04-5.悪役令息だが、「愛されたい」とは言っていない!
地方で人気の劇団の特集には嬉々として読み込んでいたフェリクスだったが、次のページの特集は興味がないのか、すぐに捲ろうとしてダニエルに止められた。
「これ」
ダニエルが目に留めたのはスイーツの特集だった。
……イベントだ。
乙女ゲームには様々なイベントが存在していた。
その内の一つが攻略対象とのデートイベントである。
……イベントを邪魔するのも一つの手じゃないか?
これは週末に開催されている定期イベントの一つであり、ダニエルも前世では何度か挑戦したことがあった。
……それに、もしかしたら、フェリクスが選ばれるかもしれねえし。
大柄なフェリクスだからこそ、ダニエルを膝の間に座らせていても狭いと文句は言わないものの、異性ならばもう少し余裕ができることだろう。
ダニエルの脳裏を過った乙女ゲームの光景に眉を潜める。
乙女ゲーム通りの展開となれば、フェリクスを独占することができるのはダニエルではなくなってしまうのだろう。
攻略対象はヒロインに恋をする。
それは、この世界が乙女ゲームの世界観を取り込んでいる限り、ダニエルの前に現れ続ける危機の一つだ。
「これを食べに行こう」
「……珍しいな。ダニエル、甘いものはあまり好きじゃねえだろ」
「別に俺は食わねえし」
「なんだよ、それ。それじゃあ、意味がねえだろ」
「フェリクスは甘いものが好きだろ」
ダニエルの言葉にフェリクスは驚いた様子だった。
以前より頻繁に二人で遊びに出かけていたが、ダニエルがフェリクスを気にしたことはなかった。
「たまにはお前が好きなものに合わせてやる」
それなりに気を使っても、気づけばフェリクスがダニエルを喜ばせようと色々と計画を立てていることが多く、ダニエルもそれに甘えていた。
……気に入らねえだけだ。
自分自身に言い訳をする。
身体の関係を持っていてもなお、友人だと言い張るのは、都合の良い言葉だと自覚はしているのだろう。
いずれ、その言い訳も終わりにしなければならない時が来る。
……言い訳は山のようにあるけど。
ベッセル公爵家の当主である父親からダニエルの婚約に関する出来事を一任されている兄を説得できない限りは、二人が婚約者になることはない。
……でも、そんなことも言ってる余裕がない。
なによりも、ダニエルは恐れていた。
乙女ゲームの攻略対象であるフェリクスがクラリッサに恋をした時、同性のダニエルは切り捨てられるだろう。
婚約を結んだ後、そのような事態になれば、ダニエルは冷静ではいられないだろう。
「お前がよく言ってるだろ。好きな奴の喜ぶ顔が見たいだけだって」
気が狂ってしまうだろう。
そして、嫉妬心に塗れた刃はフェリクスに向けられることだろう。
「俺はそんなことを言われても嬉しくねえからな。でも、まあ、その気持ちはわからなくもねえから」
自分自身の性格を知っているからこそ、ダニエルは前に進む決意が持てない。
度々言い争いをしていても、フェリクスを傷つけたくはなかった。
「だから、遠慮をするなよ。いいか? 俺は俺が満足する為だけに言ってるんだからな!! フェリクスの為じゃねえから! 俺の為のデートだからな!」
早口になってしまう。
言っていることが無茶苦茶な自覚はあった。
しかし、頬が赤くなるのと同じように言い訳がましい言葉が止まらない。
フェリクスの返事を待たず、次から次へと言葉を続ける。
「だから、演劇を観て、甘いものを食べて、定番のところを回って。特別に手を繋いでやってもいい!」
人前で手を繋ぐのは得意じゃない。
フェリクスと手を繋いでいる嬉しさと同時に羞恥心に襲われ、いつも、恥ずかしくて手を放してしまう。
「好きな奴の好きなことなんて、そのくらいしか知らねえし」
ダニエルは自信がなかった。
愛されている自覚はあるが、なぜ、フェリクスがダニエルを好きでいてくれているのか、理解ができない。
だからこそ、不安になるのだろう。
「お前は変態屑野郎だから、よくわかんねえことを言ってきやがるけど。デートの時くらいは特別に応えてやる。好きだからな。だから、そ、そのくらいのことは当然だろ!」
フェリクスがなにも言わないと不安になってきた。
……デートか? デート発言がいけなかったか?
友人として遊びに行くつもりだったのだろうか。
滅多なことでは本音を語らないダニエルに対し、好意を伝えてくるフェリクスではあるが、それは友情の一環のつもりだったのだろうか。
……ここまで来たら、もう、どうにでもなれ!
自棄になっていた。
自滅だと笑われても構わないと開き直る。
「だっ、だから、俺のこと、好きでいろよ。フェリクス」
声が震えていた。
不安に思っていることはフェリクスに伝わってしまっただろう。
そこまで言い切ることはできたものの、遂に目を閉じた。
……これで、遊びだったら、ぶん殴ってやる。
雑誌が片付けられる音がした。
雑な扱いだ。
音がいつもよりも大きく聞こえるのは目を閉じているからだろうか。
「……なんだよ、それ」
耳元で声がした。
思わず、肩を揺らす。
頬だけではなく、耳まで赤くなっていく。
「好きでいろって? ふざけんな、自覚がねえのもいい加減にしとけよ」
フェリクスの腕はダニエルの胸に向けられる。
優しく抱きしめる。
その言葉を待っていたようにも、不満に思っているようにも取れる動きだった。
「俺が愛してるのはダニエルだけだ。だから、愛されてる自覚を持てよ。俺がお前のことを好きじゃなくなる日なんか来ねえんだから」
耳元で囁かれる声にすら、安心感を抱く。
「ダニエルの心も体もなにもかも俺のものだろ?」
「……んっ」
「はは、それは自覚してるのかよ。可愛い奴。お前は俺のだ。誰にも渡さねえ」
フェリクスの言葉に対し、ダニエルは何度も頷いた。
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