匂い
そして当日。
両親には友達と花火を見に行ってくる、と話し家を出た。
服装は白のシャツとカーキ色のベスト。下は紺のパンツ。そしてキャップと言う物。
男の自分としても精一杯のお洒落をしたつもりだけど、本番は浴衣。
これを先生に見てもらいたい。
私にとって一世一代の勝負に感じている。
コンビニで浴衣と化粧ポーチを入れたバッグを提げて先生を待つ。
気がはやりすぎて30分も前に着いてしまった。
先生を待っている間が長くて長くてどうしようかと思った。
浴衣を確認したいけどそれも出来ないし、音楽を聴いてたけど好きな音楽のはずが耳を素通りしてしまう。
そのため、カーペンターズの「雨の日と月曜日は」をずっと繰り返した。
この曲を聴くと先生の好きな物を共有できている実感がして気持ちいい。
それに先生にCDを借りて何度も聞いているうち、段々カレンの歌声が心地よく聞こえてきていたのもあるし。
女の子は彼氏の色に染まる、と聞いたことがあるけどつくづく実感する。
まぁ、まだ彼女にはなってないんだけど。
先生との花火大会と言うイベントに似合わない、物憂げなメロディと歌声でドキドキを沈めていると、駐車場に先生の水色のアルトが停まるのが見えた。
ついに・・・きた!
分かっては居たけど、心臓が早鐘のように鳴る。
動揺を悟られないように、興味も無いヘアゴムやブラシをボンヤリと見ているふりをする。
そして先生が店内に入ってくるのを視界の端で捉えたが、あえて気づかないフリをした。
何を「冷静ですよ」みたいなマウント取ろうとしてるんだろ、わたし。
緊張で訳分からなくなってる?
先生はジーパンと白のTシャツと言ったかなりラフな格好だ。
本当はもうちょっとお洒落をして来て欲しかったので、内心ションボリしたけど贅沢は言えない。
先生は私にすぐ近づくと笑顔で声をかけてくる。
「日高。待たせたな」
ああ、そうか。今日は先生にとって私「日高亜季」だったんだっけ。
まさかこの時点から設定始まりとは、本当に真面目な人だ。
了解、では私も。
「あ、山辺さん。良かった。私も少し前に来たところで」
「そうか。待たせて無くて良かった。じゃあ行こうか」
「はい」
あ、緊張で声が少し裏返った。
ってか「山辺さん」って・・・嘘でしょ、ってくらいに嬉しくなる。
まるで彼氏だ。
先生はどんな感じなんだろうと思い顔を見るが、特に変わりは無い。
何でも無いように見せてるのか、本当に平然としているのか。
気になるけど確認する術は無い。
でも、最初はションボリしたラフな服装もよく見たら男性的で、これはこれでドキドキする。特に学校でのスーツ姿や公園でのジョギングウェア姿だと優男っぽく見えるので尚更だった。ああ、何か足取りまで不自然にギクシャクしちゃう。
久々に先生の車に乗るのもドキドキに拍車をかける・・・はずが。
あれ?
私は驚いて思わず車内を見回した。
「どうした?日高?」
「あ・・・えっと・・・この匂いは」
先生の車内に女性物の香水の匂いがしたのだ。
私にとってそれは「香り」でなく「匂い」だった。
「ごめん、あまり好きじゃ無かったかな?昨日、学校で仕事があってその帰りに清水先生を乗せたから。あの人結構香水強いんだよね」
照れくさそうに、そしてどこか嬉しそうに話す先生を見て、先ほどまでの甘いドキドキ感が文字通り急激に冷えてくるのを感じた。
さっきまで私と話してたときは平然とした顔してたくせに。
「あの人・・・車持ってましたよね?」
「うん、でも昨日は調子悪かったみたいでバスで来てたらしいんだ」
「それでバスで帰ってもらわずお車に乗せたんですね。先生、本当にお優しい」
「いやいや、そんな事無いよ。からかうなって鈴村」
笑いながら言う先生にたまらなくイラッとした。
「私、今日は日高亜季じゃなかったです?聞き間違い?」
「あ、しまった。ゴメンゴメン」
「後、ごめんなさい。私、この香水の匂い駄目なんです。ちょっとコンビニ戻っても良いです?」
そう言うと先生の返事を待たずにコンビニに戻ると、消臭スプレーを買ってきた。
「やっぱりそうか。ゴメン!気づかなくて」
「お気になさらず。じゃあ失礼してもいいです?」
先生の了承を受け数回車内に吹き付けた。
するとたちまち「匂い」が消えた。
それと共に、少しだけイライラも収まった気がする。
でも、まだスッキリしない。
ああ、せっかくの花火大会なのに。
すると今度は先生が、コンビニに戻りたいと言いだした。
やがて戻ってきた先生は私にレモンティーのペットボトルを渡した。
「日高、レモンティー好きって言ってたよね?嫌な思いさせたお詫びに」
そう言うと先生は私の頭をポンポンと二度ほど軽く触れてくれた。
「日高、その格好似合ってるな。格好良くて可愛い感じで日高の良さがすごく出てるよ」
その行為と言葉に私はカッと顔が熱くなりながら先生を見ると・・・じつに暖かそうなお日様みたいな笑顔をしていた。
それに釣られるように私も笑顔になる。
そうだ。この人は悪くない。
清水先生は帰りが一緒だっただけの存在。
私は今からデートなのだ。一緒に花火大会に行くんだ。
「じゃあ行こうか」
「はい」
私はニッコリと笑いながら頷いた。
その返事と共に車がゆっくりと動き出した。
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