閑話 色々な『これから』
町外れにある古い屋敷。
元は富豪の別邸だったそうだが、立地が悪いせいか手放したらしい。
そんな場所に何故、私が来ているかというと……
「あ、レムリア! レムリア!」
「……よくきた」
ここは今、スコールたちのアジトになっているからだ。
「ウールヴちゃん、フェンリスちゃん、こんにちは」
スコールの家族である子供たち。
なんだか私に懐いてくれていて、本当に嬉しい。
「今日もお菓子を……わわっ!」
「お菓子あと! 遊ぼ! 遊ぼ!」
「……ジュードーやろう」
「はいはい。それじゃあ、始めよっか」
一応、怪我人なので、魔法学校を一週間程休むことになった私。
本当なら屋敷でのんびりする一択なのだが、やはりスコールとヴラドには謝りたいと思い、ふたりのところに行っている。
まあ、ヴラドに会いに学校の教師寮に行ったら、「休んでいる人間が学校施設に来るのはどうなのですか? というか、療養に専念しろといったのに、何故出歩いているんですか?」と氷の微笑をされたうえに捕獲されそうになって以来ヴラドのところに行っておらず、こうやってスコールのところにしか来ていない。
しかも、スコールにはまだ謝れていないという、ヘタレな自分を思いっきり出してしまっている。
「ん、レムリア様じゃねえか。また来てるのか?」
「……前も言いましたけど、様はいらないですよ」
「ケジメってもんがあるんだよ、レムリア様」
「その主の命令でもですか?」
「残念ながら、俺は『生意気な部下』なんだよ」
むう……本当にこういうところは、意地悪だ。
というか、その理論なら私に敬語を使うべきなのでは?
まあ、絶対にしてほしくないけど。
「スコール! レムリア困らせてる!」
「……鉄拳制裁」
「はっはっはっ、がきんちょの攻撃なんざ……ごふっ!」
フェンリスちゃんの、渾身の正拳突きが炸裂する。
うん、腰の入った完璧な正拳突きだ。
「……投げだけじゃなくて、打撃まで教えてるのか?」
「教えちゃいました!」
「……教わっちゃいました」
「いや、なんで誇らしげなのかねお前らは」
「スコール! 面白い蹴りも習った! ドーマワシカイテン蹴り」
「ドーマワシ……ああ、胴回しか。なんか変な名前……あぶねぇ!」
「かわされたぁ……!」
「大丈夫ですよ、ウールブちゃん! 胴回しは奇襲技なので、スコールの構えを崩しつつ、接近もできたから成功みたいなものです! あとはそのまま組み付いて、体格差が出にくい締め技です!」
「分かった!」
「いや、それはもう熱血指導に見せかけた、殺人指導……おいやめろ、本当に落ちる」
みるみる血の気が失せるスコールが、たまらずまいったする。
その光景を見て、パァと笑顔になるウールブちゃん。
「勝った~!」
「……こういうときは……ぶいっ」
「そうだった! ぶいっ! ぶいっ!」
「うんうん、ふたりともよく出来ました♪」
格上から降参を取ったのは大きい。
私の教えたピースをしながらはしゃぐふたりを、思いっきり撫でてあげる。
「……アオイも言ってたが、あんたやっぱりいい性格してるよな」
「そうですか?」
「自覚なしが一番怖えよ……」
そう言いながら立ち上がり、手を叩くスコール。
「ほれ、お前らは向こう行ってろ。俺はレムリア様と話があるからよ」
「分かった!」
「……レムリア、またあとで」
そのまま走っていくふたりに手を振る。
うーん、本当にかわいい。
「お気に入りなら、連れて帰るかい?」
「……そうしたいって気持ちはありますけど、やっぱり家族は、一緒が一番ですよ」
私も、あの子たちぐらい……ああ、年上なんだった。
あの子ぐらいの身長のとき、みんなとずっと一緒に居たいなって思ってたから。
「それで、話ってなんですか?」
「話があるのはレムリア様だろうが。ここに来る度に、ずーと俺のことを、ちらちら見てただろうが」
「……分かっちゃってましたか」
「裏家業なめんな。戦いじゃ負けたが、そういうのは俺の方が上だ」
「えっと、それじゃあ……」
……覚悟を決めよう。
妖刀とはいえ先祖伝来の刀まで壊しちゃったし、たぶん許してくれないだろうけど、ちゃんと前に進まないと!
「ごめんなさいって言葉は、いらねえから」
「……怪我させて、刀壊してごめ……え?」
言いたかった言葉を、言う前に拒絶されて驚く。
「……たく。そんなこったろうと思ったぜ」
やれやれとばかりに、いつものように手を広げるスコール。
「まず怪我についてだが、あれはむしろ俺が喧嘩吹っ掛けただけだろうが。なんであんたが気にすんだよ」
そして、間近まで突き出された指で私を差してくる。
「それと、刀ををぶっ壊した件だが、知ってるだろうがあれは妖刀だ。使ってたら俺の命を削るんだよ。それをぶっ壊してもらったのに、なんで怒らなきゃいけねえんだよ」
そして、指を下げながらバツの悪そうに頭をかくスコール。
「ま、何が言いたいかというとだ……」
そして、真面目な顔になりながら……
「……俺の野望に巻き込んで、怪我させてすまなかった」
思いっきり頭を下げてきた。
「え、いや! スコールは全然悪くないですから! そりゃ痛かったけど、こんなの戦いなんだから当然ですよ!」
「だから、その戦いに巻き込んだのは俺だろうが! 謝罪ぐらい受け取りやがれ!」
「受け取りませんよ! 怪我だったら百歩……いや、一億歩譲って納得します! でも、刀壊しちゃったじゃないですか!」
「あれは妖刀だって言ってんだろ! あれが壊れて魔王の呪いが消えたせいなのか、最近元気で飯がうめえよ! ありがとな!」
「それは良かったです! ご飯はおいしく食べたいですからね! でも、先祖代々受け継がれた刀なんですよね! だから、ごめんなさい!」
「先祖代々だろうが、妖刀なんだよあれは! だから謝罪はいらねえ! むしろ、俺の方が悪かった!」
「いえ、私の方が悪かったです! スコールがいつもいるのって、療養中だからですよね! 治癒魔法でも完治しきれない怪我させたのは私なんですから!」
「それはレムリア様もだろうが! ていうか、怪我人なんだから屋敷で大人しくしてやがれ! あんな大怪我だったのに、普通に歩き回るな! 本当に人間かあんたは!」
「ひどっ……手足が動いて、動く意思があるなら、あとは気合でなんとかなるって教わって生きてきただけです!」
「その生き方、今すぐやめろ! 無茶ばっかりで危なっかしいんだよ、あんたは!」
「……むぅ~!」
これはもう、何を言ってもダメなやつだろう……だけど! やっぱり納得いかない!
