第4話 久保村君と沙織さん、そして栄様。
「沙織さん、お兄ちゃんのこと好きだったの知ってた?」
「知ってたよ。でも、久保村が沙織のこと好きなのも知ってたからなぁ」
沙織さんは、大槻の家の分家の娘で、小さい頃から仲良しのお姉さんだ。大槻の血筋らしく霊感も強く、星占いや手相見なんかが大好きだった。
叶お母さんとさおりさんのお母さんの美恵さんも仲良しだったそうだが、あまりその話はしたがらない。
「珠子ちゃんの財産線すごい、小指の付け根から生命線突き抜けて、親指の付け根まで達している。ここまで行くと遺産相続線て言って、家を継ぐ運命なの。
大槻家の跡取りだものね。久保村くんは、あら? 遺産相続先がある。三男なのに」
「よせやい、こんなもんタダの皺だよ。もっともそれが本当なら、沙織ちゃん嫁に来ない?金に苦労はさせないよ」
「本当にそうなったらね」
沙織さんはチラリとお兄ちゃんを見た。
お兄ちゃんはそっぽを向いていた。
沙織さんの恋は実らず、去年沙織さんは、三男なのにお父さんの病院を継ぐことになった久保村くんと結婚して、久保村沙織になった。
久保村病院は南の離れに引きこもっている叶お母さんが往診に来てもらっていて、何かと便宜を図ってくれる。
叶お母さんは、お兄ちゃんを産んでから鬱病になり、口の悪い人たちは南の離れを“座敷牢”と呼ぶ。珠子は叶お母さんの姿を見たことは一度もない。
だからお兄ちゃんと珠子を育てたのは、おばあちゃんの栄様だ。
栄様はとても綺麗だ。
少し体が弱いが、来年還暦だと言うのに、三十代にしか見えない。
冬になるとお兄ちゃんと三人で、よく諏訪湖の御神渡りを見に行った。
冬の結氷した湖の上を、諏訪神社上社の男神が、下社の女神の元へと渡る恋の道とも言われていて、30cmから、ときには1m以上の氷の山脈が音を立てて走る、とても綺麗で不思議な現象だ。
自然相手の事なので、いつどこでそれが起こるかなど、誰にも予測できない筈なのに、栄様は場所と時間を外したことがない。
“先読みの巫女は千に一つもハズレなし”と謳われた通りだ。
始まると、キャッキャと子供みたいに嬉しそうに笑う。
「寒いねえ」
と言って、私の手に息を吹きかけて暖めてくれる。
綺麗で優しいお兄ちゃんと玉子の自慢のママだ。
でも、政治家の人たちに神託を告げるときの、冷たくて表情のない顔は、別人のように怖い。家のしきたりを守る時の顔もそうだ。
この家をたった一人で支えている栄様に、家の者たちは誰一人逆らわない。
男たちも皆、栄様にひれ伏す。
それが権威だけでなく、栄の美しさのせいなのを珠子は知っている。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます