第8話 諦めない心
「意識を保つのが精一杯だって顔をしてるね?このまま眠れば数時間は起きることはない……その間、もしも熊や狼がここへ来たらお前はどうなると思う?次に目覚めた時はお前は獣共の腹の中かもしれないよ」
「っ……!?」
「魔力は便利な力だけど使いすぎると取り返しのつかない事態に陥る。そんな大切な魔力を馬鹿みたいに消費するのが魔法なんだよ」
アルは倒れているレノを見下ろしたまま助けることもせず、このまま放置すれば運が悪ければレノは獣に見つかって食い殺されるかもしれない。しかし、それでもアルはレノに手を貸さない。
(もう諦めな。お前みたいなガキが魔法を覚えるなんて到底無理なんだよ)
敢えてアルはレノに厳しく当たることで彼が魔法を覚えることを諦めるように祈るが、意識を保つのが限界なはずのレノの身体が震え出す。
「う、ああっ……!!」
「なっ!?馬鹿、止めろ!!そんな状態で動けば本当に死ぬよ!?」
必死に身体を動かそうとするレノを見てアルは血相を変えて彼を抑えつけようとした。だが、レノはアルの腕を振り払って大声で怒鳴りつけた。
「嫌だっ!!俺は諦めない……師匠のような魔法使いになりたいんだ!!」
「なっ!?」
「師匠……どうか魔法を教えてください!!」
動くのもままならない状態でレノはアルに土下座を行い、彼の行動にアルは動揺を隠せない。自分でも初めて魔力切れを引き起こした時はすぐに意識を失って数時間は眠ったのだが、レノは意識を保つどころか動けないはずの身体を動かして懇願してきた。
アルが魔法の力で魔物を倒した光景を見てからレノは彼女の様な魔術師になりたいと思った。魔法を使えるようになるのであればどんな努力も惜しまないと誓い、何としても魔法を覚えるためにアルに頭を下げる。そんなレノを見てアルは唇を噛みしめる。
(こいつ……こんなに諦めの悪い奴だったのかい)
魔力切れで碌に身体を動かせない状態にも関わらず、自分に魔法を教えるようにせがむレノを見てアルは師として期待感を抱く。本当に彼が魔法を覚えたいのであれば試してみることにした。
「……今から私は家に帰る。もしも暗くなる前にお前が自力で家に戻って来れたら魔力の使い方を指導してやるよ」
「ほ、本当に……?」
「ああ、約束する。私は先に帰るぞ……一人で戻ってこれるのなら戻ってきな」
未だにレノの身体は回復してはおらず、現在も気力だけで無理やり身体を動かしているに過ぎない。もしも意識が途切れれば数時間は眠り続け、そうなると夜までに家に戻ることはできない。それでもアルはレノの覚悟を確かめるために敢えて無理難題を押し付ける。
宣言通りにアルは家に向かって一人で歩き始め、最後に一度だけ振り返ると地面に這いつくばるレノの姿が見えた。川原から家までの距離はさほど遠くはないが、今のレノの状態を考えると普通に考えれば夜までに戻ってくることは有り得ない。
(お前の覚悟……確かめさせてもらうよ)
アルは先に家に向かい、彼が帰ってくるのを待つ事にした――
――それからしばらくした後、時刻は夕方を迎えようとしていた。アルは家の前でレノの帰りを待ち続けるが未だに彼の姿は見えない。もしかしたら森の中でレノが気絶している可能性もあり、下手をしたら獣に襲われているかもしれない。
やはり自分もレノと行動を共にするべきだったかと考えるが、もしもレノの傍に居たらアルは彼を放っておく自信がない。何だかんだでアルはレノのことを自分の弟子として大切に想っており、親代わりに育ててきたので血は繋がっていないが自分の息子のように大切に想っていた。
「……そろそろ時間だね」
アルは太陽が沈み始めているのを見てレノは間に合わないだろうと思った。完全に夜を迎える前にレノを迎えに行こうかと考えた時、アルの視界に驚くべき光景が見えた。
「なっ……レノ!?」
「……はあっ、はあっ」
地面を這いつくばってこちらに向かってくるレノの姿を視界に捉え、アルは信じられない表情を浮かべた。ここまでの移動でレノは身体のあちこちが擦り傷だらけであり、特に両腕から血を流していた。目も虚ろで言葉も聞こえているか分からないが、それでもレノは地面這ってアルの元へ向かう。
本当に這いつくばって川原から戻ってきたレノにアルは衝撃を受け、身体中が泥だらけになろうと怪我を負ってもレノは諦めずに戻ってきた。彼の覚悟と決意を感じ取ったアルはレノの元へ駆け出そうとしたが、どうにか踏み止まる。
(駄目だ!!ここで駆けつけたらあいつの努力が無駄になるだろうが!!)
