第20話 『お前は誰だ』 

 正元二年十一月九日(255/12/9⇔2024年6月16日20:00)


 弥馬壱国の宮処(都)である方保田東原かとうだひがしばるに到着した6名は、その規模にまず驚かされた。


 現代の整えられた住宅地とは全く違うが、数多くの竪穴たてあな式住居が建ち並び、2~3軒ごとに高床式の倉庫がある。おそらくその世帯の収穫したものが、共同で保管されているんだろう。


 そして何より、この宮処以外にも規模の小さい集落が無数にあったのだ。宮処はほりで覆われて、簡易ながらも丸太で作られた柵が設けられている。


 中心には宮殿があり、ひときわ広い道がまっすぐに門まで続いている。この全体の戸数は数え切れないが、100や200でない事は一目見て分かったのだ。


「な、なんだこれ……。吉野ヶ里の何倍もあるじゃないか……」


 昨日尊が発した第一声がこれである。ヒコナも槍太も咲耶も美保も千尋も、全員が吉野ヶ里遺跡をイメージしていたが、その数倍の規模の集落、いや都市であった。


 吉野ヶ里遺跡を中心とした都市は、周辺の集落を入れておよそ5~6千人の規模であったと推測されているが、この宮処はその倍以上の人口があるのではないか? そう感じさせる光景である。


 周囲には生活の営みがあり、土器を作る音や機織りの音、子供たちの遊ぶ声。それらが遠くからでも聞こえてくる。





『明日、女王と謁見する』





 そう筆談で知らされた尊はその事を全員に伝え、いよいよ『同じ服の者』である修一に再会できるのだ、と実感していた。一人は安心からぐっすり眠り、一人は興奮から眠れなかったなど、皆それぞれの前夜を過ごしたのだ。


 朝食の時間となり、全員分の食事が運ばれてきた。生活環境はそこまで変わらないはずだが、宮田むらで食べた朝食より、美味い気がした。今後への期待感が味を変えているのだろうか。


 食事の後、全員が家の中で休憩していると、長老ナシメが従者を連れてやってきた。水が入った土器を従者が持ってきて床に置くと、身振り手振りで顔を洗う仕草を見せる。


 それを見たヒコナが女子に先を譲って顔を洗うよう促した。男子はその後だ。


 さて、いよいよ女王と面会である。





 一行は長老ナシメに導かれ、厳粛な空気が漂う宮殿の入り口に立っていた。


『宮殿』とは言っても、平城京のような雅で壮麗なものではない。

 

 建物自体は他よりも二回り以上大きいが、装飾はそこまで施されていないのだ。一帯より一段高い丘の上に築かれており、そこに高床式の建物があった。


 人工的な丘なのか自然による造形なのかはわからないが、その丘の上に行くにも階段を上る。階段を上りきると周囲を柵に囲まれた場所があり、そこに宮殿は存在したのだ。


 ナシメが立ち止まり銀印をかざすと、門の左右に立っていた衛兵は深々と礼をして、一行を中に招き入れた。


 槍太が小声でつぶやく。


「外からは想像もつかなかったな」


「本当ね。まるで別世界よ」


 と答えたのは美保だ。槍太や美保に限らず、全員が周りをキョロキョロと見ている。


 ナシメは一行を奥へと案内した。

 

 建物の大きさから想像できるように、入り口を上がってすぐに謁見の広間ではないようだ。高床式の建物をいくつもつないでいる廊下には、それぞれに衛兵がいて、門と同じような流れで通過を許される。


