だって俺は猫だから
山田あとり
1-朝 行ってこい
とっくに夜が明けていた。
マンションの一室に鳴り響く電子音に俺は閉口する。毎朝毎朝うるさい。
俺は目覚ましを仕掛けた犯人を起こしに行った。
「にゃー」
「ふぅ~ん」
幸せそうにムニャるんじゃねえ。
「にゃッ!」
「やぁん、コタぁ。んふー、おいでぇ」
「むぎゃっ、ふみゃああ」
布団に引きずり込まれそうになる。俺はその腕に軽く爪を立て、逃げ出した。教育的指導だ。
「いたッ! ひどぉい、コタロウ!」
抗議されたのを無視して俺はベッドから飛び下りる。
奴は仕方なしにゴソゴソ布団から出るとカーテンを開けた。よく晴れている。
「おはよー、コタ」
「にゃ」
「あん、冷たいにゃー」
にゃーじゃねえ。しゃんとしろ。
このフニャフニャした女はマナ。人間だ。
俺か? 俺はコタロウ。こいつと暮らしている猫さ。
「うみゃあん」
「んー、ごはんねぇ。待って待って……」
マナはぼんやりと冷蔵庫を開ける。
「あ、カリカリこっちじゃなかった」
ついでに自分の納豆を取り出すと、それは置いておき俺のカリカリと水を皿に用意する。
そう、おまえは俺のしもべだからな。俺が優先だ。
「コタロウ、ごはんだよー」
食事を始めた俺をうふふ、と眺めてマナは満足そうだった。まあいつものカリカリだがヨシとする。
「いい食いっぷりだねえ。さて私も食べなきゃ。ああっ!?」
マナは炊飯器を見て悲鳴を上げた。フタを開けてみて絶望の顔になる。
「うそぉ、ごはん炊けてない! 予約ミスった? もう納豆の気分になってたのにどうしよ、冷凍は……あった! 私天才!」
マナは冷凍ごはんをレンジに突っ込んで温め始めた。
絶望したり喜んだり忙しいマナを放って俺は食べる。いちいち反応してやる気はない。
「あーでも、お弁当の分がない。今日はどこかで買って行くか……あのねコタ、私ねぇ、これでもデキる先輩で通ってるんだよ。仕事優しく教えてるし、お弁当持参するし。冷凍食品は神ね。お店のバックヤードでササッと食べなきゃだから、買いに出てる時間ないもん」
俺に言われてもわからん。マナはピーピーいったレンジからラップにくるんだごはんを出し、お手玉した。
「あちゅッ! んーもう、マナ様を攻撃するとは生意気な、そんなごはんは食べてくれようぞ!」
こいつ、黙っていられないんだろうか。寂しん坊にもほどがあるぞ。かといって俺がかまってやるのも面倒だが。
「いただきまーす……はぁ」
インスタント味噌汁を飲んだマナは、スン、と落ち着く。というかスイッチが切り替わったな、これ。
テキパキと食事をし、着替え、化粧する。たぶんこれが外で仕事している時のマナなんだろう。フニャフニャ言ってた女はどこ行った。味噌汁で眠らせたのか? わけがわからない。
だって俺は猫だ。
いつだって猫だ。
カリカリを食べても缶詰めを食べても変わらない。
「行ってくるね、コタロウ。いい子でお留守番しててよ?」
「うにゃー」
俺はひと鳴きこたえた。
マナが俺をなでようとする手をすり抜けて部屋の中に戻る。独りにしろという態度を取ると、マナは安心して俺を置いて出かけていくからな。
それでいい。おまえはちゃんと俺のカリカリと猫缶を稼いでこい。俺はのんびり昼寝でもしてる。
だって、俺は猫だからな。
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