師としてアルはレノの努力を踏みにじるわけにはいかず、彼との約束は夜を迎えるまでに家へ戻ることだった。既に時刻は夕方を迎え、間もなく夜を迎えようとしている。
「う、ううっ……あうっ!?」
「レノ!?」
ここまで移動したレノだったが遂に限界を迎えたのか家まであと少しというところで突っ伏してしまう。それを見たアルはやはり無理だったかと考えるが、レノは顔を上げて叫び声を上げる。
「がぁあああっ!!」
「なっ……マジか!?」
雄叫びを上げながらレノは立ち上がり、ゆっくりとアルの元へ向かう。這いつくばって移動するのもやっとのはずなのに立ち上がって歩き始めたレノにアルは度肝を抜く。
魔力切れを起こせば本来ならば意識を保つのもやっとのはずだが、レノは子供とは思えぬ精神力で動けない身体を無理やりに動かしてここまで来た。そして彼は家の前に立つアルの元に移動すると、彼女の胸元に倒れ込む。
「し、しょう……」
「……よく戻って来たね、大したもんだよ」
普段は滅多に褒め言葉をかけないアルだが、この日ばかりはレノを褒め称えるしかなかった。レノはアルに身体を預けると目を閉じて動かなくなり、まさか死んだのではないかとアルは心配するがどうやら眠っているだけのようだった。
「お、おい、大丈夫か?」
「すうっ……すうっ……」
「たくっ、このガキ……本当に大した奴だよ」
本当に約束通りに戻ってきたレノにアルは感心を通り越して呆れてしまい、同時に彼の魔法に対する強い憧れを再認識した。仮にアルは自分が教えなくともレノは自力で魔法を覚えようとすると考え、それならば師として弟子のために協力することを誓う。
「約束だからね。私がお前を立派な戦士に育て上げてやる」
エルフであるアルはレノに魔法を教えることはできないが、その代わりに彼が魔法を覚えるための手助けはできた。とりあえずアルはレノを背負って家の中に戻った――
――意識を失ったレノが目を覚ましたのは三日後だった。魔力切れの状態で無理をし過ぎたために一時期は危険な状態に陥ったが、どうにかアルの看病のお陰でレノは無事に目を覚ます。
意識が戻った後も全身が筋肉痛を引き起こしてしばらくはまともに動けず、普通に動けるようになるまで一週間はかかった。そして体調が完全に復帰するとアルは約束通りにレノに指導を行う。
「魔法を使いたいのならまずは魔力を増やすんだよ」
「増やせって……魔力を増やすことなんでできるんですか?」
「一番手っ取り早い方法は薬だね」
「く、薬!?」
アルの発言にレノは度肝を抜き、危険な薬でも飲まされるのかと警戒するがアルは呆れた表情を浮かべる。
「何をそんなに驚いてるんだい。お前が魔力を操れるようになったのは私が作った薬のお陰だろうが!!」
「あ、そういえばそうだった」
レノは深夜に吸魔石で特訓を行う際、アルが作った「滋養強壮」の効果を持つ薬を持参していたことを思い出す。あの薬のお陰でレノは吸魔石に触れて奪われた体力を薬を飲んで回復し、何度も触れたことを思い出す。
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