02-10.「お前のせいで台無しだ」と言ってやりたい

「……うん、そうだよ、ゆーちゃんは死んじゃった……」


 仲の良い姉弟だった。


 似た者同士の姉弟だった。


「それなら、あなたは誰なの?」


「俺はダニエル・ベッセルだ」


 会話が成立している。


 それが異常な空間であることを目の前にいる姉は、理解をしていない。


「そっかぁ。……お姉ちゃんは、ダニエルか、アーデルハイトが、ゆーちゃんじゃないかなって、思ってたの。あはは、さすがお姉ちゃんでしょ?」


「あぁ、よくわかったな」


「うん、泣き虫な弟を一人では居させたくなかったもん」


「そっか。俺の為か」


 会話が噛み合っていない。


 それでもダニエルは彼女から目を反らさなかった。


「うん、うん、そうだよ、ゆーちゃん。ゆーちゃんの為になら、なんでも、できるよ……。ゆーちゃん、ごめんね、お姉ちゃんが動けたら、庇えたら、よかったのに」


 姉は後悔し続けているのだろう。


 偶然、目の前で弟の命を奪われてしまった。


 弟を庇うことができなかったのは、仕方がないことだ。


 目の前で起きた事件ではあったが、手の届く距離ではなかった。


 それでも、姉は自分自身を責め続けるのだろう。


「ゆーちゃんじゃなくて、お姉ちゃんが死んじゃえばよかったのにね……」


 生気の感じられない声だった。


 その言葉にダニエルは目を見開いた。


 前世の記憶を遡っても、姉がそのような言葉を口にするのは想像することができない。


 憔悴しきった表情を見せる姉は弟の死を目の当たりにしたことにより、心を病んでしまったのだろうか。


「ふざけんなよ」


 一緒に泣いて慰めるべきだろうか。


 そうなればよかったと同調するべきだろうか。


「そんなことを言うんじゃねえよ」


 ダニエルにはそのどちらとも選べなかった。


「俺はそんなことを望んでいない」


 心の底から湧き出してくる怒りは姉に向けたものだろうか。


 それとも、取り残された家族に向けたものか。


「誰の死も望まない。悔やんでくれとも、泣いてくれとも言ってないだろ」


 もしかしたら、刺殺された前世の自分自身へと向けられたものなのかもしれない。


 それすらもわからなかった。


「なんで無関係なアンタが自分自身を責めるんだよ。俺の死はアンタのせいじゃねえだろ!」


 ダニエルの言葉は姉に伝わったのだろうか。


 涙を流す姉の表情に僅かな変化が現れつつあった。


「だから、もう止めてくれ」


 なぜ、異世界の聖女と呼ばれる存在になっているのだろうか。


 姉はその自覚があるのだろうか。


 それとも、これは都合の良い夢なのだろうか。


「俺は幸せだ。彼奴と一緒ならそれでいい。周りがなんと言おうと幸せだよ。これは俺が選んだことだ。前世とか今世とか、転生とか、そういうものは関係ない。フェリクスのことが好きになった、ただ、それだけの話なんだ」


 姉にはその言葉が通じたのだろうか。


 泣き続けている彼女がなにを考えているのか、わからなかった。



「……ゆーちゃんは、幸せなの?」


「好きな奴と一緒に居るんだ、幸せに決まってるだろ」


「そっかぁ……」


 姉は落としてしまった機械を拾う。


 そして、視線をゲームに向けた。


「ごめんね、ゆーちゃん」


 涙が姉の手の上に落ちる。


 涙が止まらない。


 悲しみの中にいる彼女は正気を失ったままだ。


「ごめんね」


 謝ること以外は忘れてしまったのだろうか。


 自分自身を責め続け、心を壊してしまったのかもしれない。


「……謝るなよ。そんなことをしてほしいとは言っていないだろ」


「うん、うん、そういうと思ったよ」


「わかっているなら、どうして謝るんだ」


 その痛々しい姿を見ていられなかった。


 ダニエルは理解ができないと言わんばかりの声をあげる。


 それに対し、彼女は涙を流しながら応えるだけだ。


「だって、お姉ちゃんはダニエルのお願いを叶えてあげられないから」


 今、この場所にいるのが弟ではなくダニエルであると認識をしていたのだろうか。


「ごめんね、ダニエル。でも、お姉ちゃんはゆーちゃんの生まれ変わりだって覚えておくから」


 姉の言葉にダニエルは黙ってしまった。


「だから、ダニエルが不幸にならないように頑張るから。だから、ごめんね……」


 なぜ、謝るのだろうか。


 ダニエルは問いかけようとしたが、上手く、声が出なかった。


 ……目が覚めてしまう。


 夢が終わってしまう。


「もう、二度と、弟を殺されたくないの……」


 そうすれば、異世界の聖女として暗躍をする姉の行動を止めることはできなくなってしまう。


 それはダニエルの望むことではなかった。


 ……ふざけんな。


 次の言葉でこの夢は終わる。


 確信はなかった。ただ、そんな気がした。


「アンタはアンタの人生を生きろよ! 死んだ弟オレのことなんて忘れちまえよ!!」


 それならば、せめて弟としての言葉を残したかった。


 言うべき言葉は他にもあっただろう。


 ダニエルとしての意思を伝えておけば、彼らの幸せを壊すような干渉はなくなったかもしれない。


 それは頭ではわかっていた。


 夢が醒める。


 姿が薄れていくダニエルに対して姉は懸命に手を伸ばしていた。


 それに応えることはできない。


 ……もういいんだよ。


 霧島優斗は殺された。


 目の前で弟を殺された姉の心の傷は重かった。


 ……忘れてくれていいんだ。


 その手を取ることができないのならば、せめて、願ってしまう。


 ダニエルは静かに目を閉じた。


 夢が醒める前、姉が叫んだ言葉がなんだったのか。


 それだけは聞き取ることができなかった。

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