 もし侵入者がいたとしても、この高床式の柱を登っていくか、廊下を正面突破するしか方法がない。


 女王の安全を第一に考えた造りなのだ。奥にある建物がひときわ大きくなっていて、周囲には寝所や様々な建物、衛兵の詰所のようなものもある。


 突如、太鼓の音が鳴り響いた。一同が驚いて立ち止まると、ナシメが手で前に進むよう促す。


「あれは何の音?」 


「おそらく、俺達の到着を告げる合図なんじゃないか?」


 咲耶が尋ねるとヒコナが推測した。


 太鼓の音に導かれるように、一行は大広間へと足を踏み入れる。そこには上座があり、左手に大柄な武人のような出で立ちの男が座っている。その他にも何人か座っていたが、上座と右手の一番上座に近い座は空いていた。


 ナシメが中に入ったのがわかると、全員が彼の方を向いて挨拶をする。ナシメはそれに挨拶を返し、ニコニコと笑いながら上座の正面に座り、ヒコナ達6名にも座るように促した。





 やがて、ナシメ達を迎え入れたのとは違う太鼓の音が鳴り、大きな声が聞こえた。


「女王様の、おなーりー」


 ナシメをはじめ全員が上座をむいて、平伏する。それを見てヒコナ達6名は、誰に言われるでもなく、同じように平伏した。


 やがて右側の入り口から女王らしき若い女性が現われ、その後を、同じく20歳くらいの女性が続いて現われた。全員、まだ平伏したままである。


「面を上げてください」


 壱与の一声で面を上げる、ナシメをはじめとしたミユマ(彌勇馬)や大夫のヒエシエコ(エキヤク・掖邪狗)、イスンチ(イセリ・伊聲耆)、サイスウエ(載斯烏越)。


「壱与様におかれましてはご健勝の事、お慶び申し上げます」


 ナシメが挨拶を述べると壱与も答える。


「ありがとう。の息災なるを見て、嬉しく思うぞ。して、此度こたびはシュウと同じ……シュウとは汝も見たであろう。宮田邑で吾と行いを共にした男じゃ。そのシュウと同じ身なりの者を見つけたと聞いたが」


「はい、これにございます六名にございます」


「ん? んん?」


 壱与は女官長のイツヒメ(伊都比売)に目配せをして聞くが、イツヒメもよくわからずにナシメに聞いた。


「ナシメ様、シュウ殿は奇妙な出で立ちに奇妙な道具を持っておりましたが、の者らは、見たところ我が弥馬壱国の民と変わらぬように見えますが……」


 ナシメはイツヒメを見て、壱与を見た後に言った。


「それはこのわしが、着替えさせたのです。あまりに奇抜な衣ゆえ、目立てば命を狙われかねません。壱与様が見つかったあの墓にて、兵士に襲われイタズラをされそうになったのです。すんでのところで逃げていた所を孫が見つけ、わしが引き取った、というわけでございます」


 壱与はナシメの言葉を聞き終わると、少しの間黙って考えていた。壱与の目は、ヒコナ達6名に向けられている。


 此の者等は、シュウと同じ2,000年先の世から来たというのか? 


 壱与はそう思った。


 信じられない事ではあるが、その信じられない事を二度も経験している壱与にとって、疑いよりも信じる気持ちが上回ったのだ。

 

「……うべなるかな(なるほど)。では、ここで色々と論じるよりも、シュウに見てもらった方が早いの。そうすれば此の者等が偽りを申しているか否か、すぐにわかるだろう」


 壱与の言葉にナシメはうなずき、6名にはそのまま待っている様に伝えた。イツヒメは侍女に修一を呼びに行かせ、待っている間にナシメは他の大臣達からヒコナ達について根掘り葉掘り聞かれている。





 しばらくしてヒコナ達が入ってきた入り口から、修一が護衛の兵とともに入ってきた。


「……あ! いや! お前ら! ヒコナに尊! 咲耶に美保に千尋、槍太も! ……なにやって……まさか! なんでここにいるんだ! ?」


 修一は全員の顔を見て、驚きのあまりそう叫び、しばらく何も言えなかった。





「いや……お前……誰だよ?」





 次回 第21話 (仮)『信じられないかもしれないが、オレは中村修一だ』

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