せめて何か……あ、そうだ!
「……分かりましたよ。じゃあ、スコールが悪かったってことで、私がスコールの謝罪を受けとります」
分かったふりをして、「ようやく理解したか」みたいな顔をしているスコールを確認してから、言葉を続ける。
「でも! 許してあげません! 許してほしかったら、私のことはレムリアと呼んでください!」
「はぁ? なんでそうなるんだよ! さっきも言ったが、これはケジメで……」
「…………」
無言かつジト目で思いっきり睨みつける。
そんな目線がきいたのか、観念したとばかりの顔になるスコール。
「……分かった、分かった。今後はレムリアって呼ばせてもらうよ」
……勝った!
言葉の駆け引きで、呼び捨てを勝ち取った!
こういうやり取りで勝ったこと一度もないから、すっごく嬉しい!
「うんうん。今後はそれで……」
「……よろしくな、お嬢ちゃん♪」
あ、ずるい!
別の呼び方で逃げた!
でもどうせこれを言ったところで、「名前で呼ぶときは、様付けずに呼ぶぜ?」とか言ってくるやつだ!
だって、ニヤニヤしながらこっち見てるもの!
「……ええ! 今度ともよろしく!」
とりあえず、大人の対応をとっておく。
決して負け犬の遠吠えじゃない!
「さーて、そろそろ、うちのガキ共が、お嬢ちゃんを返せとか言ってきそうだ。あんたも目的が済んだろうし、あいつらのところに、行ってやってくれ」
そう言いながら、スコールは去ろうとするが、私は服を思いっきりつかむ。
「……おい。なんだこの手は」
「それじゃあ、一緒に行きましょうか♪」
「……お前さん、俺の話聞いてたかい?」
「聞いてましたよ。だから一緒に行くんです。子供と遊んであげるのも、家族の義務ですよ。動かない体は、気合で動かしてください!」
「……やれやれ。とんでもねぇ主をもっちまったなぁ」
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「レムリア! バイバイ!」
「……また来て」
遠くでうちのガキどもの声がする。
「……やっと帰ったか」
まさか、昼から夕方までぶっ通しで遊び続けるとは……途中で隙をみて、自分の部屋に逃げこんで良かった。
「……それにしても、うちの連中は、どんだけあいつに懐いてんだ」
ハティはもう忠犬みたいになってるし、滅多に喋らないガンドまであいつの前では笑顔を見せる。
フローズやヴァナルは、もはや新しい妹ができたぐらいの感覚で接している。
「……あれが、俺たち一族が絶対に殺すと誓った魔王を受け継いだやつとはねぇ」
そう言いながら、部屋の刀掛けのところに置いてある、柄だけになった刀をみる。
――妖刀ミスティルテイン。
柄は下半分がなくなり、残った箇所もヒビが入っており、鍔も失った刀身部分の根本には、申し訳程度に破片が残っている。
「……一族の悲願か」
そう言いながら、柄を握る。
もはやなんの力も感じず、呪いも一切感じない。
『魔王への復讐を果たせ』
幼い頃から、父に言われ続けていた。
ご先祖様がどこからか学んできた剣術、そしてこれまた、どこからか得てきた魔王の呪いは魔王自身にも通用するという情報、俺たち一族は、これを代々忘れることなく受け継がせてきた。
「……それが、こんなことになるなんてなぁ」
うちの一族をコケにした魔王へのオトシマエ。
それはするべきという気持ちは、俺の中に今もある。
「だが……」
頭の中で、主である少女を思い浮かべる。
最初に武具に認められなかった点から考えると、人格の入れ替わりが原因なのか、魔王とは違う何かになっているのだろう。
だから、俺が……俺たち一族が倒すべき存在ではない。
それは分かっているのだが……
「……あれは『魔王』だ」
戦ってみて分かった。
あの威圧感、そして攻撃には、恐怖を感じた。
相性的に有利だったという心理的余裕があったとはいえ、魔族最強のヴラムとやりあうことになっても平常心だった自分が、あの目で睨まれた途端に震えたのだ。
「……いつか、戦うことになるのかねぇ」
そんなことを思いながら、溜息交じりに呟く。
そこに、元気な声が響いてくる。
「スコール! ご飯! ご飯!」
「……5分……1分……5秒以内に来ないとなくなる。なくなった、げふっ」
「なくすな! 少しは残しとけ!」
ガキどもの声に応えながら、柄を置く。
「……そんな日が来ないことを祈ってるぜ、レムリア」
そう言いながら、俺は食卓へと足を向けた。
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