第4話 それは無理です

「着いたようですね」

「あ、そうなんですね」


 馬車の窓から外を覗くと姫さんの言うように馬車の走る速度が人が歩くのと同じくらいの速度になっている。


「それで、どこに着いたんですか?」

「ふん、貴様には関係ない。大人しく我々の後ろから黙って着いて来い!」

「サーシャ!」

「……すみません」

「謝る相手が違います!」

「ぐぬぬ……コータ殿、すまない。言い過ぎた」

「いや、それはいいんだけど……」

「いいえ、ダメです。只でさえ私達はコータ様に、この命を救って貰ったという恩義があるというのに……」

「も、申し訳ございません!」


 俺の視界の隅に映し出されている地図には自分達の位置を示す三角形のマークがカーナビの様に進行方向を鋭角な頂点部分が示している。そして、そのすぐ近くには何かで囲まれているであろう村か町が表示されてはいるから、聞く必要はなかったのだが「着きました」と言われ「へ~ふ~ん」な鼻ホジで返すのはあまりにも不自然な感じがしたので敢えて聞いたみたのが裏目に出たようで隊長に文句を言われてしまう。


 だが、俺のことを自分達の大恩人としてえ捉えている姫さんからしてみれば「大恩人に対してなんて態度ですか!」とばかりに隊長が怒られてしまう。この隊長もいい加減に学習すればいいのになぜか俺に余計な一言を吐いてしまう。


 俺からすれば、どうでもいいので早くここから開放されたいのだが、姫さんの態度からして、どうも「お礼献上」というイベントを終わらせられない限りは逃げられそうにはないようだ。


「それにコータ様はいつまで私に対して、その様な言葉遣いなんでしょうか」

「あ! すみません。何せ山の中で育ったものですから」

「違います! そうじゃありません」

「へ?」

「なぜ私に対しその様な丁寧な言葉遣いをされるんですか? 私は悲しいです。グスッ」

「え?」

「貴様、ソフィア様に何をした!」

「は?」

「サーシャ、止めなさい!」

「で、ですが「私は止めなさいと言っています」……はい」


 姫さんは俺との距離を縮めようとまずは言葉遣いから変えるように要求してくるが、いくらなんでも初対面の王女に対し許されるものじゃないだろうと俺が困惑していると、姫さんはいきなり「悲しい」と泣き真似までするものだから、それをと見た隊長がまた妙な勘違いをして姫さんに怒られてしまう。俺からすれば姫さんのマッチポンプなんだが、そんなことも言える訳がなく胸の奥で「頑張れ隊長!」としか言えない。


「それでどうするんですか?」

「えっと、何をでしょうか?」

「ですから、その言葉遣いを変えて下さいと言っているんです」

「でも、ソフィア様もこんな私に対し丁寧にされていますが「私はいいんです!」……え?」

「ですから、コータ様は私達の大恩人なのですから、私がコータ様に対し丁寧に接するのは当たり前のことなんです」

「じゃあ、「ダメです!」……え~」


 なんとか話が逸れたと思ったが、姫さんはまだ俺の言葉遣いを変えたいようだ。なので姫さん自体も俺に対し丁寧だよねと言えば、大恩人に対してなのだから当たり前だと頑なだ。


「ですが、普通に話したところで、それはそれで不敬罪とかに問われそうで怖いんですが」

「大丈夫です。私がそんなことはさせませんから!」

「ですが、ソフィア様一人がそう言ったところで周りの方はそういう風には取り合いませんよ。ねえ?」


 姫さんはそう言うが横にいる隊長は腕を組んで俺を見ながら「分かっているじゃないか」とでも言うように黙って頷いている。


「分かりました」

「よかった……」

「では、名前の呼び方から変えましょう」

「……終わってなかったよ」

「いいですか? 私の名前はソフィアです。はい、どうぞ『ソフィア』とお呼び下さい」

「えっと……ソフィア様……」

「ぶ~違います! 『ソフィア』です」

「えっと、だからソフィア様と呼んでいますが……」

「ですから、『様』が余計なんです」

「え~」


 なんとか姫さんからの要求を躱せたと思ったら、今度は呼び捨てにするように要求されてしまった。もう絶対隊長さん不機嫌になっているよ。さっきから膝の上で両拳を握ってプルプルしているから。


「はい、いいですか。今度は間違えないで下さいよ。はい!」

「ソフィアさ「違います。敬称は不要と言いましたよ」……勘弁して下さいよ。これが今の私に出来る精一杯ですから!」

「ふぅ~しょうがないですね。では、それでいいです」

「助かります」


 今度こそ躱せたハズだと思っていたら、姫さんが俺の顔をジロジロと見ているのに気付いたので俺の方から確認してみる。


「今度はなんでしょうか?」

「コータ様は見た感じ同じくらいの年齢のようですがお幾つなんですか?」

「えっと確か十二歳ですね」

「そうなんですね。それであれば、私の方が一つ年下になりますね。それならば尚のこと私のことは呼び捨てにして欲しいものです」

「……勘弁してくださいよ。ソフィア様は王女様なんですよ」

「ええ、そうなんです。なので普通に話せる友達が一人もいないんです。これっておかしいですよね?」

「それを私にどうしろと?」

「ですから、コータ様には私のお友達になって欲しいんです」

「なら、ソフィア様……ソフィアさんにも私に対する言葉遣いをもっと砕けた感じにしていただかないと」

「ですから、それは「友達になりたいのなら上下を作るのはダメです」……どうしてもでしょうか?」

「はい、どうしてもです」

「……分かりました。いえ、分かったわ。これでいいのかしら?」

「うん、いいよ。すごくいい!」


 姫さんが何かを吹っ切ったような感じで砕けた感じで俺に話しかけて来たのが今までと違った感じに見えて少しだけドキッとしてしまった。落ちつけ俺。相手は同じくらいの年頃とはいえ、精神年齢は一回り以上も離れているんだぞと言い聞かせる。


 どうなるんだ俺……。

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