第40話 儀式の前の準備
「書いたぞ!」
カリナは屋敷から出て来ると『フンス!』と鼻息も荒く俺達の目の前に二枚の用紙を広げる。
それは間違いなくカリナ直筆の『誓約書』と『遺言書』だった。
「ホントに書いたんだ」
「なんだ、今さらナシとか言わないよな」
「俺は言わないが、ホントにいいのか? 後悔しても遅いぞ」
「くっ……正直、確かにまだ迷いはある。でも、コータの知識を学べるのなら、我慢する!」
「そうか「ちょっと待てぇ!」……ん?」
「あ、ガイルさん」
「よ!」
カリナが書いてきた誓約書と遺書の内容を確認していると門の方から声がする。見ると、そこにはガイルさんが立っていた。
ガイルさんは門扉の向こうで立っていたが、顔が違う気がする。声は確かにガイルさんだけど、なんて言うか顔の判別が着かない。頬は腫れ、うっすらと鼻血の跡も見える。だから、一応本人かどうか聞いてみる。
「えっと、ガイルさんでいいんだよね?」
「ああ、俺だ。俺以外の誰でもない」
「でも……」
「ああ、これか……話せば長くなるけど聞くか?」
「いや、大丈夫。聞かなくてもなんとなく分かるから」
「そうか。で、さっきそこの姉ちゃんに
「あぁ、気になっちゃう?」
「なるだろ! アイタタタ……」
「痛そう……」
俺の返事に急に大声を出すものだから、ガイルさんは顔のあちこちが痛み出した様で両手で顔を抑える。
「じゃあ、お大事に」
「ああ、ありがとな……って、そうじゃない! アイタタ……」
「もしかしてガイルさんも?」
「当たり前だ! アウッ……」
「でも、その傷じゃ……」
「そんなもん、お前が治してくれれば済む話だろ!」
「あ! それもそうだね。じゃ、
「お! ありがとよ。じゃあ、早速だけどよ」
「その前にガイルさんも書いてね」
「ん? 何をだ?」
「だから、遺言書と誓約書」
「なんでそんなもんがいるんだ?」
「あのね……って訳で必要なの。イヤなら「書く!」……ホントに?」
「ああ、そんな痛みくらい屁でもね。じゃあ、書いてくるから待ってろ!」
「あぁ……うん」
ガイルさんは俺達に待てと言って屋敷に入って行く。俺達もガイルさんの跡を追う形で屋敷の中へと入って行く。
「あの、メイド長さんは?」
「私に何かご用ですか?」
屋敷の中に入り、カリナに記憶をコピーする前に第三者に確認してもらおうとメイド長を呼べば直ぐに俺の前に、この屋敷のメイド長であるネリさんが立っていた。
濃紺で襟が白いワンピースの上に白地のエプロンというクラシカルなメイド服を纏ったネリさんは見た目三十代後半の痩身で身長は百六十センチメートルを少し超えるくらいだ。肩までの明るい茶髪をお団子にしており、その切れ長の細い目で俺をジロリと睨む。
「あのですね……」
「なんてことを!」
俺がネリさんに対しカリナにこれから俺の知識をコピーすること、そして何かあった場合のことを考えて遺言書と誓約書を書いてもらったこと、第三者としてネリさんに立ち会ってもらいたいことを話せば、ネリさんは両手で口を塞ぎ驚愕する。そして、カリナに向かって「考え直して下さい」と懇願するが、カリナは首を横に振り反発する。
「ですが、カリナ様に何かあれば、エミリー様が悲しみます」
「そうかな?」
「そうです! 絶対に悲しみます!」
「でもなぁ」
「お願いします!」
カリナはネリさんからの懇願を無視しようとするが、余りにもネリさんが必死なものだから、カリナ自身の決意も揺らぎ出す。だから、そんなカリナとネリさんに俺から一つ提案をする。
「提案?」
「そう、カリナもネリさんもどういうものか分からないから、不安なんでしょ? なら、誰かがやった後なら、少しは不安も解消するんじゃないのかな」
「でも、その誰かって誰?」
「それは「書いたぞ!」……この人です!」
「え?」
「ん? どうした? ほら、書いたからよ。中味に問題がないか、チェックしてくれ」
俺はガイルさんが書いた遺言書と誓約書を受け取るとカリナとネリさんにガイルさんを紹介する。
「紹介するね。
「おう、ガイルだ。よろしくな」
「「はぁ」」
俺はガイルさんの遺言書と誓約書に目を通し内容に問題がないことを確認し、アオイに頷くとアオイは「いいんだな?」と俺に問い掛ける。俺がガイルさんを見れば、ガイルさんはこれから新たな知識を得られることしか考えていないようで、気分が高揚しているのが丸わかりだ。
「アオイ、その前に確認なんだけどね。その……例えばだけど、人によっては失禁とかしたりするのかな?」
「どうだろうな。したことがないから分からないとしか言いようがない」
「なら、ネリさん。お風呂をお借りしたいのですが」
「なりません!」
「でも、ここで失禁とか脱糞とかなったら……ね?」
「くっ……外でおやりになればいいでしょ!」
「外でカリナが恥ずかしいことになったら、エミリーが悲しむんじゃないですか?」
「……分かりました。では、用意させますので、しばらくお待ち下さい」
「頼みます」
「言っとくが俺は漏らさないぞ。多分だけどな」
「多分なんだね」
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