01-7.乙女ゲームのヒロインと遭遇する

「アーデルハイト、一方的な決めつけは止めるべきだ。君の物言いは他人の心を簡単に傷つけてしまう。彼女に対して謝罪をするべきだと僕は思うよ」


「殿下は平民の涙を信じると仰せになられますの?」


「もちろんだよ。民衆の為の王族だからね。彼女の意思は立派なものだ。それを一方的に否定することは誰にも許されないよ」


 ユリウスの意見は正しい。


 しかし、それは王政制度の国を率いるべき王族の意見でなければ、の話だ。


「……殿下。民の意思を尊重することと妄言に耳を傾けることは違いますわ」


「簡単に決めつけてしまうのは良くないことだと言っているのだけど。アーデルハイトには難しい話だったかな?」


 アーデルハイトは黙ってしまう。


 顔を真っ赤にして怒りを抑え込もうとしているアーデルハイトの視界には、ユリウスに守られることが当然だと言わんばかりに泣きついているクラリッサが入り込んでいる。


 それすらも憎くて仕方がないと言いたげな表情を浮かべるアーデルハイトの視線に怯えているかのように、クラリッサはユリウスの腕にしがみついた。


「見てごらん。怯えられているだろう? 謝ることができないのならば、他の席に移動をしてくれないかい?」


「なにを――!」


 ユリウスのその言葉には、ダニエルも黙っていることができなかった。


 思わず文句を言おうとしたが、フェリクスの左手に口を押さえつけられる。


「お構いなく」


 フェリクスはユリウスに話を進めるように促した。


 ……なにを考えてやがる!


 なんとか手を退かそうと抵抗をしているダニエルを抑え込み、苦しいと必死に訴えるダニエルの表情を見てもフェリクスは動じない。


「アーデルハイト、返事は?」


「同席を遠慮するべきなのは彼女でしょう。名誉ある魔法学院の入学が認められたとはいえ、平民は平民。殿下と同席をするなんて身分違いにも限度というものがございます。わたくしに対する侮辱の言葉も、本来ならば、罰に処するべきものですわ」


「そうじゃないだろ?」


「殿下の求めに対して応じるのが婚約者であるわたくしの役目ということは、重々承知しておりますわ。ですが、こればかりは応じることができません」


 アーデルハイトは静かに立ち上がる。


 それからユリウスにしがみついているクラリッサに視線を向ける。


「ベッセル公爵家は、平民生まれの聖女の存在を認めませんわ。わたくしの機嫌を損ねたことを泣いて詫びても許されないことをしたのですから、そのくらいのことは覚悟をなさっていたことでしょうね?」


「あっ、あたしは、なにも悪いことをしていないわ!」


「ご自覚がありませんの? お可哀そうに。罰が下る頃には自覚されるといいですわね」


 アーデルハイトが脅したかのようにクラリッサは震えだした。


 それに気付いたユリウスはクラリッサを慰める。


 その一連の動作すらもアーデルハイトの怒りを煽るだけだということに気付いていないのだろうか。


「……殿下。また後ほど、お会いできるのを楽しみにしておりますわ」


 アーデルハイトは背を向けて歩き始める。


 彼女の為だけに、この席を準備していたカティーナは、慌ててアーデルハイトを追いかけていった。


「むごっ」


 それが合図だったかのようにダニエルの口を塞いでいた手が外された。


「はは、変な声だなぁ」


「お前が急に離すからだろ!?」


「離してほしそうだったからなぁ」


「当たり前だろ! あーっ、くそっ。殿下、言いたいことは山のようにありますけど、今は時間がないので後にします! フェリクス、行くぞ!」


 アーデルハイトを追いかけようとするダニエルの誘いに対し、フェリクスは当然のように応じた。


「あぁ、もちろんだ」


 ダニエルよりも先に立ち上がると、フェリクスはクラリッサを見下ろした。


「フェリクス! 時間がない!」


「わかってる。ちょっと話をしていくだけだろ」


「余計なことはするなと言ってるだろ!?」


「へいへい。ダニエルはすぐ怒るなぁ」


 一人で向かおうとしないのはクラリッサとの接触を控えさせたいからだということにフェリクスは気づいていた。


 だからこそ、余裕そうな笑みを浮かべた。


「アンタたちの狙いがなにか知らねえけど、俺たちに関わってくれるなよ?」


 その言葉に対し、クラリッサは驚いたかのように目を見開いた。


 前世の記憶としての知識を持っているダニエルではなく、攻略対象の一人であるフェリクスからの牽制だった。


「フェリクス?」


「なんでもねえよ。じゃあな、ユリウス。大事なものを見失うなよ」


 一方的な話だった。


 歩き始めるとダニエルはフェリクスの腕を離す。それを待っていたかのようにフェリクスはダニエルの手を握った。


「……おい、なにをしやがる」


「手を握ってるだけだろ?」


「必要ないだろ!」


「必要だろ?」


「必要ねえよ!!」


「お前、すぐにどっか行っちまうだろ。手を繋いでねえと逃げちまいそうで嫌なんだよ」


 所謂、恋人繋ぎと呼ばれている握り方なのは意図的なものだろう。


 ダニエルはそれに気づいているからこそ、抗議の声をあげるのだが、フェリクスは手を離すつもりはないらしい。



* * *



 食堂の階段を駆け下りていく。


 先ほどアーデルハイトが走り去っていった姿を目撃した生徒も多くいたのだろう。


 彼女に続くかのようにダニエルとフェリクスが食堂を飛び出していく姿を目にした生徒たちの中では様々な憶測が流れる。


 彼らの手が繋がれていることに気付いた者も少なくはなく、ユリウスが食事をしているという理由だけで立ち入りが制限されていた二階で、何らかの問題が発生したことに勘づいている者もいることだろう。


 噂話は瞬く間に広がっていく。


 信憑性がない話は目にも止まらぬ速さで人々の間を駆け抜ける。


 ダニエルたちもそれには気づいていたものの、今、止まるわけにはいかなかった。


 ……アーデルハイトを追いかけるべきではないのだろう。


 乙女ゲームの大まかな展開しか知らない。


 頼りになるはずの前世の記憶はうろ覚えである。


 他人事のように感じてしまうのは、乙女ゲームでの登場する回数が限られていたからだろう。


 ……それだけで物語を変えるのには十分なはずだ。


 ダニエルは悪役令嬢の兄だ。


 悪役令息といってもヒロインに恋をするわけではない。

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