浴衣
そう、私は沢山間違っている。
きっと産まれたときからずっと。
でも、先生と居ると自分が・・・上手く言えないけど「光の方に居る」と思える。
自分に不安になっても、自分の姿が見えなくなっても、先生に笑いかけてもらえれば。先生の言葉を聞いていれば。それで私は正しい方に居ると思える。
私で居ることが出来る。
それは今まで張り詰めて張り詰めてプツンと切れそうなほどだった糸が、キュッと緩むようにも思えて、たまらなく気持ちいい。
もっと。もっと。
先生の目に映る人が私だけだったら、もっとずっと気持ちよくなれるんじゃないかな?
そんな気がする。
そう思いながら、自分の手で体を優しく撫でる。
首元を、胸を、腕を、お腹を。
ドア一枚隔てた所にあの人がいる。
そして他に誰も居ない。
その事実に脳の奥が痺れるような妙な心地になった所でハッと我に返った。
(私。何を・・・)
慌てて頭を切り替えホッと吐息をつくと、ゆっくり浴衣を出して身にまとう。
鮮やかな赤に紫や黄色や藍色などの様々な色の花があしらわれている。
そして、同じくいくつもの花を封じ込めたようなガラス玉と蛍をデザインしたガラス玉を使ったかんざし。
それをウィッグを付けた髪に差し込む。
その後、念入りに化粧を施す。
非日常としか思えない状況に対する興奮状態のせいなんだろうか。
集中力がおかしなくらいに高まっていて、自分でも惚れ惚れするくらい上手く化粧が出来た。全て終わって鏡に改めて全身を映す。
そこに写る自分に思わず見入ってしまった。
それほどの別人が映っていた。
私は胸の高鳴りを抑えきれずにその勢いのままドアを開けた。
「お待たせしました」
その言葉に振り向いた先生は、一瞬ギョッとしてその後・・・気のせいじゃ無い。間違いなく私に見とれていた。
それを見て私が感じていたのは満足感でも高揚感でも感激でも無かった。
例えるなら征服感だった。
私は片手を口に当てると軽く笑いながら言った。
「ふふっ、どうしたんです山辺さん。じっと見られると恥ずかしいです」
「あ、ああ。ゴメン。浴衣ってすごいね。着るだけでエラく変わるなぁ、と思って」
先生が慌ててごまかそうとしている。
そんなに慌てなくても大丈夫。
ちゃんと分かってるから。
可愛いと思ってくれてるんだよね?
魅力的だと思ってくれてるんだよね?
知ってるよ。
車の中で私の胸を見ていたこと。
そんな事を考えていると心地よくときめく。
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