02-1.気づいた時には手遅れだったので悪役になる
「――意味わかんねえんだけど」
アデラール魔法学院の学生寮に到着をしたダニエルは大げさなため息を零した。
学生寮は家格によって部屋の大きさが異なる。
公爵子息であるダニエルは、当然のことながら一人部屋が割り振られていたはずだった。
「なんで、お前が、俺の部屋にいるんだよ。出ていけ」
ダニエルの部屋には既に先客がいた。
長期休暇に入る前まではその先客、フェリクス・ブライトクロイツにも一人部屋が与えられていたはずだ。
ブライトクロイツ公爵家の一人息子を相部屋にしようと企む教授はいないだろう。そうなると、ダニエルの部屋に荷物を入れたのはフェリクスの意思となる。
「おい、フェリクス。無視してんじゃねえよ」
露骨に嫌そうな表情を浮かべ、わざとらしく声を低くして威嚇をするダニエルに対し、フェリクスは素知らぬ顔で紅茶を飲んでいた。
「おい。屑野郎。聞こえてるんだろ」
ここはダニエルの部屋で間違いはない。
長期休暇に入る前に部屋に置いていた荷物はそのままだ。
愛用している家具も変わっていない。
そこにフェリクスの荷物が追加されていなければ、休暇前となにも変わらなかったことだろう。
「おい、お前、なにか聞いてねえのか」
「もっ、申し訳ございません、坊ちゃま。す、すぐに確認をいたします……!!」
「は? ……おい、待て! この状況で俺を置いていくんじゃねえっ!」
ダニエルの荷物を運んできたベッセル公爵家の使用人を睨みつけるが、彼も事情を知らないらしく慌てて確認をしてくると言い残し、部屋から飛び出ていった。
「ベッセル公爵家の坊ちゃんは一人じゃなにもできねーのかよ。使用人に置いて行かれてすげえ顔してるぜ? ダニエル坊ちゃん」
ようやく口を開いたフェリクスはダニエルを挑発するような言葉を並べる。
「はあ? そんな子どもに見えるのかよ」
「子どもくらいの大きさだな。少なくとも俺よりも小さい」
「うるさい。黙れ」
彼らはギルベルト王国を支える公爵家の生まれだ。
家格が同じ者同士なのも原因の一つではあるのだろうが、好青年のように見えるフェリクスと不愛想な悪役面のダニエルはなにかと比べられてきた。
「座れよ、ダニエル。紅茶が冷めるぞ?」
「……誰がお前が入れたものなんて口にするか」
悪役面から恐れられることが多いダニエルに対して、躊躇なく喧嘩を吹っ掛けるフェリクスは正義の味方のように扱われるのが、ダニエルは不快で仕方がなかった。
「信用ねえなぁ。これから一年間、同じ部屋で過ごすのにそんな態度だと疲れるだけじゃねえの?」
「同じ部屋? 冗談だろ。ここは俺の部屋だ。お前はお前の部屋に戻れ」
ダニエルはフェリクスから少し離れたところに置いてあるソファーに座る。
意地でも彼が使っているテーブル付近には近づきたくなかったのだろう。
「意地になるなよ。可愛い顔が台無しだぞ」
「意地になってねえし、かわいくもない!」
「へえ。そう。怒った顔も可愛いな」
「俺の話を聞け! ごまかすな!!」
……冗談じゃない。
世間では好青年だと評価されているフェリクスの本性を知っている。
フェリクスは、現役騎士団長の息子であり、代々騎士団を率いてきたブライトクロイツ公爵家の嫡男だ。
少々短気なところはあるものの、それも強い正義感によるものだと言われ、学生の身分でありながらも、近い内に王太子に任命されるだろうと噂されている第一王子の側近の一人に選ばれている。
「聞いてるさ。聞いてないのはダニエルだろ?」
「なにが」
「ほら、みろ。わかってないじゃないか」
フェリクスは得意げに笑った。
なにをしても男前でかっこいいと男女ともに人気を集めているフェリクスだが、それは一面でしかないことをダニエルは嫌になるほどに知っていた。
……何をされるかわかったもんじゃねえ。
ギルベルト王国では同性婚が認められている。
それは王国だけの特例ではなく、近辺の国々はどこも異性婚だけではなく同性婚も認めており、中には異種族との婚姻も問題がないとされている国もある。
……貞操の危機だ。こいつといると絶対にやばいことになる。
ダニエルはそれに違和感を抱いたことはなかった。
生まれた時からそのような環境だったのだ。
そういうものなのだと思って育ってきた。
しかし、前世の知識を手に入れたからこそ、その理由もわかってしまう。
乙女ゲームの補正と呼ぶべきか。
ご都合主義というものがこの世界には働いているのだろうか。
誰もが違和感を抱かないように上手く世界は回っている。
……今までの俺とは違うんだよ!
ダニエルには乙女ゲームを通じてのこの世界の知識がある。
今までは回避することができず、フェリクスの思い通りになっていたことも事前に手に入れている情報を駆使すれば避けることも可能だろう。
イベントを回避することができれば、待ち構えている破滅も避けられる可能性が上がる。
「坊ちゃまああ! 確認をしてまいりましたところ、フェリクス・ブライトクロイツ公子と同室となっておりました!」
「ふざけんな! なんでそうなるんだよ!!」
「ひぃ! 申し訳ございません、坊ちゃまっ!」
「はあ!?」
大急ぎで戻ってきた使用人は飛びあがる。
恐怖で震えた表情を浮かべていることに、ダニエルは気づいていなかった。
「父上を通じて抗議をしろ。俺はフェリクスと同室なんて認めない!」
「そ、それが、旦那様も同意の上とのことでして……! ひぃっ、ぼ、坊ちゃま、風が、風が強いですっ! 魔力を抑えてくださいませええっ!」
風が吹き荒れる。
部屋に置いてある本は宙を舞い、布類は大きく波を描くように揺れている。
「はあ? ふざけんな。俺は聞いてない。同意してない。今すぐ父上に抗議をしてくる」
ダニエルの表情は険しく、ソファーから立ち上がるとすぐに部屋から出ようとした。
しかし、恐怖によるものなのだろうか。
体を震わせながらも使用人は必死に止めようと立ち塞がる。
それに痺れを切らしたのか。
ダニエルの身体からは魔力が漏れ出し、それは徐々に威力を強めていく。
「落ち着けよ、ダニエル。抗議しても無駄になるだけだぜ?」
「言ってみなければわからないだろうが」
「いやいや、無駄だって。なんせ、お前の可愛い妹ちゃんの提案だからな」
「アーデルハイトが? ……なぜ、お前がそれを知っている」
ダニエルの標的はフェリクスに変わった。
寒気がする冷たい風がフェリクスに当たる。
魔力を怯えている風に怯えることもなく、フェリクスは足を組んだ。
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