自分

それから30分ほど歩いただろうか。

やがて川沿いの土手に着くと、適当な場所に持参したビニールシートを敷いた。

私もちょこんと先生の隣に座る。

私たちの前を通るカップルがほぼ漏れなく私を二度見していく。

それは自惚れを排除して見てみても明らかに分かるほどの「羨望」の色があった。

まぁ特に驚くには当たらない。

メイクも髪飾りも浴衣も入念に準備したんだから。

先生のために。

「しかし、日高はすごいな」

「何がです?」

「さっきから、道行くカップルがみんなお前を見てるぞ。ちょっとしたアイドル並じゃ無いか?」

そう冗談っぽく言うと、照れくさそうな笑顔を向けてくる。

アイドル。

まあ確かに周囲の女子を見ても負けてる気はしない。

でも、今の私は全てあなただけのもの。

男子何人がどんな目を向けてもそんな物はただの確認のための道具でしか無い。

あなたにふさわしいかどうかを確認するための。

「でも良かった」

「え?」

「いや、一時期元気なかっただろ?学校でも壁を作っていたように見えたし。でも最近は吹っ切れたように明るくなってたから。以前のお前に戻ったなぁって」

「それはあなたのお陰です」

「僕の?」

「はい。先生が私を受け入れてくださったから。だから居場所が出来たんです。ありのままの私。先生の言ってた『少しでも好きになれる方の私』の居る場所を」

「そうか・・・僕が」

「はい。今までは人の迷惑にならないようにするには。とか、人に受け入れてもらえるにはどうすれば、ばかりだったんです。それで苦しくなっちゃって。でも、先生のあの言葉でパッと目の前が明るくなって。夜から昼になったくらいに。だから、私には先生が必要なんです」

その言葉に先生は軽く笑った。

「そんな事無いよ」

「え?」

「そんな事は無い。鈴村は賢い子だ。周囲を夢中にさせる魅力もある。だから今の鈴村は僕がいなくても・・・」

「嫌!」

自分でも驚くくらいの鋭い声が出た。

近くのカップルも驚いたのかこちらに視線を向けた。

「鈴村・・・」

「嫌です。さっきも言いました。私には先生が必要なんです。先生の場所に居る私が『好きになれる私』なんです。あなたがいれば私は私で居られる。でもあなたが居なかったらまた元に戻っちゃう」

「今はそうかも知れない。でも、君は親友もいるし慕ってくれるクラスメイトも多い」

「私の何が分かるんです?何で決めつけちゃうんです?そんなの嫌だ。私を見てください。私、あなたの周りの誰よりも可愛いです。もっと可愛くなれます。どうして欲しいか教えてくれれば全部答えられます。どんな女の子になって欲しいです?」

先生は黙って私の顔を見ている。

私、何言ってんだろう。

せっかくの花火大会なのに。

でも、止まらなかった。

言葉を押さえられなかった。

「清水先生よりも可愛くなります」

言葉が震えていた。

気がつくと冷や汗をじっとりとかいていた。

今すぐ無理矢理にでもキスしてしまいたい。

そうすればあなたの物にしてもらえますか?

先生は何も言わずに・・・私に身を寄せた。

驚いて身をすくめた私に先生は言った。

「ゴメン、そうだったな。この前、あんなに勇気を振り絞って話してくれたのに、無神経な事を言った。でもな、鈴村。お前はどうなりたいんだ?僕の望む鈴村昭乃じゃなく、鈴村昭乃自身はどんな鈴村昭乃でありたい?それを見つけるのも一つだよ。時間をかけて」

どんな自分に。

少し考えてみたけど全然浮かびそうにない。

私は、あなたに受け入れて欲しい。

いつでも私を包み込んで欲しい。

それが叶う自分でありたい。

だって、自分の姿なんて色んな物に埋もれちゃってとっくに見えなくなってるんだから。

小さい頃の私にはきっと見えてたんだろうな。

でも、今は分からない。

先生がそんな答えを望んでいるわけじゃ無いんだろう、と言うのは何となく分かる。

どうすればいいんだろう。

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