第35話 『東京見物と修一の決意』
2024年11月12日(12:00) 東京 新宿
修一はどこにでもいる考古学者だ。
もっとも考古学者に免許がいるわけでもなく、名乗れば誰でも考古学者になり得るし、その
修一はそのどれもが芳しくはない。
弥生時代から現代にタイムスリップした壱与を発見し、自身も弥生時代に飛ばされて当時を経験し、今また一度は弥生時代に飛ばされた教え子たちと現代に戻って生活している。
以前とはまったく環境が変わってしまったのだが、だからといってタイムワープや一人だけ若返った疑問が解けたわけでもない。修一は物理学者ではないのだ。
いわゆる理論物理学者でも宇宙物理学者でも、なんでもない。
だから考えてもわからないことに労力を費やすのは止めたのだ。
それは頭の良い学者に任せ、自分はもしもの時の準備をしようと考えた。
そう考えながら、修一は紅葉した
「昔からある木なんですけど、今は専門の人が定期的に手入れをしているんです。病気にならないように薬をまいたり、枝を切ったり」
「なるほど」
と壱与がうなずいた。
「だから
美保と咲耶の説明に、壱与とイツヒメは感心しているが、イサクは周囲を警戒している。新宿御苑が緑豊かで都会の
SPROを出て徒歩5分の新宿駅から電車に乗り、丸ノ内線で新宿御苑駅に着いた。そこから徒歩で5分強で新宿御苑である。イサクは常に気を張って壱与を警護している。
修一はもう一度弥生時代に飛ばされることがあるなら、現代の技術や知識を持って行けるはずだと考え、いくつか考えつくものをメモにして控えている。
スマートフォンを取り出してメモ帳を開く。
『準備リスト』
・携帯できる医療品(抗生物質、消毒薬など)
・種子(改良品種の野菜、穀物)
・基本的な工具セット
・太陽光充電器
・防水の資料(農業技術、医療、工作の手引き)
・携帯できる浄水器……。
「先生、何をメモしてるんですか?」
槍太(そうた)が覗き込んできた。
「ああ、ちょっとした準備というか……もしまた弥生時代に行くことになったら、今度は困らないようにね」
「確かに前回は大変でしたよね」
「そう、だから今のうちに」
修一が空を見上げスマートフォンをポケットに入れると、澄み切った青空に薄雲が流れていくのがわかる。
「みんな、お昼にしよう」
並木道の先を見ながら比古那が声を上げると、美保がスマートフォンの時計を確認して笑顔を見せる。
「そうね、もうこんな時間だもんね。御苑から出て、外で食べない?」
「通り沿いにいろいろ店があるみたいだよ」
咲耶は周囲を見渡しながら、地図アプリを指さした。その言葉に壱与は木漏れ日の下でうなずく。
「この時代の食事、どんな味なのか楽しみじゃ」
「さーって、いくつかあるみたいだけど、和洋中どれがいいかな?」
咲耶が悩んで全員の顔を見ながら確認している。
「和洋中とはなんじゃ?」
イツヒメが聞いてきたので修一が説明を始める。
「和は日本の……弥馬壱国の2千年後の食事、洋は西洋……ええっと、中土(古代中国の呼び名)よりもっと西の国々の食事、中は中土の今の食事のことだよ。現代の日本には、その3つの食事が日常的にあるんだ」
イツヒメは目を丸くして壱与を見上げる。
「そういえば、中土の食事(チャーハンセット)を博多でお召し上がりになった時、とても珍しく、美味だとおっしゃっていましたね」
「ええ。初めて口にする味であった」
壱与の言葉にイサクもうなずきながら、周囲への警戒を緩めない。
「私もぜひ一度、試してみたいです」
イツヒメの興味深そうな様子に、咲耶が手を叩く。
「それじゃあ、中華料理に決まりだね。コレみて。良さげな店を見つけたよ」
スマートフォンを見せながら咲耶が説明すると、美保と比古那も賛同の声を上げた。博多で食べた、というのは一般的な中華食堂のチャーハンセットだったが、どうやら今回は結構な値段の店のようだ。
「値段は気にすることないって言いましたよね? 杉さん」
杉さん、とは修一達10名を警護する特殊作戦部のチーム長だ。まだ20代だが独特のすごみがある。修羅場をくぐってきたのだろうか。
「カードの予算内であれば問題ありません。気兼ねなく使ってください」
咲耶の指摘に槍太が首を傾げる。
「高級店より、駅前の普通の中華料理店の方が初めての人には……」
その言葉を遮るように尊がスマートフォンを見せる。
「ここなら間違いないよ。料理長が台湾で修行した人で」
「中土の料理は様々な種類があるのだろうか」
壱与の問いに、美保が説明を始める。
「北京と広東と四川と、それぞれ全然違うよ。辛さも味付けも。台湾もまた独特で」
比古那が地図アプリを操作しながら距離を確認する。
「新宿御苑前から歩いて7分くらいかな」
道中の警護を意識してイサクが壱与の側に立つ。
「壱与様、吾がお守りいたします」
「ありがとう。でも、あまり目立たぬように」
高級中華料理店に到着した一行であったが、10人では個室が確保できないことが分かり、
外観はさほど立派ではないものの、店内からは活気のある声が漏れ聞こえてくる。
「こっちの方が落ち着けそうだね」
尊が店の様子を窓越しに確認しながら言うと、イサクも防衛的な姿勢を緩めた。
「中に入りましょう」
杉主任が先頭を切って店のドアを開ける。瞬間、中華鍋の音と炎の匂いが漂ってきた。
「あの炎の扱い方、まるで技のようですね」
「これが大衆中華の
美保が笑顔で大きなテーブルに案内しながら説明した。
それぞれに注文をして腹を満たした10人は、壱与達3人が慣れてきた事もあり、東京を案内することになる。というか全員(修一以外)が東京は初めてであった。
次回 第36話 (仮)『文明の利器と弥生時代』
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