながら、皆でそこへ近づいていきました。


 小屋に近づくと一人の若い男が薪を肩にかついでいる姿が見えました。


「そこの若いの、ここは刀鍛冶ナジブの住処で間違いないか?」


 ネーポムクが声をかけるとそいつは私達をジロジロと上から下まで観察し、一瞬パウラで時間を取りましたがエアハルトが割って入るように前に出るとチッと舌打ちして頷きました。


「そうだが、師匠の剣が使えるやつがいるようには見えないですけど、どこの遣いの方ですか?先に言っておきますが師匠は使えない方には面会も致しませんよ」


 そう言って煙突がある大きな小屋へ入っていきました。


「弟子のくせになかなかな態度だな。どこでも弟子の躾は難しいんだな」


 私がネーポムクを見てそう言うと全く聞こえないふりをされました。



「ナジブは頑固で有名だ。気に入らないと話も聞かんようだ。行くぞエアハルト、お前が肝心だ」

「俺あーゆうの好きになれない。パウラの事をジロジロと……」


 さっきの弟子の態度にムッとしたままのエアハルトがそう言うとパウラが彼の背中をバシッと叩きました。


「弟子相手に何言ってるの。アレはきっと師匠からつまらん奴は追い返せって言われてるのよ。そういう人に限って気に入られれば簡単に転がるから頑張って来なさい」


 二人の会話の焦点はちょっとズレてる気がしますがエアハルトは渋々ネーポムクと一緒に小屋へ入って行きました。

 私とパウラはその後ろからついて行き、こそっと中の様子を窺いました。

 小屋の中はもわっとした熱気がこもり奥には真っ赤な火が燃えさかる窯があり、側にはいかにも巨匠って感じの白髪のオッサンが作業しているのが見えました。


「ナジブ殿とお見受けするが間違いないか?」


 ネーポムクがそう尋ねたがオッサンは微動だにしません。


「間違い無さそうだ。エアハルト、行って来い」

「えぇー、いきなり丸投げ!?もちょっと、紹介とかないのかよ」

「儂とて噂を聞いただけで会ったことはないのだから無理だな」


 無責任な物言いでエアハルトを追い込むネーポムクに思わずプッと吹き出してしまい、またパウラに叱られました。

 だけどエアハルトはそのままナジブであろうオッサンのもとへ行き聞かれてもいないのに自己紹介を始めました。


「剣士のエアハルトといいます。今はB級ですがA級を目指しています。剣をつくるなら貴方がいいと聞いてここまで来ました」


 全く聞こえていないような態度で作業を続けるオッサンにさっき小屋の前であった弟子の男が箒を手に近づいていきました。


「師匠は忙しいので出て行ってもらえませんか?」


 愛想もクソもなく話す弟子をエアハルトが無視して話を続けます。


「貴方の作る剣を見たいのですが可能でしょうか?」

「師匠はその人物に合わせた一振りを作るんだから見本なんてない。そんな事も知らないのに邪魔しないでくれ」


 オッサンが答えず弟子が答えましたがエアハルトはそれにも見向きもしません。


「出来れば俺が剣を振るっている所を見てもらって作って欲しかったんだがこの通り折れてしまい見せられないんだ。予備は短剣で、俺が欲しいのは長剣だから……」

「いい加減にしろよ」


 弟子がそう言って追い払おうとするとエアハルトが彼の手からサッと箒を奪い取りました。


「これでも良いかな」


 箒の柄を持ち剣のように構えると突然、毎朝の鍛錬のように箒を振り始めました。


「何やってんだよ!頭おかしいんじゃないか、お前!?」


 持っているのは箒とはいえ華麗な?柄さばき?で、真剣に続けるエアハルトに、横でごちゃごちゃ文句を言っていた弟子も黙ってそれを見始めていました。


 数分後、ひと通り終えたエアハルトが箒を弟子に差し出しました。


「で、どうですか?作ってくれます?」


 弟子はムッとしてエアハルトを見ています。


「いつ気づいたんだ?」

「えーっと、今かな」


 エアハルトがニヤッと笑いました。


「なんだと…」

「だって俺を真剣に見てくれてたし、まぁ、後は何となく」


 弟子は少し黙ったまま何かを考えているようでしたが、短くため息をつきました。


「だからって作るとは限らん」

「まぁ、そうですね。俺も作ってもらうと決めたわけじゃないんで、今日は帰ります」


 あんぐりと口を開けたままの弟子を置いてエアハルトが小屋から出て行きました。






 

 

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