第50話 戦士の決着

(なんでだよ……)


 目の前で起きていることに対して、オレは心の中で呟く。


 アイツは槍でも届かない距離まで下がったから、剣じゃ攻撃なんてできない。

 強力な魔法をや飛び道具を使われたとしても、闘気盾で弾ける。

 超上級魔法が放たれたとしても、この二重の闘気盾ならば防げる。


 なのに――


(なんでオレは、斬られてるんだよ……)


 ――そう思いながら、地面に膝をついた。


 //////////////////


「クソが……」


 俺は胸の辺りを斬られ、血が流れている。


 今でも何が起きたか分からない。

 なぜあの距離から攻撃されたのか、何で攻撃されたのか、そして何より、なぜ自分の闘気盾は破られたのか。


「安心しな。殺しはしねえよ。今お前さんを殺したら、魔王組が厄介なことになるからな」


 いつの間にか近くに来ていた、獣人の男が話しかけてくる


「なんでオレは斬られたんだって顔だな?」

「……思い当たるのはある。神速の斬撃は風魔法みたいな衝撃波を放つんだろ?」

「ほう、勉強してるじゃねえか。だが、それが間違いだっていうのも分かってるみてえだな」


 そう、オレは分かっている。

 なぜなら、ただの衝撃なら闘気の盾で防げるし、なにより衝撃波では、いや、どんな攻撃だろうと、闘気の盾を『斬る』なんてできないからだ。


 闘気剣も、その派生である槍も、盾も、オレの闘気がある限りその形を維持する。

 維持できないとしたら、オレが闘気を維持できなくなるか、圧倒的な攻撃を食らって、闘気ごと消し飛ばされたのどちらか。

 今の状況は、闘気ごと消し飛ばされたに近いが、明らかに違う。


「なんで、オレの闘気が斬られたんだ……?」


 それ以上の力で消されたのではなく、斬られた。

 オレと闘気の繋がりがなくなり、斬られた盾は四散したのだ。


「なんだ。正解には辿りついてるじゃねえか」

「はっ、正解? 絶対に斬れないものを斬ったことのどこが正解なんだよ!」


「……斬れないって、誰が決めた?」

「え?」


 獣人は、つま先で座るようにてしゃがむ、オレに目線を合わせながら話していくる。


「斬るってのは、切断するってことだ。そして理論上、その物質を切断する要素を整えれば、この世で斬れないものは存在しない、違うか?」

「それは……」


 言いたいことは分かる。

 剣でいうなら、どんなに硬い物だろうと、それを斬れる剣と、切断可能な剣速で振り切れば、どんなものだろうと両断できる。

 闘気だって、闘気を斬ることができる剣、もしくはそういう技が存在すれば、剣というもので斬れないものはない。


「だが、全てを斬る要素を整えるなんてできやしねえ! だから、斬れないものは斬れねえんだよ!」

「ま、そう考えるわな」


 獣人はオレの言葉を聞き、けらけらと笑い出す。

 そして、真顔になってオレにこう聞いた。


「……もう一度聞くぜ? ミスリルの塊だろうが、この世界の守護者である精霊だろうが、斬れないって誰が決めた?」

「誰が決めたとかじゃねえ! これはただの常識だ! できるわけねぇんだよ!」


「そう、できるわけがねえ。でもな、それでも全てを……世界を守護する精霊すらも、その精霊を従えている奴ですら苦戦する奴を斬れって言われたら、お前はどうする?」


 この獣人が何を言っているか分からなかった。

 いや、言葉は理解している。

 ただ、同じ言葉を使っているはずなのに意味が分からない。

 完全に認識がずれている。


「……斬るしかねえんだよ。火も、水も、風も、土も、光も、そして魔王も……その存在ごとな」

「存在ごと……斬る……?」


「俺がやったのはそれだ。理論的には、魔王が使っていた空間の操作を、剣術で再現するとってことらしい。空間そのものを斬る……魔王の必殺技みてえなもんだから、魔王だって斬れるだろうってな」


 つまり、こいつはオレとの間の空間そのものを斬った。

 だから、闘気の盾は圧倒的な力をぶつけられた消滅したのではなく、斬れた空間に存在していたから、闘気の盾も空間と一緒に斬られたのだ。


「そんなこと……できるわけが……」

「ああ。できなかったよ。魔王の代の族長が、魔王を斬るにはこれしかないって理論だけ一族に伝えて、後の世代はこれができるように鍛練したが、誰も会得できなかった。もちろん俺も、訓練で一度も成功したことなかったし、だからこそ実戦でも使ったことがなかった」


 立ち上がりながら、獣人は続ける。


「だが、お前さんに勝つには、これを成功させるしかねえと思ってな。やってみたらなんとかできたってわけだ。もう一度言う。誇っていいぜ、聖戦士トール。お前は魔狼帝が認める戦士だぜ」


 そして、そのまま立ち去っていく。


「くそ……待てよ……!」

「いいぜ、その顔。せいぜい、俺の強さを仲間たちに宣伝しといてくれ。オレがいる限り、うちらの大将には指一本触れられないってな」


 そう言いながら、獣人の男は去っていった。


 ////////////////


 トールたちの戦いの場から少し離れた場所。

 そこでは、ユーリとヴラムが対峙していた。

 いや、対峙していたというより……


「……そろそろ、やめません?」

「……なぜです?」


 ユーリの攻撃によって、ヴラムが地面に倒れていた。


「あなた、吸血鬼ですよね? 申し訳ないですが、戦いの相性が悪すぎます」


 ユーリが右手を掲げると、ユーリは光の柱に包まれる。

 そして、光の柱が放つ光によって、ヴラムが放った蝙蝠たちが、纏めて消滅していく。


「吸血鬼は神聖魔法に弱い。もしかしたら、私が女性だから、吸血鬼の魅了魔法が効くかと思ったのかもしれませんが、私は生まれつきの聖女の祝福により、その手の魔法は一切効きません」


 そしてユーリが、杖を下ろしながら言い放つ。


「……つまり、貴方が勝てる要素はひとつもないんです」


 この言葉に偽りはない。

 吸血鬼と聖職者……ヴラムとユーリの相性はとにかく悪い。


「……」


 ふたりの間に流れる沈黙。


「……ふふっ。ふはは……あははははははは!」


 だが、その沈黙はヴラムの笑いによってかき消された。


「ああ、安心してください、気がふれたわけではないですから」


 そう言いながら、ヴラムは立ち上がる。


「貴女の言う通りでしょうねぇ。はっきり言って、この戦いは相性が悪い。私の能力は全て、神聖なる光の前に消え去るでしょう」


 神聖なる光によって、蝙蝠たちが消滅させられた場所を見ながらヴラムは話す。


「……でもね、だから私は貴女を戦う相手に選んだんですよ」

「どういう意味です?」

「ひとつは、戦い……いえ、殺し合いの感を取り戻すには、苦戦するぐらいな敵と戦うのが手っ取り早いこと。そしてもうひとつは……」


 体に魔力を宿し、その目を紅く……まるで血の色のように光らせる。

 そして……


「……ただの、八つ当たりです」


 楽しそうに、本当に楽しそうに笑った。

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